第七幕:ご主人様(二)

 守和斗は2人の少女と共に、小屋から少し離れた丘に移動した。

 周囲は青々とした木々の森に囲まれており、地面はくるぶしを隠す高さまで雑草が生えている。

 100メートル四方はある原っぱだ。

 地面を改めて踏みしめてみる。

 けっこう柔らかく、足が少し沈みこむ。


(スピードを重視した体術たいじゅつには、向かない立地……)


 それに対して、2人の娘には有利だろうと思う。

 ファイの大剣――守和斗がこっそりと、トラクトの部隊から拝借してきた――を使った中距離からの【装気術アウラエンハンス】と呼ばれるけん

 そして、クシィの遠距離から攻撃を放つ【魔術マジア】。

 両方ともスピード重視の相手との単騎戦は不得手である。

 しかし、この立地ならばスピードを封じやすいし、さらに遠距離と中距離の組合せならば、戦い方によっては一方的に攻められるはずだ。


(まあ、あの2人にチームワークというものがあればだけどね……)


 それがないことは、火を見るよりあきらかだ。

 なにしろ2人は未だにお互いに貶しながら、どちらが先に敵を倒すかを言いあっている始末。

 後衛を守る前衛、前衛を支援する後衛などということは、微塵も考えていないだろう。


(――ったく)


 守和斗は苦笑いをもらしながら、空を見た。

 太陽の存在は、どうやら自分の世界と同じような感じらしい。

 今は、日が傾いている。

 影もかなり伸びてきていた。

 もうすぐ、夕方になるだろう。

 早めに片づけた方がいいと思い、守和斗は2人に呼びかける。


「さっき決めたとおり、負けを認めさせるか、気絶させれば勝ち。まあ、そっちは殺す気でやっていいよ。……よい?」


「異存はない」


「いいわ」


 2人の返事に、守和斗はうなずく。

 そして、右手を胸に当てた。

 服の中にある、黒い宝石のついたペンダントを掌に感じる。

 念じる。

 自分の中の力が抑制される。

 このペンダントは、いわゆる制御装置。

 強すぎる力を放ち続けると、肉体が持たないために抑制するためのアイテムだ。

 それを今は、最大限に働かせている。

 おかげで超能力は、ほぼ使えない状態である。

 意識と直結している超能力は、無意識でも使ってしまう。

 だから、こうでもしないと約束を破ってしまうかもしれないのだ。


「これでよし。……では、開始!」


 守和斗の声で、クシィが呪文を唱え始める。

 続いてファイが、間合いを計りながらにじり寄ろうとする。


「――あっ! なんだ、あれ?」


 唐突に、守和斗は天空を指さした。


「えっ!?」


「なにっ!?」


 2人が指先を追う。

 しかし、そこには何もない。


「ちょっと! なにもな――っ!?」


 クシィの文句が、途中で止まる。

 なにしろ、先ほどまで15メートルほど離れた場所にいたはずの守和斗が、いきなり彼女の目の前に立っていたのだ。

 次の瞬間、守和斗の掌底がクシィの腹部へ衝撃を走らせる。

 一応、魔術マジアによる物理障壁を体に張っていたクシィだったが、伝わる衝撃の強さに全身が数メートルほどはじき飛ばされる。

 呻きながら、地面を転がるクシィ。


「い、いつの間に……」


 その転がる彼女を目で追ってしまったファイは、慌てて視線を守和斗に戻す。

 だが、もうそこにはいない。

 と思った瞬間、ファイの白銀の鎧に背後から強い衝撃が伝わる。


「――っ!」


 ファイは前方にもんどりうって倒れこむ。

 が、そのまま受け身をとって、大剣を守和斗に向けて構えなおす。

 彼女は、装気術アウラエンハンスによる物理障壁を全身にまとっていた。

 装気術アウラエンハンス魔術マジアよりも物理耐性が強いため、ダメージはそれほどない。

 それでも緊張と恐怖のために、ハァハァと息を荒げてしまう。


「ひ、卑怯だぞ、貴様!」


「卑怯? やれやれ。試しにとやってみたが……思ったより、未熟だなぁ。戦闘中によそ見をする方がバカだよ。君たち、やはり戦いなれていないね」


「くっ……」


 歯を食いしばりながら、ファイは目許から額の汗を腕で拭う。

 それは、ほんの1秒にも満たない視界の消失。

 だが、開いた瞳に映ったのは、なぜか手が届く距離にいる守和斗の姿。

 そして、鎧の腹部に強い衝撃が走る。


「――ぐはっ!」


 今度は真後ろに数メートル飛ばされ、雑草の上を転がってしまう。

 草をむしり、土を削り、そしてクシィの真横辺りで停止した。


「――ったく。向き合っている最中に、気を抜いて視界をふさぐ・・・・・・・・・・・なんて。殺してくださいと言わんばかりだよ」


「ちょっとあんた!」


 やっと立ちあがっていたクシィが、守和斗へ向かって怒りあらわに指をさす。

 茶色く土をまとった服ながら、堂々と胸を張っている。


「その移動、超能力チートじゃないの!?」


「違うよ。忍術……と言ってもわからないか。ある武術の歩法でね。君らの気が抜けた瞬間、要するに意識外から攻めたから、普通よりも異常に速く感じたんだ。まあ、足に気をこめて加速もしているけど」


