第四幕:変態

 中天に近い位置から陽射しを受けながら、守和斗は地面に片膝をつき、手を合わせて祈りをささげた。

 物心ついたころ、こういう場合にどのように手をあわせるか、彼は悩んだことがあった。

 彼の義理の祖父が、仏教の阿闍梨あじゃりという役職の僧侶だったので、とりあえず指を伸ばして合掌している。

 しかし、特に宗教的な信仰があるわけではなかった。

 神仏というものを信じているし、その存在もたくさん感じて・・・・・・・いる。

 だからこそ、どれか一つを奉るということはできなかったのだ。


 おかげで、目の前のお墓を作る時も、どんな形にしようかと悩んだ。

 木で十字架にするか、大きな岩でも置くか。

 いやいや。ここは異世界。

 異世界には異世界の墓があるはずなれど、それがどんなものか知る由もない。

 というか、お墓という文化があるのかもよくわからない。


(いや。あるな……)


 助けた2人の少女から得た言語情報に、「墓」にあたる言葉があったの思いだした。

 しかし、形まではよくわからない。

 とりあえず長めの丸太を立てて、その前に大きな石を置き、周囲にあったきれいな花を飾ってみた。


 土の下に眠るのは、崖下で死んでいたこの家の主らしき男。

 斬られて、崖から落ちて頭が割れ、腐敗しはじめて……見るも無残な姿になっていたため、どのような人物だったのかはわからない。

 それでも遺体を丁寧に埋葬した。

 家を借りている礼に、このぐらいはしておくべきだろう。


(問題は、誰にやられたかだな。こんな人気ひとけのなさそうな場所で……)


 先ほど周囲を探索した時に、家の周りで数人の足跡らしきものを見つけていた。

 そして少し離れた所には、馬の蹄が地面にくっきりと残っている。


(少人数で部屋も荒らされていない。斥候かなにか……)


 もしかしたら、ここを拠点、もしくは経由して、あのトラクトのところに向かった敵対勢力がいたのかもしれない。

 どちらにしても、ここに長居は危険だろう。

 しかし、どこに逃げればいいのか、地理感がない状態では判断もできない。

 とりあえず、体力もそろそろ回復しているであろう2人をおこして話を聞くべきだ。


 と、思った途端に突然、甲高い悲鳴があがった。

 それも2つ。

 守和斗はすぐさま立ちあがると、小屋へ戻り始める。


(――敵か!?)


 しかし、緋鷹が周囲を警戒している以上、そう簡単にこの場に近づける者はいないはずだ。

 すると次に聞こえてきたのは、小屋からの怒号だった。


「なんで貴様がいる!」


「あっあっあっ、あんたこそ、そんなカッコであたしの横に……そーいう趣味!?」


「なっ!? 愚弄するのか貴様! ゆるさんぞ!」


「許さないのは、こっちよ!」


 尋常ならぬ殺気を感じて、守和斗は慌てて走った。

 そして、小屋の扉を勢いよく開ける。


「こらっ! なにしてる!」


 そして、すぐに2人を怒鳴りつけた。

 なにしろ、2人とも距離をとって構えながらも、手に魔力の固まりを掲げている。

 それは魔術というほど高等なものではなく、その場で慌てて練った魔力の塊のような物ではある。

 それ故に、制御などできそうにない。

 金髪の娘がそれを放てば、雷が小屋を焦がすだろう。

 黒髪の娘がそれを放てば、氷が小屋を覆うだろう。

 人様の家で、とんでもない話だ。


「貴様は、あの時の……」


「第五を倒した……」


 雷のバチバチという音と、氷のピキピキという音を鳴らす魔力の玉を携えたまま、2人が目を丸くして、守和斗を見つめた。

 その様子に、守和斗は大きくため息をつく。


「――ったく。年頃の娘が、下着姿で暴れるんじゃないの。みっともない」


「えっ?」


「……あっ!」


 ほぼ同時に少女たちは片手で胸元を隠し、その場に座りこんで身体を小さくする。

 そして、鬼の形相で守和斗を睨みつける。


「こ、このカッコは……」


「きぃっ、貴様がやったのか!」


「あ、こら――」


 2人が怒りにまかせて、携えた魔力を放とうとする。

 守和斗は慌てて、その魔力2つに意識を集中した。

 複雑な術で固められたものではない。

 ならば、その力を散らすのはたやすいことだ。

 瞬間的に、守和斗は2種類の魔力を分解する。


「……えっ!?」


「な、なんだと!?」


 碧眼と黒眼が大きく見開き、そろって驚愕した。

 2人が大きく振りかぶった掌から、守和斗が魔力をきれいに消失させたからだ。


「貴様、面妖な技を使いおって!」


「……あんた、なんなの!?」


 今にも噛みつかんばかりの勢いで、顔を真っ赤にしながら睨みつけてくる。

 守和斗が「落ちつけ」と言っても、まったくもって聞く耳をもたない。

 2人そろって怒りに囚われたまま、下着姿でズンズンと迫ってくる。


「――ったく! 伏せ!」



――ベタンッ!



 守和斗の言葉で2人の娘が、前触れもなく床へ潰された蛙のように伏せさせられた。


「なっ! き、貴様……この英雄騎士ヴァロルの娘たる私を……」


「このあたしに、こんな侮辱……」


 屈辱と恥辱で、2人の顔は激しく赤面している。

 確かに年頃の娘が、下着姿で手足を広げたまま無様に伏せている姿は、決して人様に見せられたものではない。

 しかし、守和斗からしたら致し方がない。


「君たちが、俺の話を聞かないからだ。少し落ちついて聞きなよ」


「なにが話を聞けだ! このような無様な姿をさせておきながら! この変態め!」


「だいたい、あたしにはあんたのようなスケベ男の言葉なんて――あれ?」


「……ああっ! 変態の言葉がわかるぞ!?」


「って、なんでスケベだけじゃなく、このバカ騎士の言葉までわかるの!?」


「バカとはなんだ! ……というか、私もこのハレンチ黒娘の言葉がわかるぞ!?」


「ハレンチとはなによ!」


「おい。それより命の恩人に、変態とかスケベとはひどくないか?」


 伏せながらもケンカを始める2人に、守和斗はまた大きくため息を吐く。


「なんというか……しつけのなっていないペットを叱っている気分だ」


「なっ! なんだと! 女性をペット呼ばわりとは、やはり変態だな!」


「このスケベ! ふざけないでよ!」


「だいたい、なんで私に変態の言葉がわかるのだ!」


「説明しなさいよ、スケベ!」


 静かになるどころか、共鳴するようにいっそう2人は騒ぎたてる。

 どうなっているんだ、お前はなんなんだ、早く開放しろ、変態、スケベ、変態、スケベ……。

 2人ともかなりの美少女だというのに、下着姿で潰れた蛙姿のまま怒鳴る姿は、百年の恋も冷めるというものだろう。

 守和斗は、どっと疲れて肩を落とす。


「――ったく、もう。めんどくさい子たちだなぁ……」


 その言葉に、苦情がより殺到した。

 仕方なく、トラクトの時のように口を閉じさせる。

 2人がモゴモゴと唸りだす。


「これは前途多難だ……」


 その様子に、守和斗は大きく両肩を落とすのだった。

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