第三幕:貧乏人(二)

「えーっと……つまり、ここがゲームの仮想世界バーチャルワールドだと? そんなはずはないですよね。ここ、まちがいなく実在世界リアルワールドじゃないですか」


「ブッハハハハ! 『プアプレイヤーは区別がつかなくなる』というのは本当なんだな!」


 今度のは、あきらかな嘲笑。

 腹を抱えて、深緑の鎧をガシャガシャと鳴らしている。


「まあ、仕方ねーよな。ゲームスタート時の記憶もないし、このゲームはパラメーター表示とかゲーム的なものは一切ない。痛覚や味覚、嗅覚といった感覚も、なにもかも現実と寸分違わねー。ゲームオーバーになるまで出られない、完全リアル志向のリアルタイムゲームだ。オレだって説明がなければ、現実と区別がつかねーしな。だけどな、ここはまちがいなく仮想空間なんだよ」


「…………」


 いや、違う。

 守和斗は、心の中でそう否定する。

 なにしろ、彼にはここが現実だという確証・・・・・・・・がある。

 簡単な話だ。

 ここが剣と魔法のゲーム世界ならば、完全にイカサマチートにあたる超能力が、使えるように作られているわけがない。


(……いや。待てよ……)


 もうひとつだけ考えられる選択肢がある。

 実はこのゲーム世界で、「超能力」がイカサマチート能力ではないという可能性だ。

 だが、それにしても「キャラクター」から霊力まで感じるのは納得がいかない。

 どういうことなのだろうか。

 やはり今は、相手から情報を引きだす必要がある。


「ここがゲームの世界ということは、俺の体もあなたの体もアバターということですか?」


「そうだ。ちなみにオレのアバターは、第五聖典神国・聖典騎士の団長【トラクト・セイク・ファス】というキャラクターだ。団長は英雄騎士ヴァロル……いわば、この世界の勇者様だぜ。どうだ? この肉体、かっこいいだろう?」


「ええ……すごいですね」


 自慢げなトラクトの顔を見て、守和斗はまた悩む。

 なにを言っているのか細かいことはわからないが、なによりアバターの肉体を自慢する・・・・・・・・・・・・という心理が気になった。

 それは、「トラクトの中の人プレイヤー」が、「トラクト」ほど偉丈夫ではないということを意味する。

 逆説的に言えば、本当に「中の人」が存在するという解にもなってしまう。

 しかし、それにしては自分の状態が納得できない。


「でも、俺……見た目、そのままなんですけど……」


 守和斗は、自分の身なりを改めて確認した。

 手足をはじめ、視力や聴力といった身体的感覚に、なんら違和感はない。

 新陳代謝強化で、すでに細かい怪我も治り始めている。

 まずまちがいなく、自分の体だ。

 妹たちが「かっこいい」と褒めてくれる、父親似のしっかりとした眉毛、くっきりとした黒眼も、視界の上でフワフワと揺れる髪もいつも通りのはずである。

 それは目の前の男が、同じアジア系の中国人とまちがえたことからも、容姿は変わっていないと推測できる。


「見た目も変わってないみたいですし。ボロボロになっていますけど……これ、まちがいなく俺の服ですよ」


「……フン。やっぱり、そのままか。これも噂に聞いた話だが、貧乏プランではこっちでキャラクターを用意してもらえずに、スキャンデータで急造キャラクターが用意されることがあるらしいぜ」


「急造キャラクター?」


「ああ。……よし! 貴様はオレが出会った、記念すべき初プアプレイヤーだ。先輩プレイヤーとして、親切に教えてやろうじゃねーか」


 それはたぶん、親切心ではなく優越感だ。

 しかし、守和斗にしてみればありがたい。


「覚えていないかもしれねーが、このゲームは参加に莫大な費用がかかる。また、人気がありすぎて、金だけではなく地位や権力も絡む。力のない奴は、どんどん後回しにされる。つまり選ばれた者だけが楽しめる、贅沢な遊びなわけだ。しかし、中には金も地位もないのに、このゲームに参加したがる奴がいる。一応、そういう貧乏人向けのプランも存在しているし、また裏口も存在するらしいが、これがまたひどいつー話だ」


「ひどい?」


「ああ。本来は、プランによってどのキャラクター役をやるか選び、SSSスリーズで転送される際にも、ちゃんと調整して記憶も残るんだが、安いプランや裏口だと、乱暴につっこまれて記憶の転送がうまくいかないらしい。特に直近の記憶が失われやすいそうだ」


SSSスリーズって……もしかして、【意識体分離装置Spirit Split System】のことですか?」


 その未完成・・・の装置のことはよく知っている。

 だが、もともとゲームのためではなく、体の不自由な人の心をケアするためのシステムのはずだ。

 それに、とてもではないが実用化には達していない。

 ところがトラクトは、当たり前だと返事する。


「それ以外にねーだろう。……ともかくだ、そうやってテキトーに飛ばされてきた奴は、いろいろ障害もでるし、転送先のキャラ情報も得られねーから言葉もわからねーし、魔法とかの能力も使えねーってわけ。よーするに、クズキャラってことさ」


「……なるほど。それに対して、あなたは英雄トラクト様というハイスペックキャラクターであると」


「おお、わかってきたな。そういうことだ。まあ、貴様は残念だったな」


 そう言い放ち、最後に侮蔑の嗤いを浮かべると、トラクトは前のめりだった上半身を興味なさそうに退いた。

 そしてまるで捨て犬でも追い払うように、手をひらひらと動かす。


「クズキャラじゃ毒にも薬にもなんねーから見逃してやる。何の能力もないその底辺キャラで、せいぜいこの世界をなんとか生き延びるんだな。オレはこれからお楽しみがあるんだ。さっさとどこへでも行けよ」


 そう言うと彼は先ほどから、兵士に押さえつけられて跪いている2人の少女を舐めるように見はじめた。


 1人は、黒いマントの下に、露出度の高い黒装束だ。

 細くくびれた腰、そしてスリットからきれいな太腿が覗いている。

 艶やかな黒髪が映えて、ハロウィンのセクシー魔女コスプレかと見まちがえんばかりだ。


 もう1人は、トラクトのよりも軽量そうな、白銀の鎧を身につけていた。

 剣と盾こそないが、輝く金髪の美しい女騎士という感じだ。

 適度にひきしまった四肢が、武器と気力さえあれば周りを蹴散らすと歌っているようだった。


 ただ2人そろって、やはり痛々しい。

 足首を腫らしたり、切り傷で血を滲ませたり、そのうえ後ろ手に黒い手枷をかけられて、魔力も気力も焦燥していた。

 魔力も気力も使いすぎれば、疲労が精神と肉体を蝕んでいく。

 そのためだろうか、2人とも座っていてさえも、体がよろけそうになっている。

 普通なら、倒れても不思議はない。気力も折れて組み伏しているところだろう。


 ところが2人の心は、まだ折れてはいないようだった。

 そろって緑の騎士を睨み、負けるものかと歯を食いしばっている。


(『女の子は大切にしなさい』だっけか、母さん……)


 自分と大差ない年齢の少女の痛々しい姿から目をはずし、守和斗は嫌々ながらもトラクトへ愛想よく笑顔を見せるのだった。

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