第二章:救世主は、ご主人様?
第一幕:彷徨い人(一)
守和斗は、腕組みして眉間に皺を寄せる。
足下で倒れている第五なんとかの英雄と名のったトラクトは、この世界をゲームの世界だと言った。
実際、彼はランクAAの異能力を使い、ランクAの魔術までも使って見せた。
ちなみに守和斗の言うランクは、彼が所属する異能力者の組織が定義したものだった。
ランクCで、いっぱしの異能力者。あきらかに人と違うことができる者である。
ランクBならば、その上位者。
ランクAとは、すでに超人の領域だ。
元の世界にも、ランクAの異能力者が何人も存在するが、それよりも上のランクAAというクラスは数人しか存在しない。
しかしトラクトの話では、他に少なくとも8人はランクAA以上がいるという。
現実の世界に、守和斗が知らないランクAA以上が、そんなにいるとは考えられない。
ならば、やはりここはゲームの世界だというのだろうか。
(だけど、そうなると……。いやいや、そんなバカな。だいたい俺はどうやってここに……)
そこまで考えると、記憶が混乱して頭痛が起こった。
なるほど、これが記憶喪失か。アニメで見たのとそっくりだと、守和斗は妙なことに感心してしまう。
(とにかく闇を亜空間に飛ばしたのかだけでも確認しないと……)
自分の生まれてきた役目を果たすために、今まで普通の生活を捨ててまでがんばってきたのだ。自分だけ異世界でのうのうと生きて、元の世界はその間に滅んでいました……では話にならない。
しかし、どうやって確認すればいいというのだろうか。この世界から亜空間に飛んで闇がいなければ意味がないし、元の世界へ飛ぶ方法もわからない。
それにと、彼は横の地面で寝転がっている2人の娘を見つめた。
白銀の鎧をきた金髪の英雄の娘と、真っ黒なマントと露出度の高い服を着た魔王の娘。
2人の意識は今、睡魔に囚われている。
眠らせたのは、守和斗だった。
(いきなりケンカ、始めるんだもんなぁ……)
トラクトを眠らせた後、様子を見るために近づくと、2人がそれぞれの言語でまくし立ててきたのだ。
理解不能の2人の言語をぶつけられ、守和斗は何も答えられずにいた。
そのうち、なぜか2人がケンカを始めた。
どっちが先だったかわからないが、お互いに体を押しやったり、弾き飛ばしたりし始めたのだ。
しかも、どう聞いても別の言語なのに、お互いに言いあっている。
(悪意は、言語を超えるんだ……)
そんなことを思いながらも、殴り合いにエスカレートしそうだったので、守和斗は2人を眠らせてしまったのだ。
静かになった後、今度は眠らせたトラクトと、その仲間たちの記憶を
これは、かなりの大仕事だった。
いわゆる「超能力」と呼ばれる能力を一通り使える守和斗でも、これだけの人数の書き換えは疲れるのである。
それでも、それは必要なことだった。
(この2人を放置しておくわけにもいかないしな……)
地の利もない場所で、この2人を連れて逃げるのは、かなり難しいだろう。
一番合理的なのは、敵を全滅させることだが、そんなことはできるならしたくない。
今まで命を奪ったことがない……とは言わない。
それどころか、【黒の黙示録】を崇める組織等、その他の敵対する組織などと戦い、この年齢ながらも、多くの命を奪ってきている。
だけど、進んで殺生をしたいわけではない。
できることならしたくない。
だから大変だったが、トラクトたちには「最初から誰も拾ってこなかった」という記憶を植えつけた。
なかったことにしたのだ。
これならば、追ってくることはないはずだ。
あとは、どこに逃げるかである。
下手に動き回るのは危険だし、2人を休ませる必要もある。
まずは、この近くで休める所を探さなければならない。
(呼べるかな……。試しに呼んでみるか)
守和斗はしばらく悩んだ後、右手を上に突きあげた。
その右手は、人差し指と中指だけがまっすぐと天を指している。
いわゆる【
そして、その先に霊力という魂から生まれる力を集中させる。
「ナウマクサラバ、タタギャテイビヤク、サラバボッケイビヤク――」
天をさす指先に、真っ赤な四重の円陣が浮きあがる。
直径は、最大10メートルはあるだろうか。
その円陣を腕を振りおろすことで、少し離れた地面へ焼きつける。
刹那、間隙に炎の玉が次々と灯り、それが梵字の形をなしていく。
「――ケンギャキギャキ、サラバビキンナン、ソワタヤ、ウンタラタカンマーン」
すべての炎の文字が出来上がったのを確認すると、守和斗は空に向かって告げる。
「不動明王・火界呪!」
円陣にそそり立つのは、悪霊・悪鬼を打ち払う浄化の炎。
それを魔方陣として利用する。
「“
円陣の中央から、炎の円柱が轟音と共に立ちあがる。
その中から鳥の翼が張りだす。
それは円陣を巻きこみながら、上空にあがっていく。
炎が冷えるように固まり、一羽の朱に染まった鷹の姿となった。
その鷹は、甲高い声をあげながら上空を旋回すると、スーッと急降下してくる。
守和斗は、いつも通り左腕を横に伸ばす。
すると、鷹はその左腕を止まり木として降り立った。
ピクッピクッと首を左右に動かしてから、鷹は口を開き始める。
「まったく。ヌシは、まだ力加減ができんのか。ワシを呼ぶのに、こんな大きな魔力を送りおって」
鷹の言葉に、守和斗は苦笑いする。
「違うよ。いつもなら抑制できていたはずだ。なんかよくわからないけど、ここは神仏の力は弱いけど、魔力のノリがいいみたいで……」
「……うむ。確かにな。この場所の魔力は、良く満ちておるし、なんとなくヌシの性質と近い気がする」
「だろう?」
「しかし、また妙な所に呼びおって。ここはどこなのだ?」
「それがわかれば苦労しないさ」
「……なんだと?」
守和斗は鷹――【
すると緋鷹は、またピクッピクッと頭を動かしてから、なんとため息をついた。
「はあ……。事情はわかったが、記憶がないとは」
「緋鷹は、なにか覚えていないか?」
「式神と使い魔の『はいぶりっど』たるワシの魂は、ヌシの魂と部分的に共有しておる。特に記憶は、ヌシがなくすと、ワシまでひっぱられてなくすことがある。……要するに、覚えておらん」
「……やっぱりか」
守和斗は、がっくりと肩を落とす。
まあ、それは予想していたことだ。
とりあえず、呼びだした本当の理由を話した。
「身を隠す場所だな。わかった。しばし、待っていろ」
緋鷹は空高く跳びあがり、青空に赤い軌跡を残し、森の向こうにある山の方に飛んでいった。
その姿が見えなくなると、守和斗は地面に転がる2人の少女の様子をうかがう。
2人の傷は回復魔法をかけたが、気力も体力も落ちていることだろう。
「2人を休ませてやれる場所があればいいんだけど……」
――この時はもちろん、2人を助けることしか守和斗も考えていなかった。
しかし翌日には、この2人をペットとするご主人様契約をすることになってしまうのである。
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