第四幕:父親(四)
「まずは、俺が話を聞いてくるよ」
守和斗は2人にそう言ってから、村の入り口の方に歩きだした。
ファイとクシィは、様子が見えるぐらいの距離で身を隠してもらうことにした。
もっと離れた場所で待機してもらおうかと思ったが、目を離すとまたケンカを始めてしまうかも知れない。
それに目が届くところの方が、なにかあっても助けやすい。
……のだが、村のことが気になるのか、木の幹から2人の顔がしっかりと見えてしまっている。
にょき、にょきと木から生えるように並ぶ、2つの顔。
ちょっとかわいらしいのだが、目立ってしまう。
どうやら2人とも、「隠れる」「こそこそする」というのは苦手なのだろう。
(――ったく。まあ、見つかったら見つかったで考えるか)
いろいろと面倒になってきた守和斗は、そのまま2人を放置して、村の入り口らしきところに近づいていった。
村は特に囲いがあるわけでもなく、建物が何軒か少し距離を空けて並んでいた。
防壁がないということは、外敵に怯えるような環境ではないと言うことだろう。
周囲に畑は見えるが、どれもたいして大きくはない。
建物の敷地の数倍程度しかないように見える。
もしかしたら、山菜採りや狩りの方が主体なのかも知れない。
ただ気になったのは、妙に傷みが目立つ建物が多いことだ。それに、まるで空き家のような、廃れた建物もある。
今、通ってきた感じならば、確かに魔物もいなかったし、山の幸もそれなりに豊富そうで、裕福になることはなくとも、十分に暮らせていけそうな雰囲気はある。
(なのに、生活が苦しそうな……)
守和斗は、そう思いながら歩みを進めた。
彼が向かう先は、離れた所からも見えていた井戸だった。
5、6人の女性達が、そこで野菜か何かを洗っている。
歳を召した女性から、まだ10歳前後だと思われる少女までが、それぞれ木の桶に井戸水を入れて、楽しそうに会話しながら白い大根のような物についた土を流していた。
「こんにちは」
守和斗はなるべく警戒心を抱かせないよう、少し離れたところから声をかけた。
しかし、そこにいた女性達はそろって警戒感あらわに、少し身を引いてすぐに逃げられるように立ちあがる。
だが、その中にひとりだけ、身を引くどころか他の者を守るように一歩前にでた女性がいた。
白い手ぬぐいで巻かれていた、
意志の強さを感じさせる、少し太めの眉と、
高めの鼻筋の下で、決意を見せるかのように口が硬く結ばれている。
年はせいぜい20を過ぎたぐらいだろう。
しかし、その雰囲気には、もう少し年上に見える威厳があった。
「……誰?」
少し低い声で威嚇してくる彼女に、守和斗は微笑して答える。
「驚かしてすいません。旅の者です。実は人を探してい――」
会話の途中で、近くの家の扉がすばやく開いた。
そこから、また別の女性が慌てた様子ででてくる。
「みなさん、いったいどうしたんです!?」
外の異常に気がついて飛びだしてきたらしい女性を見て、守和斗はハッとした。
赤い肩口までの髪、アニメで見たエルフそっくりな尖った耳、黒縁の大きい丸メガネ、そして怪我をして包帯を巻かれた右足首。
鎧こそ着ておらず、白い
彼女はまちがいなく、指輪の記憶で見た女性だ。
「すいません。あなたはもしかして、パ――」
「パアアアアアアアアアァァァァァァァァァ〜〜〜イィィィィィィィィィィィ〜〜〜〜〜!」
唐突に、背後から
しかも、その声はドップラー効果を残して守和斗を通りぬけ、出てきた赤髪の女性に目にもとまらぬ速さでぶつかっていった。
「ファ……ファイ様!?」
赤髪の女性は、怪我をした足の小さな体ながらもファイをがっしりと受けとめた。
丸い目をより丸くして、目の前にいるファイのことを信じられないように見つめている。
「パイ、無事だったんだな! よかった。本当によかった!」
「ファイ様こそ……ご無事で何よりです!」
「ああ、無事だ! でも無事でよかった! あ、怪我しているのか! でも無事でよかった!」
「お、落ちついてください……ファイ様ったら……」
2人は涙を浮かべながら、抱きあって喜びあう。
だが、事情がわからない村の女性達を始め、騒ぎを聞きつけて出てきた他の村人たち、事情を知っている守和斗さえも、そのファイのテンションに置いてきぼりを喰らってしまう。
そして置いてきぼりを喰らったのが、もうひとり。
「はぁ、はぁ……。止める、暇もぉ……なかった、わよ……はぁ〜……もうっ!」
走って追いかけてきたのか、息を切らせながらクシィが背後に立つ。
そんな彼女に守和斗は、「だろうね」と苦笑いを見せながらも、止めようとしてくれたということに気持ちが丸くなる。
ファイが「帰国するのに守和斗の助けなどいらない」と言った時、腕試しの時、そしてファイが当てもなくパイを探しに行こうとした時、クシィは敵であるファイを不器用ながらも気づかって止めてくれていた。
(なんだかんだ言って、面倒見がいい子だなぁ……)
そして親友を心から心配して山道を歩き続けたファイ。
(2人とも、いい子だ……)
守和斗は改めて、2人を無事に送り届けようと心に誓った。
気分は完全に「ご主人様」というより「保護者」であったが、あまり悪い気はしていなかった。
――ただ、その時。
ファイの鎧の紋章に目を光らす村人が1人いたことに、さすがの守和斗も気がついてはいなかったのである。
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