第二幕:冒険者(二)

 ラクティスの死後、守和斗は彼の魂魄がすぐに昇天してしまったことに気がついた。

 いや。その現象は「昇天」と言うには不自然だ。

 むしろ、「消滅」と言った方がいいだろう。

 たとえるなら、その様子は電源が消えたテレビ画面。

 プツンと消失した。

 昇天する時は、ふつう段々と存在が薄れていくものである。

 それに、そもそも早すぎる・・・・


 生き物は死んでも、すぐに魂魄が昇天することはない。

 通常、魂魄が昇天するには、最低でも7日ほどかかる。長ければ49日はかかるはずだ。

 特に突然の死亡は、魂魄が死んだことも理解できないし、未練を残している場合も多く、肉体や場所に執着しやすい。

 それなのに、死して数分以内に魂魄が消えてしまうなど考えられない。

 異世界だからという可能性も考えたが、死んでいた村人を見た時、魂魄はやはりそこに存在していたことを思いだした。


 そこで守和斗は、ひとつの結論にたどりついた。


 大前提として、この世界は仮想バーチャルなどではなく、現実リアルに存在する別世界――異世界である。

 ただし、隣接異世界――並行世界パラレルワールドという存在なのだ。


 異世界と言っても時空間的なつながりが遠い世界と近い世界がある。

 守和斗が亜空間経由で移動してきたことを考えると、ここは近しい世界である並行世界パラレルワールドのひとつであろう。

 すなわち、どこかの時間軸で分岐した世界の1つであり、そのために守和斗がいた世界と共通項が多くなっているのだ。


 しかし、それだけではない。

 この世界はまちがいなく、守和斗の世界からなにかしらの影響、もしくは調整を受けていた・・・・・・・のだと思う。

 その根拠の1つとして、守和斗には「聖典」という言葉に覚えがあったのだが、それはまたの機会に説明する。


 それよりも問題なのは、【SSSスリーズ意識体分離装置Spirit Split System)】の存在である。


 SSSは、人間の魂魄と呼ばれる意識体をデータ化して、それをコンピューターの仮想世界やアンドロイドの頭脳部分に入力できるようにするという、アイデアのシステム・・・・・・・・・だった。

 これは本来、体が不自由になった人に自由に動ける楽しみを味わってもらうことなどを目的としていた。

 たとえば視力を失っている人に見る喜びを味わってもらうといった、メンタルケアに使われることを想定された医療機器として開発が進められていたのである。


 しかし、少なくとも守和斗はそれが「完成した」とは聞いていない。

 実はSSS自体の開発よりも、それを受け入れるコンピューター側に大きな壁が存在した。

 魂魄情報を処理できるだけの能力が、当時のコンピューターにはなかったのだ。


 そこで、もうひとつのまったく別の技術開発も注目されていた。

 それが、【ABC(Artificial Brain Computer)】である。

 ソフトウェア的な人工知能の限界を超えるため、有機回路と非ノイマン型光子コンピューターを組み合わせた【人工頭脳・・型コンピューター】だった。

 人間の脳の何万倍もの処理能力を持つ電子頭脳。

 これが完成すれば、SSSの受け皿となることができる。


 ちなみに、この2つの技術の開発に莫大な投資を行っていたのが、守和斗が自分の世界で所属していた、異能力者組織【PMO(Psychicers & Magi Operation)】の創始者で最高責任者でもある【境界のバウンダリーロー】と呼ばれる人物だった。

