第六幕:ご主人様(一)

 守和斗の提案に、怪訝さだけではなく、なぜかキッと睨んできたのはファイだった。

 双眸はつりあがり、唇を歪ませている。

 しかし、その碧い瞳は澄んだ海の水面みなものようにゆらゆらと揺れていた。

 哀しみの痕が、はかなくも美しい。

 守和斗は思わず、魅入られてしまう。


「なぜだ?」


「……え? な、なにが?」


 守和斗は魅入っていた相手の問いで、ほうけていた意識を慌てて呼び戻した。


「なにがではない! なぜ、無関係な我らに、貴様がそこまでしようというのだ?」


「え? ……ああ。乗りかかった船だし。特に母には、女性を大事にしろと教えられていたしね」


 ふと、母の最後の言葉が脳裏に浮かぶ。

 もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない母。

 せめてその最後の言葉ぐらいは、貫き通そうと改めて思う。


「どーせ、裏があるんでしょ」


 しかし、その想いを否定するような冷たい言葉が、値踏みするように目線を動かすクシィから飛びだした。


「きっとあたしたちを助ける代わりに、口にすることさえもいかがわしいこと、要求する気なんだ……」


「……ふむ。ありえるな。なんの見返りもなしに、命を懸けて働くなど、英雄騎士ヴァロルのような高尚な存在でもなければありえん」


「はぁん? ただ働きなんて、バカのやることでしょうが」


「なっ、なんだと!」


 またケンカ。

 放置しておくと悪化するので、守和斗はすぐに口を挟む。


「――ったく。あのさ、俺にやましい気持ちがあるなら、こんな回りくどいことしないよ。俺には、いくらでも君たちを自由にできる方法があるんだ」


「――くっ。確かに。先ほどの力を使えば、我らをもてあそぶことなど、いともたやすく可能であろう。恐ろしい変態だ!」


「史上最悪のスケベ……」


「…………」


 いらだちを感じながらも、なぜこれほど嫌われているのか、なんとなくわかっていた。

 もちろん、思春期の女性を下着姿にひんむいたというのもあるだろう。

 しかし、それ以上に力の差を感じているのではないだろうか。

 それなりに力のありそうな彼女たちが、赤児のようにあしらわれている。

 傷つけられるプライド。

 未知の力への畏怖。

 故に、こちらの好意を素直に受け取れない心情。

 今までも守和斗は、似たような態度を周りから何度もとられた経験がある。


「ともかく、やましいことするつもりだったなら、君たちが寝ている間にできたはずだろう。やられていないことが、俺の下心がないことの証明にならない?」


「……ならば、無条件に助けるというのか?」


「いや。条件はあるよ」


「やはり! 私の体が目的か!」


「あんたの筋肉質で女性的に貧相な体なんかより、あたしの魅力的な体が目的に決まっているでしょ」


「なんだと、ハレンチ女!」


「ハレンチじゃなく魅惑の女って言ってよね、バカ騎士」


「貴様!」


 今度は2人とも立ちあがる。

 そしてまさに、とっ組みあいでも始めるかの様相を見せる。


「……伏せ」



――ボフンッ!



「もぎゅ!」


「うぎゅ!」


 守和斗の言葉で、2人は上半身だけベッドに押し倒された。

 蛙が潰されたポーズよりはかなりマシであるものの、2人はまた怒髪天で守和斗を睨む。

 だが守和斗はそれを受け流し、何事もなかったかのように開口する。


「条件は、大したことじゃない。2人にはこれから、俺の指示に絶対に従ってもらうということだよ」


「絶対服従だと! やはり、我らにいかがわしい指示を――」


「……あのねぇ。そーんなに、なにかされたいってなら、してあげてもいいよ」


 守和斗は立ちあがり、身動きできない2人に近づいた。

 そして、今まで見せていなかったような目力を少しいれてみる。


「なにか……さ・れ・た・い・の?」



――プルプルプルプルプルプルプルプルプルッ



 ベッドに顔を押しつけられながらも、2人は頭を震えるようにふってみせた。

 目力が効いたのか、2人は少し青ざめた顔で頬をひきつらせている。

 その様子に、やりすぎたかなと思いながらも「よろしい」とうなずく。


「――ったく。君たち放っておくと、すぐにケンカするよね。でも、ここから先、なるべく目立たないように行動したい。だから、言うことをきちんと聞いてもらわないと困るの。言うなれば、首輪をつけておきたいわけ」


