第一幕:戦術指導技師《タクティクスコンサルタント》(一)

「ウィローさん、前に出て! タウさんも続いて! 戦線を15メートル先で維持!」


 守和斗すわとの声は、高さ10メートルはある部屋に鳴り響いた。

 とっさの指示にもかかわらず、幸いにも2人の動きは速かった。間髪入れず走りだし、男戦士バールのウィローは大きな盾を構えて、女闘士トールのタウは拳を構える。特にウィローは重量のある装備をしている割には動きが速かった。


 だが、それ以上に正面から走りよる魔物の動きは速い。墨色の体は、子供サイズ。身長は守和斗の半分ぐらいしかない。細長く尖った足の指で地面をけり、折れ曲がった体を疾駆させたかと思うと、たまに背中に生えた小さな羽をはばたかせて飛び跳ねるように飛ぶ。

 羊のような頭をしながらも、その目は炎のように赤く光を放ち、口には牙を携えていた魔物。10数匹が迫ってきていた。


「――シギィ!!」


 奇妙な雄たけびとともに、そのうちの数匹が2人に飛びかかる。

 だが、ウィローの盾と、タウの拳が見事に打ち払う。

 続いて他も襲い掛かってくる……かと思ったが、そこで動きが止まった。

 まるで仲間がそろうまで待つように、こちらの様子を見ながら身構えている。


亜邪鬼デミデーモン系の魔物は知能があるからな……)


 正確な名前など知らないが、魔物には系統があることがわかっている。そして戦うには、その系統ごとの特徴を抑えることが重要不可欠である。


「おれが……燃やして……やる……」


「待って、キィさん!」


 後ろにいた小柄な男の魔術士マジルに、守和斗はストップをかける。この濃紺のフード付きローブを着込んだキィという男は、しゃべり口調はローテンションだが、やたらと強力な魔法を撃ちたがる。


「まずは、あの2人と我々の間に炎の壁を築いてください!」


「え……そんなつまらないこと……しても……」


「なに言っているんですか! 炎の壁なんて大迫力ですよ! それにこれはキィさんにしかできないことです!」


「そ、そうか……しかたないな……」


 力づくで雑な説得だが通じたらしく、キィがフードの下で呪文を唱え始める。

 数匹の亜邪鬼デミデーモンがこちらに走ってきているが、これなら間に合うだろう。


「でも、スワトくん。炎の壁なんて出していたら酸素が――」


 赤いマントをつけた女魔法師マギタのトゥが泣きそうな顔で訴えてきた。

 確かに閉鎖空間である宝物庫迷宮ドレッドノートの中は、酸素と魔力の量が少ない。木の肌のような壁から、少しずつ供給はされているのだが、外でのように魔法を使えば魔力がすぐに枯渇するし、あまり長く暴れまくれば呼吸が苦しくなってしまう。


 だが、もちろん守和斗は計算済みだ。

 彼女と守和斗は、互いに18才同士。このパーティーでは最年少である。しかし、守和斗の実戦経験は、ここにいる誰よりも上だった。伊達に元の世界で、万能力者アルティメイタム、最強の救世主と呼ばれていたわけではない。


「わかっています。だから、短期で決めますよ。トゥさんは、前衛2人の回復管理と酸素の供給に集中してください! 2人の命はあなたにかかっています!」


「う、うん。わかった! お姉ちゃんもウィくんも絶対、死なせないし!」


 途端、キィが生みだした炎の壁が眼前に広がった。肌を焼きそうな熱気が、一気に室内を満たす。

 だがそのおかげで、こちらに飛びかかろうとした亜邪鬼デミデーモンたちが一気に飛び退いた。

 タイミングはピッタリだ。ここからは時間との勝負である。


「カールさん! 弓を!」


 短弓を握って手持ち無沙汰で立っていた小太りの男が、その守和斗の指示に身をピクリと震わせた。そして尖った耳もかるく震わせる。


「よっしゃあぁぁ! やっとオレ様の出番か! どんどん射るぜ!」


「狙うのは、こちらに来た敵にしてください! 2人を狙っている敵は放置で!」


「はぁ~!? なんでだよ! 全部、オレ様がやっつけて……」


「いえ! カールさんは弓で敵をこちらに近づけないようにしてください! ……あっ。すいません。炎の壁の反対側から、的確にそんなことは難しすぎましたかね?」


「バ、バカにするな、ガキが! いいぜ、見てろよ! 1匹も寄せつけないようにしてやるからな!」


 カールは、すごい勢いで矢を放っていく。

 その矢は、次々と近づこうとした亜邪鬼デミデーモンを追いはらう。

 なんだかんだと言ったが、なかなか大したものだと守和斗は感心した。おかげで予定通り、亜邪鬼デミデーモンたちは狙いにくい後衛よりも手近な2人を狙い始める。


(これでタゲは固定された。知能があるといっても低いから、ヘイトも問題ないだろう。それにしても、タウさんは思った通り凄いな)


 10数匹の亜邪鬼デミデーモンに襲われながらも、前衛2人はなんとか戦線を維持している。ただ、敵を減らすことは難しそうだった。数の力に押されて、決定打を与えることがなかなかできていない。

