第四章:救世主は、お師匠様?

第一幕:師匠(一)

 別に後を追ったわけではなかった。

 ファイ自身も、そちらに行きたかっただけなのだ。


 ただ。

 ただ、そこにクシィがいることは、もちろん気がついていた。


 木々を抜けた先にある、見晴らしの良い崖っぷち。

 その手前の少し大きな岩に、クシィは腰を下ろして遠くを見ていた。

 ファイが近づくと、一度だけふりかえるものの、興味なさそうにまた視線を戻す。

 あまべにの隙間からさしこむ斜陽に照らされた、どこか力のない黒いマント。

 ファイは、その背中に声をかける。


「……敵国の人間が心配なのか?」


 クシィの視線の先は、遠くセレナの村が見えていた。


「別に。弱い者が強い者に従うのは、【黒の血脈】の掟。セレナ達に何かあっても、それは彼女たちの問題よ」


「フン。さすが同盟の人間は冷たいな……」


「でも、受けた恩は必ず返すのも我等の掟。それができないのが心残りなだけ」


「なるほど……」


 しばしの沈黙。

 ファイもそれ以上言葉がない。

 クシィを「冷たいな」などと言ったが、それは半分以上、自虐なのだ。

 ファイもまさに「心残り」だった。

 そして、きっと自分より強く力もあった父なら助けられたと思うと、後を継ぐ自分の未熟さに胸をかきむしりたくなる。


 自分の父は、非常に情熱的ながら冷静な人間だった。

 正義に燃え、英雄として恥ずかしくないふるまいを心がけ、そして困った人を見過ごせない。

 しかし、物事を冷静に判断して処理できる能力も兼ね備えていた。


 ただそんな父も、若い頃は思い込んだら一直線、考えなしの人間だったらしい。

 ファイが生まれた直前に降神者エボケーターとなり、急に落ちつきのある人物になったとのことだった。

 そして、そこからさらに強くなっていった。

 昨今では、第八の英雄騎士ヴァロルとして、自国だけではなく、他国からも一目置かれる存在となっていたのだ。


 しかし、その父はもういない。


 だから、自分が父の代わりに、強くなる必要があった。

 守和斗の言うような、助ける順番をつけて、助けられないものがでるなんてしたくない。

 それは弱さだ。

 目に見える者たちぐらい、すべて助けられる強さを手に入れたい。

 それこそが英雄騎士ヴァロル、そしてその果てにある、父の念願でもあった【勇士ブレアル】になるための道のはずだ。


 だが、わかっている。

 それには、今のままではだめだ。

 変わらなくてはならない。進まなくてはならない。

 1人で……は、きっと難しいだろう。

 父の代わりに道を示してくれる者が欲しい。

 強く、正しく、ゆるぎない道を示してくれる人が――


「なにかしら……」


 クシィの声で、ファイは思考から浮上する。

 見れば、クシィは立ち上がって視線を遠くに向けていた。

 ファイも、その目線を追う。


「……煙か?」


 遠くで黒煙が斜陽に照らされ、赤黒く染まっていた。

 それはあの村のあたり……。

 悪い予感。


「この距離だからわかりにくいけど……わずかだけど魔力を感じるわ……」


「まさか!?」


 ファイはクシィと顔を見合わせた。

 そして、直感を確信する。

 まず間違いなく村が襲われている。

 理由はわからない。

 敵もわからない。

 だが、このタイミングならば、自分たちに無関係ではないかもしれない。


「くっ!」


 ファイは、いきなり走りだし、目の前の崖から飛び降りた。

 気と魔術を使えば、このぐらいの高さは何でもない。

 もちろん、魔術を使えば感知されるかも知れないが、村を襲われている以上、今さらである。

 ビュウビュウと耳にあたる風に、声が混ざる。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 後を続くように、クシィも飛び降りてきていた。

 彼女は風による飛翔魔術が使えるためか、自然落下ではなく急降下で追いついてきている。


「あんた、あいつに関わるなって言われたのに、約束無視していいわけ?」


「……そういう貴様こそ、村に行く気だろう?」


「……あたしは、足らない調味料があったことに気がついたから、もらいに戻るだけよ」


「フム。なら、あいつに言われたとおり、夕食ができる前に戻らないといけないな」


「そうね。それなら、あいつも文句を言わないわね!」


 2人は風のように、村を目指していった。

 守和斗の言った「優先順位プライオリティ」を理解しないままに。

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