第一〇幕:学徒(六)

 セレナの村からでた後、守和斗と3人は山を登って【第七聖典神国セフス・セイクリッダム】を目指した。

 もちろんなるべく急ぎたいところだが、パイはまだ足を怪我しているため、あまり早く歩けない。

 パイの鎧は村に逃げる前に脱ぎ捨ててしまったため布の服で軽装だが、それでも坂道は辛そうだった。

 本当はとっとと魔術で治してしまいたいところだったが、近くに追っ手がまだいるかもしれない。

 ならば、せめて山を1つ越えて、村から十分に離れてからに為ておきたい。

 万が一、村の近くで見つかれば、セレナたちにも迷惑がかかることも考えられる。

 その意見で全員一致し、とりあえずはゆっくりと山越えをすることになった。


 もっとも守和斗ならば、念動力サイコキネシスでクシィを浮かせたようにパイを浮かすこともできるのだが、今はまだ学徒のフリをしている最中だ。

 どこかでネタばらしをして、彼女を楽にしてあげた方がいいのかもしれない。


 しかし、意外に3人とも黙々と歩みを進めた。

 そして空が赤らんできた頃。

 山腹あたりについたところで、野宿するのに良さそうなところを見つけることができた。

 やれやれと、守和斗は1人で背負わされていた大荷物をおろす。

 ご主人様など名ばかりで、結局は使用人のように働いているのは守和斗の方だった。

 しかし、歩きにくそうなクシィ、鎧を着ているファイ、そして足を怪我しているパイに荷物を持たせるわけにはいかない。

 結局、自分が持つしかないのだから、文句など言うだけ無駄である。


「あの村は、これからどうなるかしら……」


 我慢できなかったように口火を切ったのは、クシィだった。

 それにファイが続く。


「ああ。我もそれが心配で仕方なかった。やはり、ここは戻って管理官を斬――」


「――だめです!」


 パイが腰に両手をつけ、顔を前に突きだしてファイを叱る。


「下手すれば、連合の壊滅に繋がるかも知れないんですよ!」


「お、大袈裟な……」


「大袈裟ではありません。第八の準騎士リロルが、第六の管理官を証拠もなく誅したなどとなれば、連合内での分裂が起こります。その隙を同盟が狙わぬ通りがありません!」


「むむむ……」


「わたくしだって、優しくしていただいたセレナさんや村人の方々をお助けしたいです。あの管理官を処したくてしかたありません。でも、そもそも私たちに、それほどの力はありません……権力も実力も……」


「し、しかしだな……」


 ファイはあきらめがつかない。

 いや。パイも、そしてなぜかクシィまでも、セレナや村のことをあきらめきれていない事がわかる。

 特にクシィは、なにがあったか知らないがセレナと親交を深めていたようだから気になって仕方ないのだろう。


 しかし、それはよろしくない。

 守和斗はしかたなく、学徒モードのままで心を鬼にする。


「みなさん。言っておきますが、今後、あの村に関わるのは禁止ですよ」


「なっ、なんだそれは……どういうことだ!?」


 ファイ、そして他の二人からもきつい視線を向けられる。

 しかし守和斗はそれを無視し、荷物から食器類などを取りだしながら言葉を続けた。


「我々の一番の目的は、みなさんの帰還です」


「だが――」


「わたくしの先生が教えてくれたことがあります。『大事なことほど、プライオリティをつけろ』と」


「ぷらいおりてぃ?」


 パイだけが理解できず首を傾げる。


「優先度のことです。もし、大事な物がたくさんあり、より多く守りたいのなら、大事な物の順番を決めておくのです」


「バカを言うな! そんな簡単に、大事な物に順番など……」


「プライオリティをつけないと、いざという時に判断が鈍り、けっきょく何も助けられない……そういうこともあるんですよ」


 ふと、守和斗は最後に陰を落としてしまう。

 負の感情は、なるべく見せない、見せたくない。

 しかし、自分で言った言葉が、過去の過ちをほじくり返す。

 もしはないと父親にさんざん言われたが、やはり「もしあの時」と幾度も幾度も後悔してしまうのだ。

 生きてきたのは、たった17年間。

 彼はその間に、人の何倍もそのような辛い経験をしてきてしまっている。

 彼女たちに、できたらそんな思い――後悔を背負って欲しくはない。


「守和斗……」


 やはりすぐさま悟ったのは、ファイだった。

 噤んでうつむく彼女に、守和斗は逆に申し訳なくなってしまう。

 それでも、これは言わなければならない。だから、心で自分の尻を叩く。


「今、あなたたちが戻っても、パイさんが仰ったとおり力不足でしょう。けっきょく誰一人助けられないどころか、自分たちも死んで終わりです。あなたたちができる最善は、早く国に戻って国の力を使い、あの村や領地を助ける手立てを考えることではないでしょうか」


 ファイの代わりのように、今度はクシィが反論する。


「でも、他国の領地のことでしょ。国の力では、かなり難しいんじゃない? それに、それまでに彼女やあの子達が、圧政の犠牲になることも……」


「それでも方法は、他にありません。作戦、行動、すべての大事なことは、プライオリティをつけて判断しないと、状況を見誤りますよ。そして、自分たちの力不足も正しく理解しておくべきです」


