第二幕:彷徨い人(二)
緋鷹が飛びたったものの数分で、守和斗の脳裏に思念の声が届いてくる。
――よい所があった。位置はつかめるな?
(大丈夫。飛んでも平気?)
――問題ない。周りに人の気配もない。
思念の声にうなずくと、守和斗は軽く宙に浮いた。
それから寝こけている2人の娘の体を空中に浮かばせ、肩に手を触れる。
目を瞑り、緋鷹の位置をもう一度、頭の中で確認する。
浮かぶ場所のイメージ。
魂を共有する緋鷹が伝えてきた映像。
そのまま心の中で、そこに歩み寄るシーンを想像する。
なにかをくぐった感触。
そっと目を開く。
すると、そこはすでに脳裏にあった場所だった。
「……なるほど。よさそうだね」
守和斗が着地すると、ふわっとした雑草の感触。
青臭さと土の香りを暖かい風が運んでくる。
その風下に、丸太でできたロッジ風の小さな小屋が一軒だけ立っていた。
ここは山の中なので、誰かの山小屋なのかもしれない。
だが、あまりにもきれいだし、生活感が残っている。
とても空き家には思えない。
「この山小屋、誰か住んでいるんじゃないの?」
「正確には、住んでいただ。この向こうの崖下に、この家と同じ臭いがする死体があった。たぶん、なにかの戦いに巻きこまれたのだろう。剣で斬られた痕が見られた。腐敗はさほどではないから、死後数日以内」
「……その人、あとで弔ってやろう」
守和斗はとりあえず、
中は日本でいえば8畳1間ぐらいの広さだ。
こぢんまりとしていたが、竈のような物もあり、きれいに片づいている。
ベッドは、簡素な物が1つしかなかった。
仕方がないので、狭いながらも2人を並べて寝かせることにする。
(でも、このまま……ってわけにもいかないよね。ごめんよ……)
守和斗は、鎧やマント、履物、そして服まで、かるく触れるだけで脱がせ、2人とも下着姿にさせる。
これもまた、
(これ以上は、さすがにまずいか……)
英雄の娘は、かなり短めでお尻がギリギリ隠れるぐらいの長さしかない白のシュミーズ。
うっすらと肌色が見えるほど薄地だが、材質はシルクのようでかなりしっかりしているように見える。
そこからうかがえる体型はバランスが良い。
胸は少し控えめながら、しっかりとひきしまった腰が印象的だった。
腕や足の筋肉も適度についていて、普段から鍛えていることがうかがえた。
魔王の娘は、非常に女性的なボディラインに、黒のブラジャーとパンツという下着姿だった。
面白いのは、英雄の娘よりも大きく盛り上がった胸を隠すブラジャーだった。
守和斗が知っているものと違い、その下が伸びて臍の上ありまで隠す様になっている。
その下から覗く腰は、非常に細くくびれていた。
全体的に英雄の娘よりも、かなり色香が漂う女性らしさがうかがえる。
2人とも守和斗と同年代の男子が見れば、ただではすまないような魅惑的な姿と言えるだろう。
しかし、守和斗は平然としていた。
魅惑的なボディラインという意味では、元の世界にいた仲間の女性たちがいる。
組織にいた女性たちは、本当に不思議なぐらい美人そろの上、タイプもいろいろ。
さらに守和斗の母親や妹たちも、この2人に勝るとも劣らないかわいさと美しさをもっていた。
そしてその妹たちの下着姿など、すっかり見慣れてしまっている。
なにしろ妹たちは、高校生になっても一緒に風呂に入ろうとするぐらいだ。
同年代の友人に守和斗は、「お前は女性関係も最強すぎる」と嫉妬されたこともあったが、そのせいで不幸かもしれないとも思っていた。
要するに、目が肥えすぎてしまったのだ。
それに守和斗は、そもそも性的に
だから、目の前にいる美女2人のあられもない姿を見ても、「きれいだな」「スタイルいいな」とは思っても、興奮することはまったくない。
あくまで冷静に、彼は2人をベッドに寝かせた。
そして横にあった毛布をかけてから、そのベッドの枕元に立つ。
回復の魔法と治癒力の向上はかけてある。あとは一晩も経てば、怪我も良くなるだろう。
「さてと……」
緋鷹が開けっ放しになっていた窓の枠に止まって、不思議そうに頭を動かす。
「……なにをする気だ?」
「このままだと話しさえできないからね。仕方ないから、言語情報交換するよ」
「なるほど。情報収集は必要だしな。しかし、気をつけねばヌシの負担がでかいぞ。そこな娘たちにも負担をかけぬようにせぬと」
「わかっているよ。気をつける……」
そう言うと、守和斗は2人の額に手をのせる。
確かに緋鷹の言うとおりだと、彼は気を引きしめる。
体力の弱っている2人に負担をかけず、細心の注意を払う必要がある。
本当は、やりたいわけではない。
相手への負担も気になるが、何よりも嫌なのは無断で相手の心に入ることだ。
守和斗がいくら言語関係に絞って情報をやりとりするという、他の
そのせいで、見たくない物まで見てしまうこともある。
さらに今回は、「交換」だ。
こちらの記憶の一部も、相手に送られてしまうだろう。
(まあ、本当は交換する必要はないんだけどね……)
それは守和斗のせめてもの償いだった。
無断で一方的に心を覗くのではなく、せめて同等の条件にしたかった。
「悪いけど、見張りをよろしく」
「承知している」
緋鷹の返事を聞くと、守和斗は瞼を瞑り思念を深いところまで沈める。
(たとえ異世界の人間の言語だろうと、文化は似ている。ある程度のコンバートパターンが適用できるはず……)
今までと同じだ。
特に何も変わらない。
そう言い聞かせて、2人の娘と自分の言語を相互交換しはじめる。
深層意識に潜り、まずは名前を探る。
カクテルパーティー効果でもあるように、聞き慣れた自分の名前の音は、個別情報として蓄積されている。
特に好きな人に呼ばれた時には、それが最初に浮きあがる。
だから、とりあえず2人には父親を連想してもらった。
少し酷かと思ったが、恋人などは情報がないため不確かである。
ならば、トラクトの話からつい最近まで存在していた父親の方が確実だった。
そして父親のイメージを呼び起こさせる。
――ファイ……
金髪の娘の像が、その声に振りむいた。
――クシィ……
黒髪の娘の像が、その声に振りむいた。
とたん、2人の意識がシンクロし、一つのイメージが流れこんでくる。
(――えっ!? な、なんだこれ……)
真っ黒な闇。
強大な闇。
それは冥府の闇。
死を呼ぶ闇。
まるで、直径何十キロメートルにもおよぶ大穴が天空にできたようだ。
その色は「黒」と呼ぶのも似つかわしくない。
むしろ、「無」。
すべてを吸いこむ、悪しきブラックホール。
(あ……そうか。これは……闇の
情報交換で刺激された海馬から蘇る光景がフラッシュバックしていく。
ワンシーン、ワンシーン、それは細切れに。
そして、ストーリーを持って繋がっていく……。
まるで夜の海に漂いながら、天空のスクリーンに映されている複数の映画でも見ている気分。
あちらもこちらも、目まぐるしく話が進んていく。
(ああ……ああ、そうだ! 思いだした! 俺は闇を……)
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