第五幕:手品師(一)
守和斗は、両腕を横にして両掌を上へクイッと曲げた。
まるで猫の
それだけだった。
たったそれだけなのに、少女を抑えていた兵士2人は勢いよく浮きあがる。
「うわあああぁぁ――……!」
「おおおおっ――……!?」
なにもない中空で手足をバタバタとやる2人。
それを見もせず、彼は両手の指先をヒョイと外に向ける。
重い鎧を着た大の男が、それぞれ反対方向へ空中を弾かれるように飛んでいく。
その距離、10メートル近く。
そして、呻き声があがる。
1人は、地面に落ちてしばらく転がり、土まみれとなった。
1人は、料理の上に落ちて食事を台なしにした。
突然の理解できない現象ながらも、周りの兵士たちが剣を手にして守和斗を取り囲む。
トラクトも思わず立ちあがる。
「テメー……今、なにをした? 風の魔術か? 呪文はいつ詠唱しやがったんだ?」
「唱えてないけど?」
「と、唱えていないだと……」
青い瞳を限界まで見開いたトラクトを無視して、守和斗は2人の少女の後ろにまわった。
そして、2人の手枷をつかむ。
その守和斗をトラクトが嘲笑する。
「バーカが! それは装着者の力を吸収する
自信満々の台詞を途中で呑みこんで、トラクトが奇妙な驚嘆の声をだした。
たぶん、この手枷が簡単に取れないと思っていたのだろう。
しかも、守和斗の両手にある手枷は、両方とも
事情を知らないトラクトには、わけがわからないはずだ。
「な、なんなんだ、テメー。さっき部下を飛ばしたのも、どんな仕掛けだ!?
「ああ、いいね。じゃあ、今の俺は【
そう言いながら、守和斗は手枷をゴミのようにポイッと捨てた。
それを少女2人も、赤くなった手首を抑えながらも不可思議そうに見ている。
だが、自由になったにもかかわらず、2人は立ちあがることさえしていない。
やはり、力がでないのだろう。
(さて。どうしたものかなぁ……)
2人の少女の様子をうかがいながら、守和斗は悩む。
ここをどのように処理すべきかと。
父さんならどうしただろう? あの人なら……。
「――!!」
突然、思考中の守和斗に向かって、黒髪の少女が叫んだ。
もちろん、守和斗はその言葉が分からない。
だけど、彼女がなにを知らせてくれたかは理解できていた。
すでに背後から迫る殺気に気がついていたからだ。
だから守和斗は、自然体で背後へスッと掌を向けた。
そこに、敵兵士の一人が振りおろした剣が収まる。
「ああっ!」
2人の少女が心配した声をあげる。
トラクトの微笑が見える。
だが、そのどの表情も、次の瞬間には驚愕に代わっていた。
兵士の振りおろした剣は、守和斗の手を切り裂いていなかったからだ。
それどころか、かすり傷の一つもつけておらず、がっちりと守和斗の手で抑えこまれてしまっている。
そして次の瞬間、その剣の刃は、なんと粉々になっていく。
刃の部分だけか、サラサラと砂のように風に流される。
「うっ……うわあああぁぁぁ!」
剣を振りおろした男が、恐怖にひきつって腰を抜かした。
それ以外の者は、一様に身を強ばらせて動けなくなる。
守和斗のおこしたすべての事象が、ここにいる者たちにとってはオカルトだったのだ。
「イッツ、ショータイム!」
少し悪乗りしながら、守和斗はそう高らかに告げた。
「これから3つ数えます。すると、不思議なことにみなさん眠くなります。いきますよ。ワン……ツー……」
もちろん、守和斗は英語で話していた。
だから、その言葉はトラクト以外、理解できなかっただろう。
しかし、ゆっくりとカウントアップするのと同時に、指を立てていく守和斗を見て、兵士たちはなにかを感じたのかもしれない。
きっとなにか起こる。
オカルト的なことが、今度は自分たちを襲うのだ……と予感したのだろう。
数人の兵士たちは、「ツー」のカウントでバラバラと逃げだした。
それに感化されるように、他の兵士たちも皆、守和斗から離れようとする。
「……スリー! はい!」
だが、手遅れだった。
守和斗は、カウントの終了を告げるように指をパチンッと鳴らした。
途端、逃げようとしていた30人からの兵士たちは、その場で糸が切れた操り人形のように崩れていき、そのまま深い寝息をかきはじめた。
次々と、次々と倒れていく。
バタバタ、バタバタと面白いように。
数秒後。
その中で立っていた敵対者は、トラクトのみになっていた。
「テメー……なんなんだよ、その
「古代魔法? なんのことだか。単なる手品師の芸の一つだよ。……さて、トラクトさん。あなたを寝かせなかったのは、その英雄の力って見せて欲しかったからなんだよ。それと、最後に1つ通告をね」
「……本当にバカだな、テメーは」
トラクトが、地に刺した大剣にかけてあった兜をかぶった。
兜もやはり新緑色をしていて、正面こそあいているが、頭部から後頭部、首の周りまで守られるように作られている。
非常に凝った装飾が周囲には施され、側面には5枚の花びらのような紋章もうかがえた。
さらに彼は、大剣を引き抜いた。
大剣も柄には、精細な装飾や宝石類などがうかがえる。
他の兵士たちのものとは、あきらかに違う特別製なのだろう。
「貴様、名前はなんという?」
「……
「よーし、スワト。オレの力、とくと味わわせてやる!」
気合と共に、その体に多くの魔力がまとわり始める。
それは普通の人が見ることのできない、見えない光の奔流。
しかし、守和斗にはそれがよく見えていた。
「おお、すごい。ランクAの異能力者なみだ。予想以上――んっ!?」
守和斗がその魔力の大きさに驚いていると、急に白銀の鎧の娘がかばうように目の前に立った。
よろよろとしながらも、拾ったらしい兵士の剣を構えて、トラクトを威嚇している。
そして彼女が少しだけふりかえりながら、守和斗へなにかを訴えかけてきたのだ。
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