第六幕:学徒(二)

「話が進まないので、まずはわたくしから自己紹介をさせていただきます」


 守和斗は、かなりかしこまった口調で頭をさげた。

 これ以上、この娘たちに話をかきまぜられるとややこしくなる。ここは一芝居打つしかない。


「自己紹介が遅れて申し訳ございません。わたくしは、スワト。事情により詳しくは明かせませんが、とある高名な学者に教えをこう学徒。と言っても、ご覧の通りの若輩。見習のようなものでございます。そして、こちらはわたくしの後輩のクシィと申します。ほら、クシィもご挨拶して」


 守和斗がふりむくと、そこには眉をひそめたクシィの顔があった。

 その憮然とした顔に、守和斗は目で「合わせろ」と語りかける。

 クシィは不承不承を表すように、小さなため息をついてから、すくっと立ち上がった。

 すると表情はすでに豹変しており、微笑まで浮かんでいる。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし、クシィと申します。以後、お見知りおきくださいませ。先ほどは少々悪ふざけが過ぎて、申し訳ございません。ほんの冗談ですので、なにとぞお気になさらないでくださいませ」


 守和斗に従い、かしこまった……というより、高貴な雰囲気さえ漂わせて、優美な動きでクシィも頭を下げる。

 その様子に、守和斗は内心で感心する。芝居というより、非常に自然体だ。

 さすが王女様である。社交的なことに慣れているのだろう。

 守和斗は、内心で「よしよし」と思いながら言葉を続ける。


「実はわたくしとクシィは、我が先生の指示により、古代語に関する調査のため、旅をしている最中なのです。その途中、偶然にもファイ様が、第五の英雄騎士ヴァロル様に囚われの身になっている現場を見つけまして、お助けした次第でございます」


「第五に捕まっていたのですか、ファイ様!?」


「……う、うむ。トラクト殿は、私を戦場から助けたものの、代わりに嫁になれと迫ってきてな」


「な、なんと! 許せぬ所業です……。しかし、よく英雄騎士ヴァロルの手から、助けることができましたね?」


 パイの怪訝な視線に、守和斗は変わらぬ微笑で答える。


「はい。第五の方々が酒宴を催されていたので、酔って手薄になった隙を狙ってこっそりと……。我らは戦いはまったくできませんが、睡眠薬ぐらいは作れますゆえ」


「なるほど。それは助かりました。ファイ様をお助けいただき、誠にありがとうございます。……しかし、『ご主人様』というのは?」


「あうっ。それはだな……」


「それはですね、ファイ様のお礼の形なのでございます」


 守和斗は、慌ててファイの言葉を横取りした。

 ファイに腹芸はできそうにない。

 だから、視線で「黙ってろ」という意思を送る。


「ファイ様は、非常に義理堅いお方ですね。わたくしたちがお助けしたところ、『今は何も礼ができないから、本国に帰るまではしもべとなって守ってやろう』とおっしゃられまして」


「なるほど。それで『ご主人様』ですか……」


「はい。わたくしたちは、一度はお断りしたのですが、ファイ様の意志は非常に固く。まあ、こちらもなにぶん戦いは素人。ファイ様の申し出は正直、非常に助かります」


「それで結局、期間限定の主として護衛をしてもらうことになった……ということですか」


「さようでございます。ですから、『主』というのはあくまで仮の名前だけでごさいますよ。ちなみに古代語は、ファイ様のような騎士様にただで護衛をしていただくのは心苦しかったので、そのお礼に簡単な言葉だけご教授させていただいたのです」


「そ、そうなのだ!」


 慌ててファイが後押しする。


「それにしては、随分と流ちょうにお話になっていたような……。そもそも古代語はそこまで解明されているとは初耳ですし、失礼ながらファイ様はそれほど語学に堪能ではないはず」


