第五章:救世主は、冒険者?

第一幕:冒険者(一)

 ここ最近の報告は、腑に落ちないものばかりだった。

 特に今日の報告は、格別だ。

 彼女は、眉間の皺がとれなくなるのではないかと心配になる。

 ああ、やだやだ。せっかく手にいれた18才という若い玉容ぎょくようを台なしにしたくない。

 石灰石の土台に、最高級の木材と革で作られた椅子へ大きくもたれかかる。

 もっとも彼女は、その木材と革がなんなのかは知らなかった。

 ただ座り心地は悪くないし、また自分の仮初めの権力を実感させてくれるほど豪勢な作りをしていた。

 複雑な細工の施された飾りと、鮮やかな金箔の装飾。

 いつもはこれに座ると、気分が高揚していた。

 部屋もいかにも王宮の玉座という雰囲気だ。

 大きな柱が左右に並び、その真ん中にレッドカーペットが敷かれている。

 この世界では珍しい、ステンドグラスの天窓から太陽光が注ぎこみ、自分を彩ってくれる。

 仮初め……いや、違う。これは現実。

 まさに、この世界は自分のためにあるのだと実感させてくれる。

 しかし、今は気分が逆にすぐれない。


「つまりラクティス領地管理官は、まぬけにも足を滑らせて魔獣の檻に落ちてしまった。そして魔獣に殺されてしまったと。それを助けようとした副管理官も魔獣に喰われ殺されてしまったと?」


「はい。そのような報告となります」


 彼女から5メートルほど離れた前方に跪く軽装の騎士ロールは、頭をかるくたれたままキッパリと答えた。

 彼はまだ若く20代に満たない。

 そのためか、彼女には彼が浅はかに感じられて仕方がない。

 彼の語る報告を真に受けろというのだろうか。

 しかし、目の前の銀髪の美女がそのようなことを思っているとは露知らず、金髪の若い騎士は、そのまま言葉を自信を持って続ける。


「そして、2人が死んだところに、やってきた6人の屈強そうな男と1人の女が、何らかの方法でキングサーベルタイガーの牙をへし折って奪っていったとのことです。恐れながら、わたくしの予想では、この者たち6人いることからも冒険者ではないかと。密かに奸計を巡らせながら、キングサーベルタイガーの牙を虎視眈々と狙っていたのではないかと考えております!」


 若い騎士の報告に、また彼女はこめかみを押さえる。

 そんなご都合主義な話があってたまるか。

 しかし、目の前の若者に言っても通じないだろうし、確かに否定する根拠もない。

 もうこれ以上は無駄だと思い、彼女は若い騎士に下がるように命じ、この部屋に誰も近づけないよう厳命した。

 それから彼女は真横の太い柱の影に隠れていた男に向かって、英語・・で問いを投げる。


「どう思うか、ジョン?」


 すると、柱の裏から1人の騎士ロールが出てくる。

 歳は20才前後で男性。

 茶髪で顎のラインがスッキリとしているが、どこかつり上がった目が粗暴さを感じさせている。

 暗めの金に近い赤銅色に染められた板金鎧プレートアーマーを身につけ、腰に立派な剣を帯刀していた。

 基本、この宮殿内で帯刀は許されていない。

 しかし唯一、帯刀を許されている人物がいる。


「おいおい。今は第六シッス聖典神国セィクリッド聖典騎士団オラクル・ローレ英雄騎士ヴァロル【アクセラ・セイク・シッス】様だぜ。ちゃんと呼んでくれないと困るよ、第六シッス聖典神国セィクリッド聖典託宣巫女オラクラ・シビュラ様」


「……いいから答えろ、技術主任の【ジョン・マッケンジー】くん」


 アクセラジョンは、やれやれという様で両肩をすくめる。


「どうもこうもないさ。生半可な冒険者が、キングサーベルタイガーを斃せるわけがない。さっきの坊やが言ったとおり、シナリオ的には高価な牙を手に入れるため、なんらかの方法で管理官と副官を檻に落とした。その後、死んだ魔獣の牙を折って逃走した……しかないだろう。いくらキングサーベルタイガーでも、死んでいれば牙の折り方はいくらでもあるしな」


