第九幕:ご主人様(四)

 銃口を上に向けたまま、まるで会話の続きのように守和斗が引き金を引いた。

 とたん、見えない弾丸が上部の氷の槍をまとめて何本か砕けさせる。

 すぐさま跳びあがり、さらに周囲に向かって引き金を引く。


「くっ!」


 あまりにも自然体で戦い始めた守和斗に反応が遅れ、クシィは慌てて魔力操作のイメージに合わせて手を動かした。

 それにともない、氷の槍が次々と守和斗を襲う。

 だが、守和斗の動きは常軌を逸していた。

 襲いくる槍を撃ち落とし、蹴り落とし、身をそらしてかわし、まるで踊るように槍の包囲網をくぐり抜ける。


「冗談……よね……」


 それは悪夢。

 4、5秒の攻防が終わった時、クシィには絶望感しか残っていなかった。

 彼女が生みだした氷の槍は、すべて無残に砕かれ、原っぱに転がる氷片と化している。

 その中にまったく無傷の守和斗が、銃口を下に向けて微笑して立っていた。


「父さんゆずりの技を改変した、銃による近接戦闘術【九天魔技くてんまぎ】。ちょっとしたもんでしょ?」


 その言葉に、クシィの横に立っていたファイが憤りまじりに声をあげる。


「ちょっとしたもん!? 冗談ではない! 貴様、あれだけの同時攻撃を……」


「同時攻撃と言っても、本当に同時じゃないんだよ。……ね、クシィさん」


 守和斗の呼びかけに、呆然としていたクシィが「くっ」と顔をそらす。


「魔術であれだけの槍を呼びだしても、すべてをバラバラにコントロールできているわけじゃない。実はいくつかのまとまりでグループ化されていたんだよ」


「グループ化?」


 守和斗の言葉に、ファイがかるく首をかしげる。


「そうだよ。だって1本ずつ意識して操作なんて、君たちにできやしないでしょう。まあ単純に『真っ直ぐ進め』ならできるだろうけど、俺はすぐに中心からずれちゃったからね。それを追わなければいけなくなった。そうなると、数十本ずつまとめて操作することになる。でも、それさえも同時に操作できるグループ数は、せいぜい2、3グループでしょう。たぶん、全部で100本以上はあったかな。動きを見ていて、1グループは10本前後。つまり、全体の70パーセントぐらいは、そこにあっただけになってしまっていた」


「貴様、そこまで読んで……」


「まあ、自動追尾という手段だったら、もうちょっと面倒だったけどね」


 そう言うと、守和斗が両手の【機銃妖精の篭手ガントレット・オブ・グレムリン】を一瞬で消して見せた。

 そして力を抜くように、腕を下にたらす。


「……ちょっと、どういうつもり? まだあきらめてないんだけど!」


 額の奥でわきあがるトゲトゲした感情をクシィはぶつけた。

 超然としたその守和斗の姿が心底、気にいらない。


「君たちがあきらめが悪いことは、もうわかっているよ。だから、今度は力量・・を見せる。技量・・は、たっぷり見せただろう?」


「なんですって?」


「2人で最大の攻撃を俺に放ってごらん。俺は避けないから」


「――はいっ!?」


 クシィは目を剥いて声を失う。

 思わずファイを見ると、彼女も同じような顔をしてこちらを見ていた。

 驚くのも当然だ。

 この男は、とんでもないことを言っている。もしかして、正気ではないのかもしれない。


(……いや。違うわ)


 違う。

 そうだ、この男は冗談の類を言っているわけではない。

 単にこちらを見くびっているのだ。

 バカ騎士はどうか知らないが、クシィは元々の才能に加えて、幼いころから戦闘魔術の英才教育を受けてきた。

 魔術学校ではトップ5に名を連ねている。特に得意な氷系の精霊魔術では、クシィに敵う者はいなかった。

 その自分に、避けないから攻撃しろと言う。


 ファイを見ると、やはり怒気を放っている。

 目と目が合う。まるで意志が通じたようにうなずきあう。

 そして、そろって守和斗を睨んだ。


「いくらなんでも、バカにしすぎじゃないかしら?」


「私も準騎士リロルといえど騎士。私の渾身の一撃を喰らえば、風穴どころではすまぬぞ」


 だが、やはり守和斗は平然として微笑を見せる。

 それは挑発。

 癇に障る。


「詠唱時間は?」


 ファイの質問にクシィはすぐさま答える。


「20秒ほどよ」


「よし。合わせる」


 短く言うと、ファイが大剣を前方に構えて気をこめはじめる。


「はああああぁぁぁ!」


 同時に、クシィは呪文詠唱を始める。


ιイオターナλラムリτタウラπパイラ……」


 2人が準備を始めるも、言葉にたがわず守和斗は逃げる気配を見せない。

 それどころか、こちらを観察するかのように、じっと様子をうかがってきている。

 かと思うと、まるで感心したように顎に手を当てながらうなずいてみせる。


(余裕を見せていられるのも、今のうちよ!)


