第二幕:師匠(二)
「セレねぇ!」
いつも通り勢いよくドアを開けてきたカリムに、セレナは少しため息をついてから振りむいた。
片づけ途中の食器を持ちながら、これまたいつも通りに叱ろうかと口を開きかける。
「カリム、あなたね――」
しかし、カリムの様子を見た途端、セレナは動きをとめてしまう。
その顔は今まで見たことないほど強ばり、頬をひきつらせ、眉をつり上げ、そして瞳にわずかな涙を浮かべていた。
背中で庇うように木製の扉を閉め、まるで通せんぼするように立ちふさがっている。
いつも一緒にいる妹の姿もそこにはない。
「どうしたの、カ――」
「――逃げて! 管理官の部下が!」
――ドンッ!
まるでなにが起こったのか明示するように、扉が激しく振動する。
そして耳を劈くような大声が、外から「開けろ!」と命じてくる。
そこまで来れば、なんとなく察することもできる。
「逃げて、セレねぇ!」
「そ、それより早く、そこからどきなさい! 危な――」
しかし、外にいた連中は、セレナが思うよりも遙かに短気だったようだ。
ドアが凄い勢いで叩き開けられる。
その勢いで、カリムは弾かれるように斜め前に体を飛ばされ、しこたま床に打って転がった。
開いた扉に見えたのは、蹴りを入れた状態で固まった騎士の姿。
セレナはそれを無視してカリムへと駆けよった。
痛みに震えるカリムの体を庇うように、膝をついて抱きかかえる。
「なにするんだ!」
「早く開けないからだろうが!」
「なんだと!」
セレナは食いしばるように言葉を吐いた。
だが、相手はあざ嗤うかのように見下す。
目の前にいる
ごく普通のまじめな
こんな濁った目で、女子供を見下すような男ではなかった。
それともこれが本当で、
父が信じた
「やれやれ。相変わらず生意気な女だな」
ああ。少なくとも、今部屋に入ってきたこの男に関しては上っ面であろう。
橙の顎鬚をいやらしく動かす、30後半のぬめっとした眼光の
副領地管理官【マーチ・オトマ】。
裏では狂気の男と呼ばれ、とてもではないが副管理官どころか
しかし、今の管理官【ラクティス・ヴァッソン】になってから、突如として採用されたのである。
そして父親を処刑という名の下で殺害したのもこの男だった。
「何しに来た!」
「おい。第八の
マーチの言葉に、セレナは体をピクッと振るわす。
この時点で、セレナはだいたいを察した。
誰かが、密告したのだろう。
「第八は連合国の……仲間の
無駄だとはわかっているものの、問わざるを得ない。
困った人を助ける、それこそが彼女の信じる、父親の信じた騎士道なのだから。
「おいおい。我らが
「逆らうもなにも、それは正式な通達ではないだろう!」
「言葉にせぬとも、国民なら
「……彼らならば、昨日のうちに村を出ている」
それは一か八かの嘘だった。
もしマーチが、クシィたちが今朝まで滞在していたことを知っていたらおしまいである。
しかし知らなければ、今さら追いかけても間にあわないとあきらめてくれるだろう。
下手に知らないというよりも、この方がいいはずだ。
しばらくは、
「……ふん。結局、役立たずは役立たずか」
吐き捨てるように言うと、今度はその不機嫌をセレナにぶつけてきた。
「仕方ない。……女、貴様は第六を庇った罪で連行する」
「罪だと!? そんな罪など――」
「あと、この村の人間も同罪だ。連帯責任というやつだな。若い男女はまとめて連れて行け。老人と子供はいらん。逆らう奴らは殺してかまわん。あまり騒ぐなら、火でもつけてやれ」
「――なっ!」
逆らおうにも、術はなかった。
セレナは腕を掴まれて、マーチの方に引きよせられる。
せめてと抱えていたカリムを押し離そうとするが、むしろカリムの方が離れようとしなかった。
「セレねぇを離せ!」
だが、相手が悪い。
この狂気の男は、子供とて容赦しない。
「……逆らったな。」
そう嗤いながら言うと、マーチは片手で剣を抜いた。
そのままカリムの方へふりおろす。
慌ててマーチの体へ体当たりするセレナ。
だが、間にあわない。
無情にも、避けようとしたカリムの背中に両刃が走って赤い軌跡を見せる。
「カリム! カ――」
慌てて駆けよろうとするも、セレナは後頭部に強い衝撃を受ける。
そして意識は瞼と一緒に閉じられていった。
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