「それでも疑問が残る。どうして冒険者どもは、キングサーベルタイガーの存在を知ったのか。そしてどうして管理官が死ねば、キングサーベルタイガーも死ぬと知っていたのか」


 聖典巫女は、肘のせを指でコツコツと叩きながら眉をさらに顰めた。が、慌ててそれを直すように額に手を当てた。皺は増やしたくない。


「そりゃあ、奴ら冒険者は独自の情報網があるからな。どっかから情報がもれたと考えるべきだろう。副管理官も殺されたところを見ると、金でも積んで副管理官から聞きだして、口封じとかじゃないのか。この世界の情報セキュリティに、期待できるわけがないからな」


 そう言ってジョンは笑う。

 だが、確かに言うとおりだった。

 今の情報では、それしか考えられない。


「しかし、このところ妙な事が多すぎる。フォーラム大平原戦での謎の両軍壊滅。そしてその死者の大量アンデッド化。先日の第五ファス英雄騎士ヴァロルの件から、この流れ……妙ではないか」


 第六シッス託宣巫女オラクラ・シビュラたる彼女は、勝手に動きやすい第五の英雄騎士ヴァロルを部下に見張らせていた。

 第五は協力国と言うことになっているが、実際は第六の手駒に過ぎない。

 しかし第五の英雄騎士は、こちらの意向を無視する傾向がある。

 そういう困ったペットには、鈴をつけておくに限るというわけだ。


 しかし、そんなペットの行動が、今回はたまたま良い方向に転がった。

 監視していたところ、敵軍の娘と共に、第八の英雄騎士ヴァロルの娘を捕まえたらしいとわかったのだ。

 もちろん、連合としてみればとんでもない行動だが、うまくすれば第八をこちら側につけることができるかも知れない。

 第六の聖典巫女たる彼女は、そう考えて監視していた者達に、第五からその娘たちを奪うようにと指示をだした。

 しかし、それは失敗に終わる。

 しかも、第五英雄騎士を問い詰めても、「そんな娘など捕らえていない」の一点張りだった。

 よほど徹底しているのか、第五の部下に問いただしても、口をそろえてまるで真実のように「捕らえたことなどない」とよどみなく答えたという。

 たぶん、第五の英雄騎士が自分の失敗をもらさないために嘘をつかせているのだと考えた。

 だが、大抵は金を握らせれば一人ぐらいは、情報をもらすヤツがいるはずなのに、今回に限っては誰も本当のことを言わなかった。

 運良く、その逃げた娘らしき者を見つけた第六の監視役達も、まぬけなことにまた取り逃がしてしまう。

 正騎士ラロル2人が準騎士リロル1人にいいようにやられるなど、情けない話ではあるが、さすが素質が高いと噂される第八の英雄騎士の娘と言うところだろうか。

 かなり強力な幻術を使ったとの話だった。

 まったく予想外の話ばかりだ。


(しかも、まさかキングサーベルタイガーが死んでしまうとは。強力な魔獣を操る実験を続けるには、同レベルの魔獣をまた捕らえなればならぬというのに……)


 頭の痛い問題だった。

 あのキングサーベルタイガーを生け捕りするのに、どれだけ苦労をしたと思っているのか。

 やはり無能なヤツに任せるべきではなかったと、彼女は後悔する。


「まあ、今は当初の予定通りに動くとしよう」


 彼女の結論に、アクセラもうなずく。


「そうだな。オレもせっかくのファンタジーが、ゾンビ映画になるのは願い下げだ。あっちが片付くまでは、下手に内乱を起こすのは得策じゃない。中央・・は、しばらくお預けだな」


 今はアクセラジョンは遊びが多すぎる男だが、頭の切れはさすがに良い。

 彼女も彼の意見に、ため息まじりに首肯した。


(やれやれ。しかし、冒険者とは……やっかいな奴らばかりだ……)

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