第九幕:学徒(五)
翌日早朝。
ファイとクシィにパイを加えた3人と共に、守和斗は旅立つことになった。
4人そろって、セレナに深々と頭をさげる。
「セレナさん、本当にお世話になりました」
彼女は泊めてくれた上に、今夜にでも食べろと干し肉やいくつかの野菜を渡してくれた。
さらに使わなくなった鍋等の食器、調味料までいくつかわけてくれた。
こんなにいろいろとしてくれたものの、守和斗たちには払う金どころか、お返しする物さえ持っていない。
ファイが後で必ず礼を送ると言っていたが、その場は結局、心からの感謝を述べるしかなかったのだ。
「無事を祈っているよ、クシィちゃん」
「あたしも、セレナが早く結婚できるように祈っているわ」
「こ、こいつぅ……」
じゃれ合うように、セレナとクシィが言葉を交わす。
いつの間に仲良くなったのだろうか。そう守和斗が思っていると、パズルを解いてもらった兄妹もクシィのことを見送りに来てくれた。
照れくさそうながらも、クシィが2人に優しい顔で微笑する。
その様子が、守和斗には嬉しかった。
争う異国の者同士が、友好的に交流する。やはり戦争は国レベルの話なのだ。個人レベルで見たら、争う理由などない場合が多い。
昨夜、ファイに聞いたところによると、この大陸とその周辺では、8つの国から成り立つ【聖典神国連合】と、13の国から作られた【黒の血脈同盟国】というのが争っているらしい。
争いの原因は、神がこの世界の人間に与えたという【
あれには強大な力が隠されているらしく、その周りを第一から第八までの聖典神国が囲むようにして昔から護っていた。
しかし【黒の血脈同盟国】は、【聖典神国連合】がその力を独占していると主張し、その主権を奪おうとしているのだという。
まったくどこの世界でも争う原因などくだらない。できることなら、その合わせて21国を支配して、戦争をなくしてやりたいぐらいだ。
しかし、それは
(まずは、この世界のことをもう少し知らないと……)
守和斗は、つい
優先順位をまちがえてはいけない。
まずはクシィを敵国から逃がしてやらないと危険である。
ちなみに、トラクトはクシィを「魔王の娘」と言っていたが、先の話からRPG的な「魔王」とは意味が違うとわかった。
同盟国の盟主である第一同盟国【
そう言った魔力の強い種族を「魔族」というのだという。
正確には、「魔帝」というべきかもしれないが、この際どちらでもよい。
問題は、クシィがその娘であるということだ。
トラクトはずいぶんかるく彼女を扱っていたが、13国を束ねている王の娘ともなれば、この戦争を左右するほどの影響力がある存在となるだろう。
彼女の扱い一つで、この世界の情勢が変わるはずである。
むしろ彼女をうまく使えば、他の英雄を出し抜けたところだったと思うのだが、トラクトはそこまで頭が回らなかったのだろうか。
(まあ、バカでよかったか……)
守和斗は1人で苦笑いをかみ殺した。
◆
「第八の
灰色の薄汚れた麻ローブ。そのフードを深くかぶった老婆の言葉に、この地域の領地副管理官である【マーチ】は口角を釣り上げた。
「は、はい! そうなんでございますよ。セレナという小娘が怪我人を匿っていたのでございますが、その迎えというのが第八の鎧を着ておりまして」
「ほほう……」
マーチは、四角い輪郭の耳の辺りまでたっぷりと生やした橙の
そして
「セレナというと、あの愚かな元
「は、はい、左様で。あやつが浅はかにも管理官様に逆らったせいで、我々の村が増税されて一層、辛くなってしまいました。そんな愚かな父親の娘もやはり愚か。第八の者を匿うなど、管理官様のご意志に逆らうことかと思い、こうしてご連絡に参った次第でございます」
卑屈に、どこまでも低姿勢で老婆は身を小さくしながらうかがうように話す。
ここは領地管理庁館の狭い裏庭。
地面もほぼ手入れされておらず、雑草が所々に生えている。
周りは壁に囲まれ視界は狭く、そもそもここに近づく者はまずいない。
今、この場にいるのは、マーチと密告してきた老婆だけ。
すなわち、ここで何をやっても言っても、外にもれることはない。
「なるほど。よく知らせてくれた。感謝しよう」
ニヤリと笑うマーチの言葉に、老婆の顔が安堵を見せてパッと明るくなる。
「い、いえいえ。管理官様のお役に立つのでしたら! ……ただ、あのぉ、できたら、そのぉ……」
「ん? なんだ、褒美でも欲しいのか?」
マーチが楽しそうに微笑を見せた。
それを見て思惑が当たったと踏んだのか、老婆は「はい~!」と強くうなずく。
「まあ、よかろう。なんだ? なにが望みだ?」
「お、恐れながら、わたくしの税をしばらく免除していただけないかと」
「ほう。免税を求めるのか」
「は、はい。なにしろこの老いた身でございます。税金を納めるほど稼ぐのも難しく……」
それは老婆の残り少ない人生を無事に生き残れるかどうかの大事な要素なのだろう。
彼女は祈るように、または審判を待つように、頭を深々とさげる。
「ふむ……よかろう」
マーチの声に、老婆は顔を晴れやかにして頭を上げた。
「確かにその老体では、もう稼ぐのも大変であろう。しばらくと言わず、もう税金は払わず済むようにしてやろう」
「なっ、なんと!」
予想以上の褒美に、老婆は息を呑んでまた頭をさげる。
そして心からの謝辞を口にする。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「なに、礼には及ばん。……オレも楽しめるからな」
「……え?」
老婆が顔を上げた刹那だった。
彼女の身体に、つよい衝撃が上から斜め下に走る。
「――!?」
その勢いで体を半回転させながら大地に体を吸いこまれるように倒れる。
目に映っているのは、腰にあったはずの剣をいつの間にか振りおろしていたマーチの姿。
「……な、なに……を……」
返事はない。
その代わり、マーチは無言で……いや、「あはっ」という小さな声をもらしながら、刃を突き刺すように老婆へ振りおろした。
何回も。
「……あはっ……」
何回も何回も。
「……あはっ……あはっ……あはははっ!」
赤い血しぶきが飛び散るたびに、そのもれる笑い声が大きくなる。
生暖かい返り血が顔にかかるたびに、その歓喜の口角がつりあがる。
その充血した目は、まるでその血を吸いこんでいるかのようだった。
「……いい加減にしないか」
「――なっ!?」
自分の楽しみに水を差す声に、マーチは身震いしてから振りむいた。
背後にいつの間にか立っていたのは、自分より10は若い、30代の男。
長い金髪を生やし、淡い水色の刺繍がこったマントを身につけている。
「ラクティス様……」
それは自分の上司たる管理官。
その管理官【ラクティス】が、ため息まじに首をふる。
「貴様はまたそんなことをやっているのか。労働力が減るから許可なくやるなと言ったであろう」
「も、申し訳ございません、ラクティス様。ただ、
「ん? なんだ、老人だと? ……まあ、それならよい。役に立たない飯喰らいなどゴミだからな」
ラクティスの細く痩せこけた頬が、グイッとあがる。
その様子に安心したのか、かるくため息をついてからマーチは言葉を続ける。
「いえ、ラクティス管理官。労働力としては役に立ちませぬが、死ぬ前に面白い情報を持ってきてくれました」
「なんだ?」
「先日、訪れた中央の
「ほう……なるほど。それは面白い。たとえ
「いかがなさいますか?」
「聞くまでもない。すぐに村へ行き、引っぱってこい!」
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