第八幕:ご主人様(三)

「……いいだろう。確かにこのままでは、勝てる気がせん。貴様と組むことより、ペット扱いのが沽券にかかわるからな」


 クシィの提案に、眉をひそめながらも苦渋の決断をするファイ。

 その返事に、自嘲気味にクシィも鼻を鳴らす。

 むろん、彼女自身も苦渋の決断なのだろう。


「よし。じゃあ、耳を貸して!」


 そして2人は、作戦を相談し始めた。

 守和斗はおとなしく、腕を組んで待つことにする。

 むろん、実戦ならばこんな余裕があるわけがない。

 しかし、この戦いの目的は、2人に理解してもらうことだ。

 ただ、「まだなんとかなる」と考えていると言うことは、理解にはほど遠いと言うことだろう。

 2人に理解してもらうには、もっと徹底的にしなければならないらしい。

 これは少し方針を変えるべきだと考える。


「待たせたな! いくぞ!」


 作戦会議が終わったのか、ファイが大剣を構える。

 守和斗は応じるように、組んだ腕をといて下に向けた。

 そして、朗々と言葉を放ちだす。


「“双子座の悪童は、魔術師なり。The Brat of Gemini is a wizard.だけど、彼らは魔法を使えないBut, they can't use magic.”」


「……なんだ? なにを言っている、貴様?」


「――あっ! バカ騎士、止めるのよ! 魔力流があるから、きっと呪文よ!」


「――くっ!?」


 呪文を唱え始めるクシィを背後に、ファイは慌てて守和斗に走り寄る。

 そして、射程内。

 ファイは、大剣を容赦なく斜めに振りおろす。


「“――彼らは、力を喰らうThey bite the force.”」


 だが、守和斗が背後に飛んでかわす。

 その着地を狙うように、クシィの放った氷の矢が足元を狙う。


「“――彼らは、力を放つThey shoot the force.”」


 ところが氷の矢は雑草を穿ち、地面に空しく突き刺さった。

 本来ならば、完全に守和斗の足を捕らえるタイミングであっただろう。

 ただし、彼が着地・・していればだ。

 彼の足裏は、踝まで伸びた雑草の先端を足場として宙を舞っていたのだ。


「あまいっ!」


 ファイは、さらにその次の着地点を先読みする。

 彼女の放った衝撃波が、雑草を刈り取りながら守和斗を襲う。

 1撃、2撃、3撃と、続けてファイは放ち続ける。


「“――彼らは、他に能力を持たないThey do not have the ability to another.”」


 しかし、守和斗の呪文は止まらない。

 舞い散る草の破片の中、恐ろしいほどの反応速度で攻撃を次々とかわす。

 だが、6撃目にしてファイの大剣が、守和斗の正中を完全にとらえた。


(――よしっ!)


 放たれる、大剣による衝撃波。

 刹那、下方に放たれる守和斗の拳。

 発せられる衝撃波。

 小さな拳ひとつで作られたとは思えない力が爆発する。

 それにより、大剣の衝撃波が完全に打ち消される。


「うっ、うそ……」


「“――彼らは、哀れな奴隷たちThey are pathetic slaves.”」


 驚いているファイをよそに、天空から直径3メートルはありそうな氷柱が守和斗の周りに降りそそいだ。

 連なり唸る、激しい地響き。

 次々と、深々と、氷柱は地面に突き刺さっていく。

 すべてが降りそそいでできたのは檻。

 守和斗を取り囲む、高さ10メートルほどの氷の壁。


「捕えた!」


「“――しかし、彼らは誰よりも強いだろう!However, they would be stronger than anyone else !”」


 姿が見えなくなった守和斗の声だけが響く。

 それを押しつぶすかのように、一際大きな氷柱が天空より落下する。


「――喚起arouse、【機銃妖精の篭手ガントレット・オブ・グレムリン】!」



――ドンッ!



 爆音と共に、落下中の氷柱がなんと四散する。

 そして、次々と響く謎の低い破裂音。

 その音に合わせるように、守和斗を囲んでいた氷柱が内側からへし折られ、さらなる衝撃で霧散していく。

 氷魔法の影響で、極端な低温になっていた周囲の空気。

 その中を砕かれた細氷ダイヤモンドダストが大量に降りそそぎ、さらに気温を下げていく。


「――くっ!」


 ファイには、なにがおきたかわからなかった。

 が、背後でクシィがまた大呪たいじゅを唱え始めたことに気がつく。

 ならばと、ファイは守和斗に駆けよっていく。

 クシィの大呪が終わるまで、時間を稼がなければならない。

 とにかく、守和斗に隙を与えないようにする。それが2人の作戦の基本だ。

 キラキラと太陽の光を乱反射する氷の粒の向こう、そこに見える影へ、ファイは大剣を次々と打ちこむ。



――ガンッ! ガンッ! ガンッ!