「力不足……。あっ! なら、あんたなら――っと。ごめん。失言。なんでもない。忘れて……」


 クシィが頭を抱えるようにして、近くの岩に座りこむ。

 彼女たち【黒の血脈】は、強さが大事なステータスである。

 それなのに他人の力に頼るなどと言うことは、きっと恥じるべき事なのだろう。


「…………」


 わかっている。

 守和斗とて、わかっているのだ。

 自分なら何とかできてしまうと。


 しかし、ここは異世界だ。

 そして自分は部外者、というか異物だ。

 もし万が一、この世界にゲームシステムが存在しているなら、自分はまさにチートというか、バグに近い存在だろう。

 それがこの世界で好き勝手をした時に、どんな風にバランスが崩れるかわかったものではない。


 世界には、秩序がある。

 多くの人間はそれに気がつかないが、秩序を守ろうとする【世界の力】というべき物は、確実に存在しているのだ。


 たとえば、ある世界が別世界と繋がれば、そのつながった空間が迷宮化することがある。

 この現象を異能力者の間では、【迷宮化遷移ラビリントス・フェーズ】と呼ぶが、これは世界が、別の世界の混在を拒否する意志の表れだと言われている。

 もし、この魔力があふれる世界でそのようなことが起きたら、どうなるか予想さえつかない。


 その摂理は、万物の存在さえも操作できる義理の祖父でさえ、逆らえなかった絶対の摂理なのだ。

 だから世界の枠の外にいた祖父は、長い長い時間をかけて、あらゆる手を使って【黒の黙示録】を破る【守和斗】という「その世界の人間」を生みだした。


 多少のことは平気だろう。

 しかし、もし守和斗もこの世界で何か大きな事を成したければ、なるべく直接的干渉を避けて間接的に行うしかないはずだ。

 裏方にまわるのだ。少なくとも発端は、この世界の者が起こさなければならない。


(あれ? でも、それなら【SSSスリーズ】はどうなるんだ……)


 ふと、守和斗は「プレイヤー」たちが使っているらしいシステムのことを思いだす。

 この世界が本当に異世界なら、SSSに対してどこかに拒絶・・があるはずだ。

 しかし、この世界が本当にバーチャルな世界ならば、それが起こらなくても不思議はない。

 その代わり、ゲームマスターの修正・・がはいるはずだろう。


(しかし、修正は入っていない。つまり……)


 この世界のことを考えると、いつもそこ・・にたどりつく。

 考えることさえ苛立たしい非人道的所業であり、守和斗から見たら悪魔の所業だ。

 とてもこの世界の人たちに言えることではない。

 いや、いずれは言わなくてはならないのかもしれないが、まだ確証がない。それに対策もない状態で伝えても、混乱するだけであろう。


「ともかく、まずは食事の用意を致しましょう。せっかくいただいた肉を食べないともったいないですしね。では、とりあえずスープでも……」


 結論がでないことは後回しだ。

 守和斗はひとまず目の前の問題を解決しようとする。

 すなわち、空腹。


 しかし――


「ちょっと待て!」


――そこにファイが慌てて身を乗りだした。


「料理はまた、貴様がするのか?」


「そのつもりですが?」


「だめよ!」


 クシィも身を乗りだした。


「あんたの料理、まずいじゃない! せっかくの肉が、それこそもったいないわ!」


「まずいって……しかたないではないですか。こちらの調味料とか、味覚とか……よくわからないのですから」


 守和斗達は、前に泊まっていた山小屋でも、いくつかの調味料を拝借して料理をしていた。

 塩、砂糖、辛み調味料……は元がなんなのか不明だったが、基本は守和斗の世界と同じ感じであった。

 しかし、その味が微妙に異なっていたらしい・・・

 塩は薄め。

 砂糖は甘め。

 辛み調味料は激辛。

 一応、サバイバル術の一環として、守和斗は料理も習っていた。

 とは言え、味付けは基本的に「食べられれば良い」というレベル。

 それ以上は、守和斗には無理だった。

 その上で、なれない調味料の調整がうまくできず、さんざんな料理をすでに2度ほど作ってしまっている。


「パイ、おまえは料理が得意だろう。悪いが、味付けをやって欲しい。貴様は包丁捌きだけは一流なのだから、そっちだけ手伝え」


「ファイ様、助けていただいた学徒様に、その物言いは……」


「うっ……。あ、まあ、いや……その件に関しては、ちょっといろいろあってな。食事の時にでも、ゆっくりと本当のことを話そう」


 ファイの「それでよいか?」という視線を受けて、守和斗もこくりと頷く。

 この丁寧な話し方にも疲れてきたところだし、これから一緒に旅をするのだから秘密はあまりない方がいい。


「そうだね。このままずっと、芝居を続けるわけにもいかないし」


「が、学徒殿? 芝居?」


「まあ、とにかくまずは料理を手伝ってもらえるかな、パイさん」


「は、はあ……」


 戸惑いながらも、パイは守和斗から渡された鍋を受けとった。


「なら、私はちょっと食事まで、散歩でもしてくるわ」


 クシィが腰をあげて、フラッと歩きだす。


「夕飯ができる前には、ちゃんと戻ってきてよ」


 守和斗の声に、クシィが背中を向けたまま手をふった。

 そして木々の中に消えていく。


「……ちょっと私も、周辺を見回ってくる」


「うん。いいけど、ファイさんも夕飯できるまでに戻ってね」


「わかっている」


 しばらくしてファイも同じように、木々の中に消えていった。

 そして2人は、夕飯までに戻るという約束を破ることになるのである。

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