第五幕:スケベ

 守和斗は、彼女たちに水浴びをするように勧めた。

 2人とも、泥汚れが酷かったのだ。

 怪我はほぼ守和斗の力で治療されているし、幸い気温も高く暖かい。

 タオル等も、この家にあるのを拝借できた。

 だから、裏手にある川で汚れを流すべきだと思ったのだ。

 もちろん、最初はなんだかんだと文句が返ってきた。

 それでも「指示に従わなければ説明しない」と言うと、渋々ながら2人とも川に向かった。


 ところが今度は、なかなか戻ってこなかったのだ。

 この辺りはまだ緋鷹が警戒しているし、自分で探っても今のところ他の気配を感じない。

 強い魔力や気の乱れもないようだ。

 それでもなにかトラブルに遭ったり、注意したにもかかわらず2人で言い争っていたりすることもあるかもしれない。

 あまりに遅いので、守和斗は心配になる。


 様子を見に行こうかと思ったのだが、下手に見に行くと水浴びシーンに遭遇などというありがち展開になりかねない。

 守和斗が読まされた異世界ファンタジーで、主人公が転生するライトノベルでは、決まってそんなシーン――ラッキースケベというらしい――が描かれていた。

 守和斗にしてみれば、そのラッキースケベは大したものではないレベルなのだが、ここで彼女たちとの関係を悪化させるわけにもいかない。


 しかし、やはりなにかあったら……と悩んでいた矢先に、2人とも何事もなく戻ってきた。

 そろって、ずいぶんときれいな姿になっている。

 一応は女の子らしく、身なりが気になっていたのだろう。

 渋々だったくせに、髪型も整え、服は洗ってから魔法で乾かしたのか、十分見るに堪えるぐらい汚れも落ちている。


「ふん。待たせたな」


 金髪の娘――ファイ・ララ・エインス――は、クリーム色のスモックのような服を着ていた。

 襟のない丸首の長袖で、腰の下でかるく末広がりになっている。

 腰にはベルトがつけられ、そこには護身用なのか短剣が一振り刺さっていた。

 下は同じ色のスパッツのようなものを履いている。

 オシャレという感じは欠片もなく、実用本位のデザインだった。


「本当は温かいお風呂に入りたかったけど……ちょっとはすっきりしたわ」


 逆に、黒髪の娘――テェィ・クシィ・デモニカ――は、対照的なイメージだった。

 近年、守和斗の世界でブームが再燃した、バブル時代の「ボディコン」とかいう服にそっくりだった。

 両肩が露出し、胸元が少し覗く、体のラインがしっかりとわかるタイトなスタイルは、年齢以上の色香を感じさせる。

 また、艶のない真っ黒な生地の中に、艶のある黒い糸でなにか花柄のようなものが全体に刺繍してある。

 最初はただのオシャレなのかと思ったが、守和斗はそこに魔方陣らしきものが埋め込まれていることに気がついた。

 きっとこれは、魔術師用の戦闘服なのだろう。


 2人は気をはりながらも、さっぱりしたおかげか、少し落ちつきを取りもどしていた。

 もくろみ通りになり、守和斗はやっと落ちついて説明することができた。


「……というわけだよ」


 自分が別の世界から来たらしいこと。

 会話をするために、3人の言語知識を相互に交換したこと。

 2人を助けたのは、第五英雄騎士トラクトの非道な行為が許せなかったからだということ。

 そして、2人をここに連れてきて休ませたことまで説明した。

 事情がわからないため、トラクトの言う「ゲーム」については一切、説明しなかった。


「話すためとはいえ、言語交換を勝手にやったことはすまなかった。それから、君たちの服を脱がせたのは、ベッドで休ませるためだよ。誓って、やましいことはしていない。……でも、ごめんなさい」


