第三幕:父親(三)
守和斗とファイ、クシィの山歩きは、一夜明けた早朝からだった。
たまに休みをとりながらも、獣道のような足場をひたすら歩き続けた。
ただ、行軍は遅々として進まない。
守和斗の靴はまだしも、ファイとクシィの靴は山歩きには向いていないのだ。
特にクシィの靴は非常に薄い生地で、今はボロボロだが戦場には不釣りあいな、飾りがつけられた見た目重視の履き物だったようだ。
なにしろ彼女は、どうやらお姫様らしい。それならば後方支援として配置されるも、どちらかといえば軍の士気を高めるための象徴として戦場に赴いていたのではないか。
「もうダメ……。辛いわ……」
だから守和斗は、クシィが
それに彼女には、ここまで先を急ぐ理由もないのだ。
彼女が「疲れた」と座りこんであきらめても責めることはできない。
それに対して、ファイはまだまだ疲れなど感じさせない気力で歩みを進めていた。
軽装型とはいえ、鎧を着て山を歩くのは生半可なことではない。
しかし、彼女は急く心を足に伝えるように動かし、このペースでも遅いといわんばかりに歩き通した。
体力があるということもあるが、それ以上に彼女には急ぐ理由があったためだった。
「しょうがない。クシィさんは俺が運ぶよ」
「あら。助かるわ……って、
「そう。運ぶ。ここなら人に見られないだろうからね」
「……って、まさか!?」
守和斗は、身構えるクシィを
クシィならば自分の魔術で飛べるようだが、魔力は感知されやすいという特徴がある。
苦労して追いかけているというのに、獲物に感知されては元もこうもない。
それに対して、超能力は感知することができないはずだ。
彼女を浮かばせて運ぶぐらい、守和斗にとっては大したことではない。
「うわっ! ちょっと、これ……楽しい! バカ騎士もやってもらえばいいじゃない。楽ちんよ!」
「騎士たるものが、荷物のように運ばれてたまるか!」
「融通が利かなくて損するタイプよね~」
「余計なお世話だ!」
鼻を鳴らして厳しい顔で黙々と歩きつづるファイに比べ、クシィは非常に楽しそうだった。
初の感覚がかなり気にいったのか、彼女は空中でいろいろなポーズをとって楽しんだ。
守和斗の頭ぐらいの高さで、胡坐をかいてみたり、寝そべってみたり、クルッと回転してみたり。
少しクールな彼女にしては、非常に無邪気に喜んでいる。
本当は動かれるとイメージが固定しにくく、浮かばせるのが面倒になる。
しかし、そこまで楽しまれると悪い気もしない。
仕方なく、しばらくは自由にさせておいてやった。
「アハハハ! なにこれ、たっ~のしい~~~ぃ!」
ただ、クシィは夢中になりすぎていた。
そのため自分がスカートをはいていることさえ忘れてしまっているのだろう。
下着を守和斗の眼前に披露してしまっても、まったくもって気づかない。
守和斗は呆れながらも、仕方なく覚悟を決める。
「クシィさん」
「ん~? なあ~に?」
「見えているよ」
「……えっ!?」
はたして、守和斗はクシィから「スケベ!」と不条理な怒りを買い、追加プレゼントとして侮蔑の視線をいただいた。
そもそも、そうやって赤面しながらスカート部分を押さえるぐらいなら、短いスカートなど履かなければいいのにと思う。
ちなみに守和斗は、亡くなった家主の服を借りていた。
上着はボロボロだったので、予備の服を固有亜空間という名の倉庫から取りだそうかとも思ったがやめておいた。デザインがこの世界の物と異なりすぎて目立ってしまいそうだ。
そのため綿材質の
ズボンもあったので履いてみたが、少し大きすぎるので紐で絞りこんでいる。
ちょっと無様なのだが、実用上は問題ないから良しとした。
一方でファイとクシィは、「他人の服など着たくない」と断固拒否したのだ。
貴族の娘と王女であるということを考えれば仕方のないことかもしれない。
おかげでファイは鎧姿で、クシィは軽装のまま登山という始末。
そしてトドメは、不条理にスケベ呼ばわりされたわけである。
「……あれは、町だな」
そんなこんなで歩き続けて、太陽がかなり傾いたころ。
ファイが、少し明るい顔で先の方を指さした。
下りの山道。
その途中の切り立った崖から、かなり離れた裾野にちょっとした町がうかがえた。
町の中央ありには、四角い巨大な建造物がうかがえる。
ここからだと正確な広さはわからないが、3、4キロ四方はある、それなりの規模の町だろう。
さらに手前の山麓には、小さな村があった。
建物は全部で30棟もなさそうだ。
木造の小屋が並んでいるが、中にはいかにも素人くさい手作りロッジ風の建物もあった。
こちらは、それほど栄えた村ではなさそうだった。
「とりあえず、あの村で話を聞いてみようか……」
守和斗の言葉に、ファイが力強くコクリとうなずく。
「待っていてくれ、パイ。必ず助けるからな……」
ファイは部下であり、大切な友人でもある名前に改めて誓いを告げた。
その誓いが、目の前の村で起こる惨劇のトリガーになるとも知らずに。
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