 その守和斗の説明に、ファイも「やはりか」と立ちあがった。

 長い金髪を乱しながら、射貫くように守和斗を見つめる。


「気……。先ほどの攻撃も気力アウラか」


「そうだよ」


「なるほど。貴様も装気術アウラエンハンスが使えるのか……」


「まあ、似たようなものかな。気の力は、超能力や魔力と違って、誰もが持っているし、世界に満ちている生命の力。異能力ではない。訓練すれば、一般人だって使えるよ」


「しかし、魔力アイテールで制御していないようだが?」


「君たちの装気術アウラエンハンスは、気力アウラ魔力アイテールでコーティングしているようだけど、気は本来、そんなことしなくても戦いに使えるんだ」


「まさか……そ、それが神気法か……」


「――どいてなさい!」


 クシィが叫んだ。

 とたん、ファイは察して体を横に倒す。

 その陰に隠れていたクシィの掌の上に、30センチほどの長さがある氷柱が3本。

 それが並んで飛来し、氷の矢となって守和斗に迫る。

 守和斗と会話している間に、ちゃっかり用意していたのだろう。これなら仕留めらないまでも、怪我ぐらいは負わせられるだろうと、ファイも口角を歪ませる。


α ν πアルニューパイラ


 しかし、それは甘かった。

 守和斗は、落ちついて掌を向けて呪文を唱えたのだ。

 すると炎の玉が、その掌の前に発生して勢いよく飛んでいく。


 激しく衝突する、氷の矢と炎の玉。

 低い爆発音と、噴きあがる蒸気。

 矢と玉は、一瞬で互いを消滅しあった。


「う……そ……だろう……」


 ファイは、固まった笑い顔のままで否定した。

 ほんの2秒ほどの攻防だが、それが意味することは衝撃的である。

 魔法を放ったポーズのままのクシィなど、呆気にとられて言葉がでない。


 その2人をよそに、守和斗は戦っていたことを忘れたように、自分の掌を訝しげに見ていた。


「うーん。なんだろう。俺の魔力、こっちの術式の方が、なんかしっくりくるな。向こうの術式はコントロールが難しかったけど、こっちのは1回でコントロールできたし……。なんかおかしいなぁ〜」


「おかしいのは、あんただ!」


 守和斗の独り言へ、正気に戻ったクシィがつっこむ。


「あ、あんた、超能力チートだけじゃなく、魔術マジアまで使えるのか!?」


「……ああ。そういえば、ちゃんと自己紹介していなかったね」


 守和斗は、両手を腰にあててかるく微笑する。


「元の世界で俺は、【超魔士サイキック・マグス】とか、【万能力者アルティメイタム】と呼ばれていた能力者だ。要するに、複数の異能力アビリティを操ることができるよう創られた人間なんだ」


「アルティ……複数のアビリティ……」


「創られたって……」


「あっ。勘違いしないで。創られたと言っても、普通に人間から生まれてきているから」


「で、でも、なんでこっちの術式を使えるのだ!? 貴様の世界と同じなのか!?」


「いや、違うよ。さっきのは、トラクトとかいうのが使っていたからさ。俺、魔力流から術式を読めるんだよ。だから簡単な術式なら、1回見ればだいたい使えちゃうんだよね」


「1回見ればって……そんなバカな……」


「貴様……バケモノか……」


「……あはは」


 守和斗は、その言葉で一瞬だけ顔を強ばらす。

 いや。眉を少しゆらした程度のはずだ。

 もう慣れたのだから、クールにしなければならない。


「それ、よく言われたよ」


 なるべく自然に破顔してみせる。

 貶す言葉など、さんざん言われて痛くも痒くもない。

 ただ、畏怖と嫌悪の目で見られる寂しさは、なかなか慣れることはできない。

 特にファイのきれいな、澄んだ湖畔を連想させる明眸さえも曇らせてしまう、そんな自分の存在が嫌になる。

 それでも守和斗は、その程度で傷ついていられない。

 心の弱さなど不要なのだから。


「それで。バケモノ退治は、もうあきらめる?」


 だから冗談めかして、思いっきり明るく言ってみた。

 さらに相手を少し揶揄して挑発するように。


「あっ……いや、その……。言い過ぎた。す、すまん……」


 しかし、ファイはなぜか柳眉と視線を落としてしまう。

 どうやらわずかな心の動きを読み取られてしまったらしい。


(勘がいい子だ……)


 そう思うのと同時に、守和斗は自分の未熟さを恥じた。

 きっと父なら、同じ立場になっても平然としていたことだろう。

 やはり、自分はまだ父の境地にはおよばない。

 それとも知らない場所に来て、やはり心が弱くなっているのだろうか。


(知らない場所、戻れない場所……。でも、死ぬことを考えればましか……)


 守和斗は自分の中に隠していた不安を無理やり追いだし、再び2人に微笑する。

 自分のことを心配するのは、2人を助けてからでいい。

 自分の不安で、他人を不快にするとは情けない。


「とにかく、もう終わりかな?」


「……いや。まだだ! いくぞ!」


「ちょっと待ちなさい、バカ騎士!」


 1人でまた突っこもうとするフェイに、後ろからクシィが声をかけた。


「……なんだ、ハレンチ」


「誰がハレンチよ。……それはともかく。悔しいけど、あいつは強すぎるの。苦渋の決断だけど、ここは一時、手を組まない?」

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