 だが、その刃に強い衝撃が走る。

 まるで、なにかに打ち返されたようだった。

 ファイはかまわず、弾かれた刃を返して乱打する。

 上から下から右から左から……。

 しかし、その攻撃のことごとくが、見えない刃に打ち弾かれる。

 それと共に、宙に舞っていた氷の粒が衝撃波で散っていき、守和斗の姿をあきらかにし始める。


「バカ騎士!」


 クシィの声に、ファイはすばやく反応して身を一気に退く。

 瞬刻の間もなく、守和斗の全方位に無数の氷の槍が並ぶ。

 守和斗から2メートルぐらいの間隔をあけて、すべての矛先を内側に向けて球を描いている。


「はぁ、はぁ……き、決まったわね! さすがにこれなら逃げられないでしょ」


 肩で息をしながら、クシィが満面の笑みを見せた。


「さあ、スケベ男。『参った』と言えば、命は助けてあげるけど?」


 針のむしろの中に閉じ込めた守和斗に対する、勝利を確信した降伏勧告。

 その氷のアイアン・メイデンの中で、守和斗は苦笑いを返す。


「――ったく。スケベ男じゃなく、ご主人様だろ?」


 そして、両手を眼前まで掲げた。

 それは降参を示すためではない。

 両手に握るを2人に見せつけるためだった。


「なっ……なによ、それ」


 クシィがぎょっとした口調で驚愕する。

 それもそのはず。彼女たちにとって、それは未知の存在であっただろう。

 いや。たとえ守和斗の世界でも、それは異形といえた。


「紹介するよ。あらゆる力を喰らって弾丸と化す銃、【機銃妖精の篭手ガントレット・オブ・グレムリン】」


 そう紹介しながら、守和斗は改めて自分の2丁拳銃を見る。

 銃と言えば、確かに銃の形をしている。

 一言で表せば、黒いオートマチックタイプのハンドガン。

 なのだがブローバックはしないし、マガジンも存在しない。

 しかも、手の甲側が前腕を覆う篭手ガントレットと一体化している。

 漆黒の篭手ガントレットは、鈍い光を放ちながら肘の手前まで伸びているのだ。


 そして、その篭手ガントレットの傍らには、半透明ながら2頭身ぐらいの丸いラインの生き物が寄り添うように浮いていた。

 全長は、ちょうど篭手ガントレットと同じぐらい。

 金色に近い毛並みがあり、クリッとしたまん丸い黒の瞳、ネズミのような黒い鼻、それに大きなコウモリの羽根を思わす耳がついていた。

 そして小さいながらも背中には、コウモリのような羽まで生えている。

 細長い尻尾もあり、その先端は篭手ガントレットに溶け込むように接続していた。

 この世に姿を見せながらも、この世に本体を置かぬ存在――妖精【グレムリン】が、その存在の恐ろしさと相反するように、愛らしくクックックッと笑いだす。


 妖精と連動した篭手ガントレットは、錬金術により生みだされた魔法道具の中でも非常に珍しいものだった。

 この妖精たちが、魔力、霊力、気力……どんな力でも周囲から吸いとって弾を生みだし、弾倉に装弾してくれる。

 弾切れすることを知らない、無限弾倉をもつ銃だ。


「……スケベ男、それは魔物なの?」


 警戒するクシィに、守和斗は首肯する。


「うーん。魔法道具……いや、魔物でもあるな……」


「魔物なら……それってまさか【古代魔法】の一つ【召喚魔法】ということ?」


「古代かどうか知らないけど……正確には、【喚起魔法】だよ」


「……その違いは、戦いの後でゆっくり聞くとして。『銃』ってのは、あんたの世界にある、なんか『弾』とかいうのがでる武器だったけ? さっき氷の檻を壊したのもそれね。でも、さすがにこれだけの氷の槍を撃ち落とせやしないでしょ?」


 見るからに自信を見せるクシィに、守和斗は煽るように微笑してみせる。


「なら……試してみようか?」

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