 呑気男の頭上に、クシィは霧のような渦巻きを生みだす。

 それは1か所に向かって集中し、段々と冷気を強めて固まっていく。

 そして10秒ほどで、巨大な氷の塊となる。

 10メートル四方はあり、高さは20メートルぐらいのサイズになっていた。

 それがゆっくりと回転しながら、守和斗の上に影を落としている。


「いいわ!」


「いくぞ!」


 ファイが頭上にあげた大剣を思いきり、正面に斬りおとす。

 愚直までにまっすぐな斬撃が、幅5メートルほどの衝撃波となって守和斗に向かう。

 同時に落下し始める、頭上の氷。


「――はっ!」


 そこで守和斗が、初めて力をこめた。

 あふれる力の奔流が、威烈な爆発を巻きおこす。

 広がる激しい突風。

 それが、2人の攻撃と衝突する。


「きゃあああぁぁ!」


「うわああっ!」


 吹き荒れる狂風。

 奪われる視界。

 はじき飛ぶファイ、そしてクシィ。

 2人は十数メートルにわたって草の上を転がる。

 一応、障壁を張っているため、この程度なら傷などは追わない。

 しかしその衝撃の強さは、2人の意識をしばらく奪った。


「…………」


「…………」


 ほぼ同時に倒れていた体をおこし、2人は目の前の激変した風景に唖然とした。

 丘は、削り取られていた。

 そこにできていたのは、直径30メートルほどの窪み。

 無残にさらけ出された土肌に、雑草の1本も残っていない。

 その窪みから、一切の生命が失われたかのようだった。


 いや。失われてはいない。

 中心には、守和斗が立っていた。

 疲れた様子はあるが、まったくの無傷だ。


「き、貴様……術を……障壁を張らなかったな……」


魔力アイテール気力アウラを同時に放って、力づくで跳ね返すなんて……そんな効率悪いこと、何倍の力がいると思っているのよ!?」


 周囲の無残な傷跡に反して、守和斗が穏やかに微笑する。


「力量を見せるという話だったからね。術は使わず、力任せのがわかりやすいだろう? でも、驚いたよ。2人とも力量はすごいね。大したものだ」


 ファイもクシィもそろって、自身の震える体を抱えるようにして抑える。

 漂う冷気のためではない。

 それは、戦慄。

 2人は心の底から、目の前の男を恐ろしいと感じてしまう。

 敵う、敵わないのレベル差ではなかった。

 まさにこの男にとっては、自分たちなど赤児も同然だったと思い知る。


「しかし……あ~あ。2人とも、せっかく体や服をきれいにしたのに汚れちゃって。また、きれいにしないとね。まあ、それはともかく……」


 そう言いながら、守和斗は胸に手を当てた。

 次の瞬間、窪みから姿が消えたかと思うと、尻もちをついたままの2人の目前へ現れる。


「――あうっ!」


「――ひいっ!」


 息を呑みこむような悲鳴をあげながら、2人はそのまま少し後ずさる。

 守和斗がニッコリと笑いかけてくる。

 もう2人にとり、守和斗のなにもかもが恐ろしい。


「十分わかってもらえたと思うから、最後通告アルティメイタムだよ。君たちは、おうちに帰るまでご主人様のペットとして、俺の言うことを素直に聞くこと。……いいね?」


「しょ、承知した……」


「は、はい……」


 返答に選択肢などなかった。

 まさに2人の心は、守和斗に敗北してしまったのだ。


「よろしい」


 守和斗は、その結果に満足してうなずいた。


「まあ、安心してよ。俺は本当に君たちを助けたいだけなんだから。悪いことしなければ、ペット扱いなんてしないよ」


 そして屈託なく笑うと、腰をあげられないクシィへ手を伸ばす。

 少し頬を染めながらも、彼女がその手をつかんで立ちあがる。


「わかったわよ。約束は守るわ……」


 その言葉に「よろしく」と返し、次にファイへ手を伸ばす。


「ファイさんも立てる?」


「フ、フン! 馬鹿にするな。このぐらいなんとも……ん?」


 顔を背けながら立ちあがろうとして、ファイがふと地面についた左手に目をやった。

 怪訝な顔で、手の中に入ったなにかを取りあげる。


「どうしたの?」


「……いや。なにか……」


 ファイが手にしたものをつまむように眼前に掲げた。

 それをしばらく見てから、ハッと息を呑む。


「こっ、これは、まさか!?」


 きれいな水色の宝石がついた銀の指輪だった。

 まるでファイの瞳を思わすようにウォーターブルーが、斜陽をキラッと返す。


「それ、ファイさんの?」


 屈みこんで指輪を見る守和斗に、ファイが強く首をふった。


「違う。これは私と共に戦いに来ていた部下……先に逃がしたはずの友人の指輪なんだ!」

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