 本名を【木角きずみ すすむ】といい、守和斗にとっては兄のような存在だ。

 若くして世界を動かすことができるほどの資産家だった彼は、そのシステムの有用性に目をつけ、資金投入だけでなく多くの協力を行った。


 特に魂魄の扱いについては、PMOの霊能力者たちも協力することで、大きな成果を上げてはいた。

 しかし、第一世代は完成していたものの、SSSの仕様に耐えるレベルのABCの開発には、まだまだ時間がかかるはずだった。

 つまり守和斗のいた時代・・・・・・・・では、まだSSSの本格運用が不可能だったのである。



 だが、どこの世界でも時間でも悪魔のような人間はいるものだ。



 たぶん守和斗が存在した時代より未来。

 そこにこのSSSの利用法を見いだした奴がいたのだろう。



 受け皿としてのコンピューターがないなら、本当の人間を受け皿にしてしまえばいい。



 何かのきっかけでその悪魔は、このファンタジーな異世界と接続する方法を見つけだしたのではないだろうか。

 そして、そこにSSSの活用法を見いだした。



 すなわち、「この異世界をゲーム板に、この世界の人間を駒にして金儲けすればいい」と。



 まずまちがいなく、プレイヤーとはSSSで魂魄情報を異世界の人間に上書きオーバーライトしている存在である。

 だから、死んだ時に魂は昇天せず、消滅――というより元の肉体に戻るのだろう。


 それが「神が降りてきた者」である【降神者エボケーター】の真実である。

 降りてくるのはSSSのプレイヤーたち――ただの人間の魂魄だというのに、それを神と呼ばせるなど守和斗にしてみれば片腹痛い。

 いや、片腹痛いどころではない。怒りではらわたが煮えくりかえる。


 ファイやクシィに確認したところ、降神者エボケーターと呼ばれる者になると、過去の記憶はあるものの、突然別人のように性格が変わることがあるらしい。

 つまり、プレイヤーは元の人間の意識体を消し去り、脳に残った記憶と肉体を奪いとるのだ。

 なるほど。それならば言語を始めとする世界の知識、魔法や剣術も身についた状態で、この世界ですぐさま活動できる。

 プレイヤーにしてみれば、何年も育んできたその人物の喜怒哀楽の記憶は、単なる「キャラクター設定」というところなのだろう。


 また魂魄は「魂」「魄」という2つの要素から成り立つといわれているが、「魂」は霊力や魔力の源となり、「魄」は気力を司る。

 そして魂魄を上書きしたとき、意識体である「魂」は2倍になってしまう。

 それは魔力を通常の2倍以上扱えるという単純な足し算ではない。むしろ、掛け算に近いかもしれない。その性質によって肉体変化や新しい異能が生まれることもありうる。また、魂魄はセットのため、バランスを取るために「魄」にも影響はでることだろう。

 もともと能力の強い者が降神者エボケーターとなれば、その効果は非常に高くなるはずだ。


 ただし、あくまで意識体は、元の世界の普通の人間である。

 トラクトと戦った時、ひとつひとつの技は一流なのに、全体の組み立てが素人くさかったのはそのせいなのだろう。


(そりゃ、完全リアルだよ。……そしてゲームオーバーは死か)


 だが「死」といっても、プレイヤーにとってそれは本当の死ではない。

 痛みも苦しみも味わうが、それでもただのゲームオーバー。

 目が覚めれば、きっと生命維持装置か冷凍睡眠か知らないが、元の肉体に戻ることになるのだろう。


 だからこそ、プレイヤーたちはこの世界をゲームだと信じて疑っていない。

 だからこそ、普通の人間であるはずのプレイヤーでさえ、他人を殺すゲームを楽しめている。


 一方で、運営側はもちろんすべてを知っているはずだ。

 知っていて、このようなゲスなゲームを提供している。


 しかし、これは単なる金稼ぎのためなのだろうか。

 それにしては、大それた事をしすぎている気がしてならない。

 もしかしたら、運営側には別の目的があるのではないだろうか。


(だからと言って、今の俺にできることは情報集めぐらいか)


 やはり、この世界のことをもっと知らなければならない。

 しかも、この秘密を1人で背負いながら。


 あなたたちはゲームに利用されています……そんなこと、この世界の人間に告げるには残酷すぎる。

 特に目の前にいるファイやクシィに、その秘密を明かすことなど絶対にできるわけがない。



――君たちが慕っていた父親の中身は、途中から別人です。


――本当の父親の心は、とっくに消滅しています。



 そもそもそんなこと信じられるのか?

 たとえ信じられたとしても、彼女たちはどう考えれば良いというのか。

 そしてその時、どんな慰めの言葉を言えばいいというのか。


 それを知ったときの彼女たちの気持ちを考えると、胸が苦しくなる。

 考えれば考えるほど、言うべきではないと思えて仕方がない。

 この秘密を持っていることは、まるで毬栗を胸中に隠し持っているような気分だ。


 守和斗は大きなため息をもらして、窓から空を見た。

 白い淡い雲が浮かぶ遥碧は、幼い頃に住んでいた郷天と変わらない。

 それなのに、ここは今までまわったどこの戦場よりも遠い場所だ。


(感傷的になりすぎたか。それにこの世界のことに深く関わるべきじゃないのかもしれない。この世界のことは、この世界の人が……でも……)


