第四幕:貧乏人(三)
「もしかして、この2人は戦利品ですか、英雄トラクト様!」
できるなら使いたくない言葉を選択し、守和斗は少し大げさに驚いて見せた。
褒める。もちあげる。
絶対にトラクトという男は喜ぶはずである。
「……ふっ。そうだ。オレたちが勝利した戦利品だ!」
やはりのってきた。なんて扱いやすいんだと、守和斗は内心でほくそ笑む。
まだ若いながらも守和斗は、心理戦が得意な知人の警察官から個人的にコミュニケーション力の指導を受けている。
相手は大人。だが、守和斗にしてみれば、この程度の会話の主導権を取るのは造作もない。
「わぁ〜。すごいですね。敵の兵士ですか?」
「この黒い女はな。なんと、黒の血脈同盟軍盟主・
「ブラディッシュ?」
「簡単に言うと、この世界の魔王にあたる奴だな」
「おお! 魔王の娘! それはすごいですね!」
「ワハハハ! だろう?」
単純にもほどがあると、守和斗まで笑ってしまいそうになる。
「それでは、そちらの金髪の娘は?」
「こいつは第八聖典神国・聖典騎士の団長の娘だ」
先ほどトラクトが、自分を「
しかし、聖典神国は少なくとも第八まであり、「聖典騎士団長」が各国にいるらしいとわかる。
(つまり、「この世界の勇者様」とやらは、8人いる可能性もあるのか?)
しかし、そうなるとこの状況が腑に落ちない。
「聖典神国って互いに争っているんですか?」
「ああ〜ん? ……いや、連合国だな」
トラクトが少しためらいながら目線をそらす。
その態度にやましさを感じ、守和斗はもう少し踏みこむ。
「あれ? お仲間の娘さんを捕まえちゃったんですか?」
「……こいつはな、戦場で気を失っていたのをオレが助けてやったんだ!」
露わな動揺を見せるトラクトの態度。
守和斗は、顔にださず苦笑する。
「しかもこいつのオヤジは、昨日の戦いでおっちん死まった。オヤジが死んで心細いだろうし、助けたからには礼をしてもらわないといけない。だろ? そこでグッドアイデアだ。オレの嫁にすることにした。今、求婚中ってわけだ」
「よ、嫁? まだ俺と同じ……ハイスクールぐらいの歳ですよね?」
「こっちの世界なら、もう結婚してもおかしくねーさ。それに、こいつは潜在的なアウラ……気力が特別に強いらしいからな。ずっと狙ってたんだよ。なにしろ、優秀な子孫を残すと、ゲームオーバー後のリプレイ時に、そのキャラを利用できるらしいからな」
「はぁ……」
思わずもれたトラクトの下品な笑いに、守和斗はこの男の本性を感じる。
リプレイとか利用とか意味があまりわからないが、自分の力のために周囲を利用する、こういう輩は嫌というほど見てきた。
「えーっと。なら、魔王の娘ってのはどうするんですか?」
「まあ、人質だな。その間、活躍した部下たちに、褒美としてオモチャにさせてやるけどな」
「えっ!? そ、それはゲーム的にまずくないんですか?」
「まずくねーんだよ! いいか、プアプレイヤー。教えといてやる! このゲームには、『NPCにゲームの話をばらすこと』以外の禁止行為がねーんだよ。他にあるのは、この世界の中のルールだけだ。そしてこの世界で力も名声もあるヴァロル……つまり英雄騎士は、たいていのことをしても許される立場にいる」
「えーっと……。あなた英雄役なんですよね?」
「なんだ? 英雄らしくないことするなと説教でもたれてくれるのか?」
「いやその、倫理的にどうかなって……」
「あのなぁ。貴様は実感がないかもしれねーけどな、ここはゲームの世界なんだよ。こいつらはNPCなんだ。どんなにリアルでも人間じゃねぇし、もちろん操っているプレイヤーもいねー。ただのキャラクターデータだ。わかるか? オレたちが好き勝手できるオブジェクトなんだよ!」
「…………」
トラクトは、嘘を言っていない。本気でそう思っている。
守和斗は、そう受け取った。
だが、違う。
根本的にまちがっている。
すぐ横で跪かされている少女2人も、周囲にいる有象無象の兵士たちも、そしてエルフや獣人のような姿の者たちさえも、すべて