「お、お前はどうしていつも遠慮せずに言うんだ、パイ。私とて本気になれば、このぐらい……。それに、その、なんだ……彼の教え方は、なかなか上手なのだ」


「はあぁ……。しかし……」


 パイは、やはりまだ納得しきれていないのだろう。

 それはそうだろと、説明した守和斗でも思ってしまう。

 そもそも日本語はまともに話せる人がほとんどいないということだったし、こんな苦しい言い訳が普通なら通るわけがない。


「ところで――」


 守和斗がさらにどう言い訳しようかと考えていると、唐突にクシィが横から口をはさんだ。


「――水じゃなく、お茶ぐらいでないのかしら?」


「こ、こらっ!」


 守和斗が叱ると、クシィは目の前のテーブルに並べられた木のコップを指さしたまま、口をへの字にしている。

 どうしてこいつらは、こう余計なことばかり言うのかと思う半面、守和斗としては助かったと思う。

 これでパイからの追及を逃れられるかもしれない。

 いや。もしかしたら、それを狙って話題をそらしてくれたのかもしれない。

 守和斗はそう思い、クシィの横顔をうかがい見る。

 が、どうみてもそんな深慮は感じられず、不服だけが顔に表れていた。

 守和斗は呆れて、クシィの代わりにセレナに向かって頭をさげる。


「すいません。失礼なことを申しまして……」


 だが、セレナは大して嫌な顔も見せず、苦笑して見せた。


「いや、こちらこそ悪かったな。貧乏でお茶のような嗜好品は持っていないのだ」


「そういえば、この村は全体的に貧乏くさいわね」


「こらっ!」


「あはは。正直な奴だな。まあ、でも、その通りだ」


 楽しそうに笑った後、セレナはフッと影を落とす。


「領地管理官【ラクティス】の私腹を肥やすために、この地域の税率は非常に高くてね。町に住む人間でさえ困っている。周囲の村など、このありさまさ……」


「なっ、なんだと! 領地管理官のそのような暴挙が許されているのか!」


 いきり立ったのは、ファイだった。

 彼女は両手をテーブルについて、椅子をはじくように立ち上がった。


「第六の聖典巫女オラクル・シビュラ聖典騎士オラクル・ロールはなにをやっているのか! 国民をこのように苦しめる領地管理官を放置しておくなど……」


「その聖典騎士オラクル・ロール自体が、似たようなことをやってんだから仕方ないさ」


「なっ……なんですと!?」


「金を巻きあげた管理官たちは、聖典騎士オラクル・ロールとかに貢いでいるらしいよ。いろいろと便宜を図ってもらうためにね」


「そ、そんな……高尚なる聖典騎士オラクル・ロールがそのような……」


「それにここの領地管理官も、【降神者エボケーター】らしいからな。神の魂を持つ者は、人間たちの価値なんて大したことないんだろう。事実、わたしの父親は、そんな領地管理官に逆らったせいで罰せられ、処刑されちまった」


 セレナの口元に苦渋が浮かぶ。

 それは、守和斗がよく知っている表情だ。

 自分の世界にいる時に、こんな顔をみんなにさせないために戦ってきたのだから……。

 しかし、ここは別の世界。

 情勢もわからない世界で簡単に手出しはできない上、守和斗には2人を届けるという役目がある。

 だから守和斗は、表情を変えずに話を聞いていた。

 あくまで他人事であるという態様で。

 だがファイにしてみれば、そんな他人事にはできなかったのだろう。


降神者エボケーターといえど、そ、そんな非道……」


 ファイの言葉に、守和斗はふと思いだす。


降神者エボケーター……神の魂を降ろした者って……あれ? そう言えば、英雄騎士ヴァロル降神者エボケーターだと言っていたような……まさか!?)


 すぐに浮かんできたのは、SSSスリーズの存在だった。

 SSSスリーズは、守和斗が元の世界で所属していた組織のトップである【ロー】が出資していた研究のひとつである。

 もともとは、身体が不自由で動けない人、視聴覚等に問題がある人の精神的ケアをするため、人間の【魂】と呼ばれる意識体をバーチャル空間へ転送して、身体の自由や正常な視聴覚を体験させるための装置だった。


 この世界がどういう世界なのかは別にして、もし降神者エボケーターSSSスリーズを使ったプレイヤーだとしたらどうであろうか。

 ならば「非道」はありうると、守和斗は納得する。

 彼らプレイヤーたちは、ここにいる人を「生きている人」としては見ていない。

 NPC、つまりただのデータ・・・・・・としてしか見ていないのだ。

 そんな者たちが困ろうが死のうが、大して気にしないのだろう。

 トラクト曰く、参加するのには多額の金が必要な上、地位も必要だという。

 その代償を払ってまで参加した多くの者たちが、わざわざこの世界にきてまでいろいろ我慢するだろうか。

 ほとんどの者は、得た強大な力で、面白おかしく暮らそうとするのではないだろうか。


(そしてもしこの世界が……。――ったく。本気で下衆なゲームかもしれないぞ、これ)


 横でボソッと、クシィが「下衆ね」と日本語でこぼす。

 守和斗はドキッとするが、すぐに領地管理官のことを言っているのだと理解する。


「高尚が聞いてあきれる」


 そのクシィに、ファイは反論できずに歯噛みする。

 そして彼女は、はたして黙っていられなかった。

 意を決したように、握った拳を眼前にあげる。


「よし! 斬ろう!」

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