「な、なんと……ペットのように首輪を……」


「やっぱり、あんたはそういう『プレイ』が……」


「プレイってなんだよ! 覚えたての変な言葉を使うな!」


 守和斗は、2人を抑える力を抜いた。

 強制伏せから解放された2人は、「ふう」とため息を吐きながら体をおこす。

 ため息をつきたいのはこちらだと思いながら、守和斗はもう開き直ることにした。

 いちいち突っかかってくる2人の相手をするのも面倒になる。


「もうなんでもいいよ。じゃあ、安全な場所に送り届けるまで、君たちはペットで俺はご主人様ね。ご主人様の言葉には絶対服従。それが条件!」


「なっ……ふざけるな! そんな条件ならば、私は1人で戻ってみせる!」


「……ホント、あんたバカね」


 フェイの強気に水をさしたのは、予想外にクシィだった。


「貴様、また愚弄するか!」


「当たり前でしょ。あんたここから無事に1人で帰れると思っているの? 知っているのよ、連合が2つに割れてるの。ここは、あんたの勢力とはぶつかっている第五か第六の領地でしょ。1人でこのエリアを抜けられると思っているの? 第四だってもしかしたら、敵対される可能性だってあるでしょ」


「そ、そんなことはない。第四は……」


「それに人目を避けて通るとなれば、魔物がいる場所も通ることになるじゃない。あんたみたいな未熟者が1人で生き残れるの?」


「き、貴様……」


 すごんでみるものの、ファイも内心では納得してしまっていたのだろう。

 反論できずに、口をモゴモゴと動かしていた。

 そしてしばらくしてから、興奮して立ちあがっていた腰を勢いよくベッドへ落とす。


「あたしは、その条件でいいわ」


 その様子を見て、代わりにクシィが立ちあがった。

 キュッとくびれた腰に手を当てて、かるく首をかしげながら言葉を続ける。


「なにしろ、ここはあたしにとって完全な敵地。いくらあたしでも、1人じゃ現実的に無理だもの。リスクを考えれば、まずは一刻も早く、自国に戻ることが大事だし」


「……そうだね。確かに君を優先的にこのエリアから脱出させた方が良さそうかな」


「そうしてくれると助かるわ」


 高飛車ながらも素直に応じてくれたクシィに、守和斗は少し表情を柔らかくしてうなずく。

 しかしその後、クシィは予想外のことを言いだす。


「ただし、条件があるわ」


「……え? 条件?」


 なんで助けてもらう立場で条件なんてだせるんだと、守和斗は反論を口にしようとする。

 それを妨げるように、クシィが先に条件を言い放つ。


「あたしに勝負で勝ちなさい。あなたが勝ったら、あんたを主と認めるわ」


「……なんで勝負?」


「我ら【黒の血脈】は、自分より弱き者に従ったりしない。だから、あんたがあたしの主になりたいなら、あたしを力づくで屈服させなさい!」


「俺は、君たちを無事に送り届けたいだけで、別に主になりたいわけではないんだよ? それに、さっき屈服させたじゃない。それとも、もう1回、『伏せ』する?」


「ちょっ! ダメよ! それはダメ! それはずるいわ! そう、ずるいの。……あなたの言葉で言うところの『チート』よ!」


「……変な言葉ばかり使うね、君は」


「とにかく、体ではなく心を屈服させないとダメなの。要するに私より優れているところを見せなさい。だから、えーっと……なんだっけ? ……そう! 超能力サイキックというのは、なしで戦うこと!」


「また、条件が増えたよ……」


「と・に・か・く! あたしより弱者を決して主として認めないわ! 勝負しなさい!」


「まあ、いいけどね……」


 不承不承に首肯する守和斗。

 それと同時に、またファイが立ちあがった。


「その勝負、私も参加させてほしい!」


「え?」


「悔しいが、確かに私は未熟だ。しかし、私とて騎士の端くれ。どこの馬の骨ともわからぬ者にただ従うなど、騎士のプライドが許さぬ!」


「……要するに、2人とも納得したいのね」


 守和斗は今日、何度目かのため息を吐く。

 ため息をつくたびに幸せが逃げると聞いたことがあるが、この2日間で自分の幸せはどのぐらい逃げたのだろう。

 いいや。もともと自分の幸せなんてないに等しいのだから、気にすること自体がまちがいだ。

 そう自分に言い聞かせて、守和斗は観念する。


「――ったく。いいよ。わかった。超能力サイキックなしで手合わせしよう。……でも、俺からも1つ条件がある」


 守和斗は2人の顔を順番に一瞥した。

 そして、にやりと挑発する。


「面倒だから、2人まとめてかかってくること」


 一拍の間をおいてから、2人の顔が面白いように真っ赤になった。

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