第五幕:冒険者(五)

 パイが守和斗に薦めてきた能力職ジョブは、【冒険生活支援者ライフヘルパー】というものだった。

 どうやらわりと新しい能力職ジョブらしく、ファイもクシィも知らなかったらしい。


「新しい……と言っても、十数年前に冒険者資格認定協会クエシャルト降神者エボケーターによって設定された仕事です」


 パイは、すました顔で説明を続ける。


「そもそも冒険者の走りである、昔の探索者や探求者と呼ばれていた人たちは、なんらかの研究者たちであり、目的も調査がメインでした。ですからその活動も、今の冒険者ほど毎日のように出かけたりしていなかったのです。ところが、研究者につきそっていた腕利きの者たちが、調査の護衛より、珍しい物品の収集や、その近くにわきやすい魔物退治のような仕事をより多く請け負い始めます。そこから彼らは、冒険者と呼ばれるようになったと言います」


 守和斗は、なるほどと歴史にうなずく。

 確かにいきなり「冒険者」という職業が生まれたとは考えにくいが、その流れなら納得がいく。


「冒険者と呼ばれる者たちの生活は、通常の生活よりも冒険が中心の生活に変わっていました。研究者とは異なり、とにかく冒険しないと金が入らないのですから当然でしょう。それに冒険以外にも、死なないようにするために修行したり、冒険でした重い怪我による休養など、とにかく時間がとられてしまうことが多くなってきたわけです」


 確かに冒険という疲れる仕事から帰って、家の片付けをするというのは億劫であろう。

 それに冒険者の中には、ずっと旅をしながら続ける者も多い。外での食事の支度ひとつとっても大変なことは経験済みである。


「それでもずっと冒険者たちは、なんとかやっていました。しかし降神者エボケーターの1人が、『福祉事業』とか言いだし、冒険、そして冒険以外の生活を支援する仕事というのを作りました。それが【冒険生活支援者ライフヘルパー】です」


 ちなみにこの【冒険生活支援者ライフヘルパー】というのは、まんま英語であったが、定義的には「古代語」ということらしい。これは降神者エボケーターがつけたネーミングのためだろう。

 逆に他の能力職ジョブは昔からあったので、現地の言葉で構成されているということのようだった。


冒険生活支援者ライフヘルパーの仕事は、多岐にわたります。食事の用意、留守宅の管理、掃除や洗濯、拾得物の換金、財産管理、日常品の買い出しと言った、忙しい冒険者の日常生活支援。また、クエスト探し、パーティメンバーの補充探し、国立探索管理庁や冒険者資格認定協会クエシャルトへの申請手続き、冒険中の荷物運び、荷物番、地図の作成など、冒険に直接関わることもやる場合があります」


「……それ、下手な能力職ジョブよりも求められるスキルが多くない?」


「別にすべてをやるとは限りません。契約時になにをやるか決めてやるのが普通です。ちなみにほとんどの方は冒険にはいかず、リスクの少ない日常生活支援をやっている場合が多いので、あまり目立つことはありません」


 パイの説明に、ファイが「ああ、そうか」と深くうなずく。


「私は『冒険者たちも召使いを雇うことがあるのか』と思っていたが、もしかして召使いではなく、あの者たちは冒険生活支援者ライフヘルパーだったのか!」


「そうです、ファイ様。さすが賢い。……召使いのように長期に契約するわけではなく、賃金を安くするために期間限定で冒険生活支援者ライフヘルパーを雇っているわけです。もちろん優秀な冒険生活支援者ライフヘルパーだと、長期契約をしている者や、複数のパーティーと契約している者もおります」


「しかし、それにしてもやることが多岐にわたりすぎるだろう。資格はどうやってとるのだ?」


「ありません」


「……え?」


「特に資格はないのです。冒険者の資格、つまり能力職ジョブの定義をしているのは、クエスト依頼者――すなわち、冒険者のお客さんを安心させるための基準です」


「ふむ……」


「しかし、冒険生活支援者ライフヘルパーを雇うのは、冒険者自身なのです。だから極論、冒険者が信じて選んで契約した者が冒険生活支援者ライフヘルパーなのです。ただし、冒険生活支援者ライフヘルパーの賃金は、クエストの成否に影響されないゆえに、きちんと支払われるかの問題がでます。そこで冒険者は冒険者資格認定協会クエシャルトに賃金をあらかじめ預け、冒険生活支援者ライフヘルパーはそこから受け取ります。この際、福祉事業の一環なので補助金もだされますし、手数料もかかりません。先払いながら、冒険者も雇いやすくなっているわけです」


「ふむ。すごい仕組みだな。……しかし、逆に言えば、冒険生活支援者ライフヘルパーと契約したければ、冒険者は自分で有能な相手を探してこなくてはならないのか?」


「先ほどの支払いの件もありますし、冒険生活支援者ライフヘルパーも冒険に出ることもあるため、申請上は冒険者として登録されます。すると結果的に冒険生活支援者ライフヘルパーの職歴も残りますので、希望があればそれを使った無償紹介制度も存在します。ただし、紹介した冒険生活支援者ライフヘルパーが問題を起こしても、冒険者資格認定協会クエシャルトは一切、責任をとってくれませんが」


「ほほう。よくできているな」


 感心するファイに、守和斗も同意する。

 その方式であれば、確かに守和斗でも冒険者になることはできるだろう。

 ファイやクシィが冒険者登録した後、守和斗を冒険生活支援者ライフヘルパーとして雇ったことにして、冒険者資格認定協会クエシャルトに登録すればいいわけである。


「そうか。これで俺も、憧れの冒険者になれるのか!」


「ええ、なれますよ。良かったですね」


「ああ。ありがとう、パイさん!」


 パイの言い方はどこか平坦だったが、守和斗は心から礼を言った。

 まさかその時、パイがメガネの下で「してやったり」と思っているとは、守和斗も気がつかなかったのである。

 守和斗が喜びすぎて目が眩んでいたというのもあるが、そもそもパイは悪意を隠すことに長けていたのだ。


「よし! 明日はみんなで冒険者資格認定協会クエシャルトに行って、冒険者になるか!」


 守和斗は希望を胸に、意気揚々と宣言した。


 翌日。

 その宣言通り、全員無事に冒険者になることができた。

 守和斗も冒険生活支援者ライフヘルパーとして登録し、憧れの冒険者になれたのである。

 しかし、その全ての手続きが終わった後に、彼は知ることになった。


 冒険生活支援者ライフヘルパーには、レベルというものがなかったのだ。


 彼が憧れていた、冒険者としてレベル上げというゲーム的な要素は皆無。

 いくらがんばっても、冒険者としての地位を上げることできない。

 冒険生活支援者ライフヘルパーは、冒険者とは名ばかりの本当にただのお手伝いさんだったのである。



 ――それが1ヶ月前の出来事だった。

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