第二幕:補充要員(二)

 森のハズレの原っぱに現れた、大人が両腕を広げたぐらいの直径の穴。それは太古の昔に地上に住んでいた神々が自分たちの宝を守るために作った宝物庫への入口であった。

 普段、宝物庫は宝物庫種子ドレッドシードと呼ばれる掌サイズの真っ黒な玉の形をとって地面の奥深くで眠っている。

 しかし、数百年単位で魔力を補充するために、宝物庫種子ドレッドシードは発芽して宝物庫迷宮ドレッドノートと呼ばれるダンジョンを形成する。まるで獲物が訪れるのを待つ食虫植物の口のように、地面へ入口を開けて数十年の間は根を張るのだ。


 そう。宝物庫迷宮ドレッドノートは宝という餌で人々を引きよせ、殺し、魔力や生命力を奪う罠でもあった。


 しかし、そうとわかっていても宝の魅力は、リスクに勝ることもある。なにしろ神々の宝は、どんな品でも贅沢をしなければ一生暮らせるぐらいの金になるのだ。

 そんな一攫千金の夢を求めて、命知らずの冒険者と呼ばれる者たちが宝物庫迷宮ドレッドノートを探索しはじめたのは当然かもしれない。


 ただ、無秩序に冒険者が入っていても被害が拡大してしまう。


 そこで押し寄せる冒険者たちを管理するため、宝物庫迷宮ドレッドノート冒険者資格認定協会クエシャルトが管理する決まりとなっていた。

 冒険者資格認定協会クエシヤルトは、宝物庫迷宮ドレッドノートの入口を数人が出入りできるサイズまで拡張し、階段を設置し、それを護るように立派な石造りの建物を造ったのだ。


 その建物は迷宮館ノーティスと呼ばれ、いくつかの棟から構成されている。待ち合わせに使える立ち呑み酒場や、緊急治療施設、簡易葬儀場、そして冒険者の紹介や探索任務を案内する冒険業仲介所ハロークエストなどが、連なる棟に収められていた。


「お待たせしました。えーっと……やっぱり条件が合う人もいませんし、申し込みもありませんでしたね」


 その棟の1つである冒険業仲介所ハロークエストにやってきたウィローは、カウンターテーブルの向こうで申し訳なさそうに微笑を浮かべる黒髪の女性の言葉に大きく肩を落とした。

 昨日の夕方。新規加入したばかりのパーティーメンバー2名に脱退された後、冒険業仲介所ハロークエストでウィローは補充メンバーを探して欲しいと依頼した。しかし、その場ではレベル等の条件が合うものがいなかったため、募集告知だけお願いして翌日まで待ってみたのだ。

 それでも、返事はこの通りだ。というか、彼が今日、冒険業仲介所ハロークエストを訪れたのはこれで朝、昼、晩と3回目。その間も、見かけた冒険者に声をかけていたが、ことごとく断られていた。狭いエリアの話である。たぶん、ウィローのパーティーの悪いうわさが広まっているのだろう。


「まずいんだ! 明日、出発だからメンバー変更手続きは今日中だよね!?」


「ええ、そうなりますね。……もし、取り分をもっと増やすのでしたら、上位ランク者を招くという手もありますが」


「これ以上の分配比率は、メンバーが納得しない。……ああ。昨日、解約した2人分の冒険者補償はもらえないの?」


「今回の場合、正当な解約事由に当たるので、冒険者保険の対象にはなりませんね」


「くそっ! 降神者エボケーターの作った福祉事業とか言うシステムは、肝心な時に役に立たねぇじゃないか! だいたいなんで最低6人って決まっているんだよ! 5人でもいいじゃねーか!」


「そうは言われましても、魔神級というリスクを考慮した決まりですし……ただ……」


 そう口ごもると、冒険業仲介所ハロークエストの係員である女性は、視線を泳がすように左右に動かした。

 ここは横に長いカウンターテーブルがあり、間に簡単な仕切りがついているだけだ。当然、横に誰かいれば話は聞こえてしまうだろう。

 しかし、今は隣には誰もいない。それを彼女は改めて確認すると、前のめりに顔を突きだし、小声で1つの提案を口にした。


「わたくしがこういうことを言うのはなんですが……人数さえそろえばいいということでしたら、迷宮ノート内同伴可能の冒険生活支援者ライフヘルパーさんが、お1人いますよ?」


「……へ? 冒険生活支援者ライフヘルパー? ……いや、冒険生活支援者ライフヘルパーって、やっぱり福祉事業とかで作られた、留守中の掃除洗濯とかやってくれる人だろう? さすがにそれは……」


「いえ。割合は少ないのですが、冒険に同伴して、荷物運びや地図作成などを受け持つ人もいるんです。それにこの冒険生活支援者ライフヘルパーさん、まだすごく若いんですけど妙に評判いいんですよ」


「評判いいと言ってもなぁ……」


「ちょうど明日からの予定は空いているみたいですが……どうします?」


「…………」


 もう時間がない。もし、抽選で当たったのに、探索に参加しなければしばらくは参加権限を失うことになる。そうなれば、アイツ・・・を見返すチャンスが遠のいてしまう。今回はアイツ・・・と勝負をする絶好の機会なのだ。これを逃したら、取り戻すチャンス・・・・・・・・がいつになるのかわからない。背に腹は代えられない。


「……わかりました。その冒険生活支援者ライフヘルパー、雇います!」

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