 一通りの説明をしたあと、守和斗は詫びて深々と頭を下げた。

 もちろん、この世界の謝罪の仕方も、これでいいのかよくわからない。

 でも、無防備な後頭部を相手にさらす行為は、少なくとも敵意がないことを表せるはずである。

 だから、守和斗は頭をさげたままでいた。


「…………」


 しかし、しばらくしても反応がないので、顔を上げて2人の様子をうかがう。


 金髪のファイは、守和斗に物言いたげに口をパクパクとしながら、困惑した表情を見せていた。

 それに対して黒髪のクシィは、顔を背けてどこか微妙な表情を見せている。

 2人がなにを考えているのかわからず、守和斗も対応に困ってしまう。


「えー……っと。と、とりあえず、現状はわかってもらえたかな?」


 守和斗の質問に、2人はなぜか一瞬だけキョトンとしてから考えこみ始める。

 内容を噛み砕いているのだろうか。

 しばらく、沈黙してしまう。

 しかし噛み砕き切れなかったのか、腑に落ちない顔のまま、まずはファイがそのピンクの唇を重たげに動かす。


「まだ、わからないことがある」


 続いて、クシィも真っ赤な口許をつりあげるようにした。


「そうよ。スケ……あんたの力のことよ」


「おい。今、スケベと言おうとしただろう……」


「そ、そんなことより、人を魔法も使わず浮かばせたり、言葉を互いに理解させる力など聞いたことがないわ」


「うむ。記憶を書き換えるなど、神の御技みわざに等しい。どうしてへんた……貴様はあのようなことができるのだ?」


「……根に持つね、君たち」


「いいから、答えよ!」


 理不尽に問い詰められて、今度は守和斗は低く唸る。

 先ほど説明したのは、自分が別の世界から来た人間であるということだけだった。

 自分が何者で、どのような人間かまでは説明していない。

 というか、どう説明したものかと言葉を探すが、いいのが見つからなかったのだ。


「えっとね。……超能力サイキックって……わかる?」


 とりあえず、直球をぶつけることにした。

 言語交換により、ある程度のベース知識はあるはずである。

 ただ、こちらの世界にない言語に関しては、伝わり方が明確にはならない。

 たとえるなら、「どこかで聞いたか、見たことがある気がする」みたいな、もやっとした記憶となるのだ。

 そのためか、2人とも腕を組んで上目になりながら、頭の奥底の知識をひっぱりだし始める。


「えーっと……。人が普通は持たない力のこと?」


「つまり、神のごとき力ということか?」


「あっ! まさかお前の言う別の世界とは、神の世界……つまり、あんたは神人しんじんなの!?」


「なるほど! ……ならば、貴様が使う言葉は【古代言語】か!」


「古代言語は、学者どももまだ解明できていない神々の言葉よ!」


「うむ。噂では、新たに降神こうじんされた第三の英雄騎士ヴァロル殿が話せるらしいが……」


「話すだけなら、同朋の第十同盟国の帝剣騎士スレイト様もできるわ!」


「まあ、英雄騎士ヴァロル帝剣騎士スレイトも、魂は神人――【降神者エボケーター】だ」


「確かにね。召喚される前に古代言語に触れていたとしても不思議ではないわ」


「しかし、未だ字を読み書きできるものは存在せぬ!」


「そうよ。それが……それが今のあたしならできてしまうわ! つまり、誰もなしえなかった、失われた【古代魔法】を手に入れることができる可能性があるということ!」


「もちろん、それだけではなく、神々が封じたという【神気法しんきほう】の書も読めるということ!」


「「つまり、最強の力を手に入れられるということ!」」


 妙にテンポ良く、敵同士の2人が順番に話したかと思えば、少しのブレもなく声を合わせた。

 2人とも「んふー」という音が漏れるほど、鼻息が荒い。

 しかも妙に自慢げな顔で、瞳の表面をキラキラとさせている。


「……ってか、君たち、息がぴったりだね」


「――なっ!」


「そ、そんなわけあるか!」


「古代魔法が手に入れば、真っ先にこの女を殺し、連合を潰してやるわ!」


「ふざけたことを! 神気術しんきじゅつを身につけたら、まず貴様を葬り、そして同盟を倒してやるわ!」


 藪蛇だった。またなんやかんやと言い合いを始める。

 だが、守和斗はその言い合いを無視して、思考の中に潜っていた。


(しかし、古代言語と言われても、自分が話しているのはただの日本語だぞ……。あっ。そういえば、あのトラクトとかいうのが、日本人だから古代魔法がどうとか言っていたな……。それに、第三聖典神国の英雄騎士ヴァロルと第十同盟国の帝剣騎士スレイトとかいうのも日本人なのか? でも、読み書きができないって……まさか、子供? でも、なんで日本語? SSSスリーズは確かに日本で開発されたが。まさか、本当にこの世界は……。いや、そんなはず……)


「――おい、変態!」


「――返事をしろ、スケベ!」


 はたと、呼ばれていたことに気がつき、守和斗は顔をあげた。

 どうやら思考に囚われていたらしい。


「ふん。やっと気がついたか」


「いくら呼んでも気がつかないとはね」


「ごめん。……でもね。だからと言って、名誉毀損はやめてくれよ。事実無根なんだから」


 そう言った守和斗に、2人は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 命の恩人に対する態度の酷さに、またため息をつく。

 まったく酷い言いがかりである。守和斗はたとえ裸で迫られても、2人を襲うなどありえない。


(――ったく。腹立つけど……仕方ないかぁ)


 変態だ、スケベだと貶されても、彼のポリシーとして、女の子をこのまま放置するわけにはいかない。

 とりあえず、この2人を何とか安全な場所に連れて行くべきだろう。


「あのさ。尋ねにくいんだけど、2人の父親はやっぱり……」


 守和斗の言葉に、2人が合わせてハタッとした顔を見せる。

 いろいろあったから忘れていた……というわけではなく、たぶん考えないようにしていたのだろう。

 一瞬、見開いた眼は、すぐに伏せられて唇と一緒に固く結ばれた。

 ファイは拳を強く握りしめ、クシィは肩を小さく振りわせている。


 予想はしていたが、2人の悲痛が守和斗の胸までもえぐってくる。

 守和斗は、慌てて頭をさげた。


「あ、あの……ごめん。わかったよ。えっとね、とりあえずこれからのことなんだけど」


 そして、良かれと思って提案する。


「俺は、2人を安全な場所……それぞれの国まで送り届けようかと思うんだ」


 しかし返ってきたのは、2人の美少女の怪訝な表情だったのだ。

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