それは精神論の問題ではなく、物理的に生物なのだ。
(確かに、限りなくリアルなヴァーチャルを見抜くことはできないのかもしれないな。普通の人間には、方法がないもの。――ったく。下衆な臭いがするよ……)
守和斗は、わざと驚愕を見せた半笑いの表情のままで2人の少女に近づく。
「へ〜。NPCなんですかぁ。どれどれ〜」
片膝をついて、まずは黒装束の娘を覗きこむ。
と、それに気がついた彼女も、こちらをキッと睨んできた。
(あれ? 誰かと似ている気が……)
まだ表情に少女の面影があるが、黒髪と似た色の漆黒の双眸が強い意志を宿して鋭く光っている。
バランスの良い小顔は、守和斗と同じ黄色系の肌。
丸く大きな瞳とさほど高くない鼻がかわいらしいながらも、真っ赤な唇が強いイメージを残し、どこか威厳を感じさせた。
「……?」
横から強い視線を感じる。
そこにいるのは、はたして銀鎧の少女だった。
怪訝をぶつけるその双眸は、トラクトと同じような青い瞳だが輝きがまったく違う。
燃えるような怒りの意志がうかがえるのに、見た目はまるで澄んだ泉のようなウォーターブルーだ。
ほどよく高い鼻とピンクの唇が、きれいな白い肌を飾っている。
凜としながらも華やかさがある容貌だった。
「どうだ? NPCって理解したか?」
トラクトの質問に、守和斗は首をかしげてみせる。
「……いやぁ〜。わからないですね」
「チッ。人生経験の薄いガキには無理か……。いいか、見てろよ」
そう言うとトラクトは、英語ではなく、守和斗のわからない言葉で少女たちに話し始めた。
途端、英雄の娘の顔が苦渋に歪む。
ピンクの下唇を充血するほど噛み、瞳の美しい泉から大粒の滴を湧きださせた。
そしてそれは堪えきれなくなったように頬を伝って流れ落ち、地面に染みを作ったのである。
美しい金髪の少女の碧眼から流れたのは
涙は塩っぱいというが、その涙はきっと心の
だが、彼女はそれに負けていない。
悲嘆に
「……なんて言ったんですか?」
つられるように感じる胸の痛みを抑え、あくまで平常心で守和斗は尋ねた。
「ん? ああ。『貴様のオヤジは昨日、無駄死にしやがったから、娘がかわいがってもらうところが見られなくて残念だったな』ってな感じのことだ。そうしたら、見ろよ。この顔……なんてウソくさいんだ」
トラクトは金髪娘の細い顎をつかみ、守和斗の方に向けて見せた。
そして、わざとらしく大きくため息をつく。
「やれやれ。
そう言うと、またトラクトは守和斗が知らない言語――しかし、先ほどとは違う言語――を黒髪の少女に投げつけた。
すると、言葉をぶつけられた少女は一瞬、目を見張って哀しみを瞳の奥に灯す。
しかし、その灯火はすぐに猛火に代わり、視線で相手を燃やしつくさんと睨みつける。
「ほ〜らな。ウソくさい。NPCっぽさがでているだろう?」
そう
しかし、その色は対照的に、濁りよどんだ泥水に見える。
醜い。
その醜さから、トラクトが黒髪の少女になにを言ったのかなど、わざわざ聞く必要もなかった。
そしてもう、限界だった。
「なるほど。……あんたは、見分けがつけられないんだな」
守和斗の変わった声色に、トラクトの顔が顰められる。
「あ〜ん? 貴様、なにを言って――」
「俺はね、こんな顔を今までたくさん見てきたんだ」
トラクトの言葉を遮った守和斗は、ついていた膝を伸ばして真っ直ぐに立ちあがった。
獲物を仕留めるような猛禽類のように、相手を視線で突き刺す。
「……なっ!?」
怯むトラクト。
豹変した雄々しい口調で噛みしめるように、その彼へ守和斗は言葉を放つ。
「大切な人を失った者たちの顔は、嫌ってほど見てきた。だから、わかる……」
仰天したトラクトが、ブルッと体を震わせる。
「彼女たちが、NPCなのか、本当の人間なのかは知らない。けど少なくとも、彼女たちの感情は……この哀しみは本物だ!」
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