 それでも数匹を仕留められたのは、パーティーで唯一、世界冒険者ワールドランクの実力をもつ、タウの格闘能力のおかげだろう。

 密着したボディスーツに道着を羽織ったような服装の彼女は、四肢をフルに使って蹴りを放ち拳を放ち、そして気を放っている。酸素を気にしているのか、アレでもまだ全力ではないだろう。やはり、他のメンバーから頭ひとつ飛び抜けている。


(だけど、ちょっと辛そうかな……)


 いくらトゥの回復魔法で援助しているとしても、ウィローの方が保たなくなってきている。


(おっと……)


 たまにコッソリと、守和斗は隠し持っていた石ころを指で弾く。それは目にもとまらぬ弾丸となり、人知れず亜邪鬼デミデーモンたちの決定的な攻撃をそらさせていた。

 もちろん、本来ならば念動力テレキネシスで動きをとめた方が簡単なのだが、別の世界の力を振るうのは秩序が乱れやすく好ましくないはずだ。だから彼はできる限り、この世界の法則に従って行動する。


(よし。そろそろだ)


 亜邪鬼デミデーモンたちが固まったのを見て、守和斗は好機を見つけた。


「お待たせ、キィさん。炎の壁をやめて、一発どでかい魔術マジアを詠唱開始してださい!」


 キィの口が、ローブの下でニヤリと歪む。よほど我慢していたのだろう。その喜びが、守和斗にも伝わってくるかのようだった。


「2人を後退させます。カールさん、敵を近づけさせないでください! トゥさんは2人が範囲内に入ったら防御結界!」


 守和斗の指示に2人がうなずく。

 それが合図のように、炎の壁が消え失せた。


「2人とも、できる限り敵を反対側に弾いてダッシュで後退!」


 守和斗は声を張りあげた。

 同時に、タウが2匹の亜邪鬼デミデーモンを蹴り飛ばす。

 さらに、ウィローも盾を床に突き立てる。


「――震盾気打シルバルド!!」


 ウィローのもつ盾の正面に、見えない波動が広がった。空気が震え響き、それが周囲にいた亜邪鬼デミデーモンたちを一気に吹き飛ばす。それはまるでまとめてトラックに跳ねられたかのごとき勢いだった。

 本来、それは盾の扱いに長けた騎士ロールが使う技だった。本来、盾なしか、所持しても小さな盾しか装備しない剣士バールのウィローが使える技ではない。だが、使えるようにした・・・・・・・・おかげで、この作戦がやりやすくなっていた。


「ウィくん、お姉ちゃん、速く! ……ωオメラιイオターナ……」


 トゥがそう言ってから詠唱を開始する。


 亜邪鬼デミデーモンたちから離れる前衛2人。


 そして、その背後に生まれる水の壁。


「――行くよ……α λ υアルラウープ!!」


 キィが嬉しそうに両手を上に掲げる。


 刹那、水の壁の向こうに発生する大爆発。


 結界たる水の壁を激しく震わす。


 おかげで、衝撃は伝わってこない。

 もし結界がなかったら、その衝撃と爆音に少なからずダメージを受けていただろう。


(あはは……遠慮ないな)


 つい守和斗は苦笑する。

 だが、それでいいのだ。これはトドメでなくてはならない。


 拡散して燃え広がった爆熱の炎が、冗談のようにあっという間に失われていく。

 そこに見えてきたのは、亜邪鬼デミデーモンたちの変わり果てた姿。元の墨色から、正に黒炭のごとき炭色になった惨めな姿。

 それはすぐさま、風に流されるように舞い散る灰となって消えていった。


「すげぇ……オレたち、フルメンバーじゃないのに、なんか余裕で亜邪鬼デミデーモンをこんなに倒しちまったぜ!」


 カールが目を見開いて、その凄惨な風景を興奮気味に見ている。


「ぼ、ぼくの魔術マジアで……全滅させた……全滅だ……」


 ボソボソとした口調だが、キィからどこか興奮が伝わってくる。


「まさか……今まで苦労していた魔物をこんなに早く倒せるなんて……」


 最初は半信半疑であったパーティーリーダーのウィローも、この結果を認めざるを得ないのだろう。複雑な表情で二の句が継げずにいる。

 だから守和斗は、微笑を伴わせて話しかける。


宝物庫迷宮ドレッドノート内は、少ない魔力と酸素との戦い。だから、大勢が一気に入れず、パーティー単位での活動となっています。そんな状態ですから、戦闘時間はできるだけ短くしないと」


「た、確かにそうだけど……。それより君は――」


「――君、何者?」


 ウィローの言葉を奪うように、横からタウが割りこんだ。


「ボク、気がついている。君がやったこと」


 淡々とした口調とは裏腹に、その明眸から放たれる視線。それは、惚けることを許さないと言わんばかりに、鋭く尖って守和斗を貫いている。

 たぶん、タウは守和斗が石を飛ばしていたことに気がついたのだろう。さすが上級冒険者たる世界冒険者ワールドランクだ。そう感心しながらも、しかし守和斗はその視線を受け流す。


「私はね、貴方たち冒険者の手助けをする……ただのしがない冒険生活支援者ライフヘルパーですよ」


 守和斗と彼らが出会ったのは、ほんの数日前のことであった。

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