 ある酒場のテーブル席。

 あまり丁寧に作られたとは思えない木製の長椅子に座っていた守和斗は、視線をテーブルの上に戻す。

 そこにあるのは、先ほどまで口にしていた野菜と肉を煮込んだスープ。

 味はわからないが、栄養に関しては問題なさそうだ。

 せめてこれで元気をだしたい。


「かなり疲れているのだな。驚いたぞ」


 その様子を見ていたのか、正面に座っていたファイが、横の窓から注がれる陽射しに目を細めながら微笑した。

 守和斗は、それに苦笑で返す。


「俺だって、人間だからね。疲れることはあるよ」


「そう聞くと、なんか安心するな。貴様……あ、すまん。守和斗も人の子なのだな」


「別に、『貴様』でかまわないよ」


「――ダメよ!」


 守和斗の言葉を否定したのは、隣でサラダを食べていたクシィだった。


「守和斗はあたしの・・・・ご主人様なんだから、簡単に『貴様』呼ばわりされないでちょうだい! あたしの価値まで下がってしまうじゃないの!」


「いや、待て。『あたしの』という言い方は聞き捨てならん。私のご主人様でもあるのだぞ、『真っ黒ハレン痴女』」


「わ、わざわざ古代語にして悪口を言ってくるとは、いい性格しているわね、『脳足りナイト』さん?」


「ふん。そういう貴様も色ボケ脳で、大して詰まってはおらぬのではないか? どれ。私がかち割って調べてやろう」


「けっこうよ。それより、あんたの空っぽ頭に土でもつめて重しにしてあげるわ。そうすれば、その突撃体質が少しはましになるかもよ」


 2人が椅子を倒す勢いで席を立つ。

 ファイの横に座っていたパイも一緒になって席を立ち、クシィのことを睨みつける。

 毎度おなじみの一触即発。


「はぁ……」


 そして守和斗は、恒例のため息とかるい挙手。

 それは、2人へのお仕置き合図。


 クシィが慌てて座る。


「じょ、冗談だからね、守和斗……」


 ファイも急いでパイを引っぱりながら腰を落とす。


「あ、主の言いつけは守るから、ふ、『伏せ』は、なしの方向で頼む……」


 2人は苦笑いしながら顔をひきつらし、食事に戻った。

 不承不承のパイもそれに従う。


(まあ、多少は言うことを聞いてくれるようになったのは助かったな……)


 ここしばらく、ファイとクシィの態度が軟化していた。

 むしろ、守和斗を立てることがあるぐらいである。

 その最初の変化は、2日前。

 セレナを村に送った後だった。



――心から感謝する! ご、ご主人様!


――あ、ありがとう……ご主人様……



 突然、ファイとクシィが頭をさげてきたのだ。

 2人は赤面して言いよどみながらも、自分から初めて「貴様」とか「あんた」などではなく、守和斗を「ご主人様」と呼んできた。

 ただ、守和斗としては「ご主人様」と呼ばれたいわけではないので、「守和斗」と呼んでくれと頼んだ。それ以降、2人は基本的に「守和斗」と呼ぶようになったのだ。


 むろん呼び方だけではなく、態度も明らかに今までと変わった。向こうから親しみをもって声をかけてくることさえ、かなり多くなっていた。

 スケベだ変態だと言われていた時とは天と地の差があり、守和斗にしてみれば感慨深いぐらいである。


 その一方で、逆にパイの態度は硬化してしまった。

 自分の主で大切な友人であるファイが、どこの馬の骨ともわからない男に頭をさげることが許せなかったのだろう。

 そもそも怪しい術を使う異世界の男という時点で、胡散臭いことこの上ないわけである。


 さらに敵軍であるクシィの存在もある。

 事情を知った時、パイは今にも殺しにかからんとばかりに殺気立っていたのだ。

 しかし、そんな彼女をファイが説得してくれた。



――守和斗もクシィも、パイがお世話になったセレナさんや村のために戦ったのだぞ!



 そう言われてしまえば、パイは言い返すこともできない。

 守和斗もクシィも、彼女にとって「恩人の恩人」である。

 けっきょくパイはファイの説得を受け入れ、ストレスを溜めながらも約束の時まで我慢することになったのだ。

 すなわち祖国に帰るまでの休戦協定である。


 こうして4人で力を合わせて、第八聖典神国エイス・セイクリッダムを目指すことになったのだ……が、それにはまだ、大きな問題が1つあったのだ。


第七聖典神国セフス・セイクリッダムは連合国の中でも広い国土をもつ。第六から第八に行くには、その広い国土を横切らなければならない。つまり長旅になるのだが、我々にはそれに必要な物がないのだ」


 ファイが何かのフライらしきものを食べながら、神妙な顔でそう告げた。


「それはつまり……かねだ!」


 世の中は、異世界でも世知辛かった。

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