第七幕:学徒(三)

「……へ?」


 唐突なファイの言葉に、守和斗は思わずまぬけな反応をしてしまう。

 だが、それは守和斗だけではなく、周りもみんな同じような表情だった。

 唯一、パイだけが察したのか、額を抑えて「はぁ~」とため息をついている。


「なにを斬るんだ?」


 セレナの質問に、ファイはニヤリと自信ありげに笑った。


「もちろん、その領地管理か――」


「ダメに決まっています!」


 ファイの胸を張った言葉をパイが激しくさえぎった。


「どうしてファイ様はそうなんですか! 正義感が強いところは素敵ですが、考えなさすぎです!」


「し、しかしだな……」


「しかしではありません。これは国家間の問題になるんですよ。こういうことは、聖典巫女オラクル・シビュラ様を通して、陳述書を送り、他国と連携してことを進めませんと!」


(まさに。よくぞ言ってくれた、パイさん!)


 守和斗は心の中で独りごちた。

 自分も我慢しているのに、守る対象に暴走されてはかなわない。

 それにパイの言うとおり、下手に手を出せば国家間の争いにもなる。

 幼いながらもパイはこの手のことに関して暴走せず、常識があるようだと守和斗は少し安心する。



――コンッコンッ



 ノックが響いたかと思ったとたん、全くノックの意味がないぐらいのタイミングでドアが開く。


「セレねぇ、このパズル、とけないんだよ!」


 入ってきたのは、6~7才ぐらいの男の子と、もう少し小さい女の子。

 男の子は複雑な木組みのおもちゃを目の前につきだし、不服そうに頬を膨らませている。

 女の子はその男の子の洋服の後ろをつかみ、珍しそうにセレナの客の顔を見ていた。


「こら、カリム。お客さんがいるのに、行儀が悪いだろう!」


「だってさぁ~」


「男が『だって』なんて言い訳、使うなって言っただろう。かっこ悪いぞ」


「うっ……」


 セレナに叱られて、カリムはさらに頬を膨らませる。


「すまんね。近所の兄妹なんだけど、よく遊びに来るもんだからさ」


 セレナが守和斗たちに謝るが、子供2人はおかまいなしだ。


「それよりも、セレねぇ。これといてくれよ。パイねぇでもいいからさ!」


「といて、といて~」


 頭のてっぺん近くで短い髪を縛った兄の方が、パイにパズルと言っていた物を前に突きだす。

 同じような髪型の妹も、兄のマネをするようにパズルを指さした。


「パズルと言われても……。わたくしもこの手が得意では……あっ!」


 悩んでいたパイが、顔をあげてクシィを見つめる。


「こちらのお姉ちゃんは、なんと学者さんらしいですよ。頭がいいから、解いてもらえるのではないでしょうか?」


「ええ! ホント!? といて、といて!」


 子供に矛先を向けられたクシィは、瞬間的に意味が分からなくて目を数回パチクリとさせる。

 そして自分が今、学徒だと名乗っていたことを思い出したのか、はたと困った顔になった。

 だが、子供たちはそんなクシィの顔色などうかがわない。

 持っていた複雑に組み上がった木組みのパズルを半ば強引にクシィのテーブルの前に押しつけた。


「学者のおねぇちゃん、それといてよ!」


「といて、といて~」


「い、いや……あたしは……」


 困惑したクシィが、子供たちとパズルを交互に見る。

 それを横で見ていたファイが、妙にうれしそうにニヤリと笑った。


「心配するな、カリムとやら。彼女は非常に優秀な学徒と聞いている。よもや、その程度のパズルができないバカ・・のわけもない。きっと、あっという間に解いてくれるぞ」


「なっ!? ……そ、そういうあなたは、これが解けるとでも?」


「いやいや。私は戦うことしか能がないバカ騎士・・・・だ。学徒様のような頭脳の明晰さは持っておらぬ」


「ぐっ……」


「ん? まさか、解けぬ……ということはありませぬよな、学徒殿。もし解けぬなら、我と同レベル、つまりバカ・・ということになってしまわれますしな」


「そ、そうきたわけね……」


 奥歯を噛みしめたクシィは、ガッと勢いよくパズルをつかむ。


「いいでしょう。解いてあげるわよ!」


「やったー!」


「やったー!」


 子供の声援を受けながら、クシィは戦いを挑んだ。


「おねぇちゃん、そっちじゃないよ」


「わかってるわよ!」


「おねぇちゃん、まぁだぁ~?」


「もう少し待ちなさいよ!」



 ――約1時間後。

 飛び跳ねて喜ぶ子供たちと、誇らしげに胸をはるクシィの姿がそこにはあった。

 そして彼女は、その達成感をもったまま気分よく入った風呂場で、大事なところを見られてしまい、青ざめることになるうことになるのである。

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