第二幕:貧乏人(一)
――見えぬなら、足を進めず思考を進めろ。
それは自分が所属する組織の最高責任者であり、兄のように慕い、尊敬する人物の言葉だった。
端的に言えば、下手に動くより情報収集すべきだということである。
守和斗はその言葉に従い、地下牢に戻った。
そしてはずした手枷の「力の吸収能力」だけを破壊し、元通りつけなおして囚われたままのフリをしたのだ。
理由は、タイミングよく地下牢に向かう兵士の姿を見つけたからである。
透視する限りでは、地下牢に誰もいない。つまり兵士は自分の所に来るはずであると、守和斗は考えたのだ。
そもそも「殺さずに捕らえる」ということは、こちらと話したいことがあるということだろう。
ならば、なにを話すつもりなのか、そこはぜひ聞いてみるべきだ。
ファンタジー世界の住人が向こうからコンタクトをとりたいというなら、ありがたい話である。
ところが。
いざ接触してみると、守和斗は大きなミスをしていたことに気がついた。
当たり前と言えば当たり前だが、彼らの言葉がまったくわからないのだ。
守和斗は13カ国語を母国語のように操り、日常会話だけならばさらに2言語を操ることができる。つまり15言語が頭の中に入っている。
しかし、彼らの言語は、そのどれにも類さない。
(発音は英語に近い気がする……)
兵士に牢獄から連れだされながらも、守和斗はできる限り多くのことを観察していた。
言語パターンは、ある程度の推測ができる。発音、区切りを見ながら、名詞と動詞を見つけていけば良い。どの言語にも、ほぼ必ずこの2つは存在する。
たとえば、剣を指さしてなんと言うか、剣で斬ろうとしてなんと言うかをくりかえす。「剣」「斬らないでくれ」「武器を捨てろ」「やる気か」とシチュエーションによって使われる単語や台詞はパターン化される。
特に「物を指さす」ことで名詞を確定し、そこから動作を見せることで動詞が推察できる。
今もいくつかすでに推測できている。
周りでは酒宴をしている。その中で、ジョッキを突きだした者がなにか言葉を言った。すると、近くにいた物が酒をついだ。ならば、その者が言った言葉は「酒」もしくは「酒の名称」、「おかわり」的な言葉ということが推測できる。
さらに人種にも注目する。
上空で見たとおり、人種の中心は
黄色人種、黒色人種、そして守和斗が知る「人間」とは、違った姿をしている者たちがその中にいた。
たとえば、耳が長く、ほのかに全身に輝きをまとう美しい種族。もっとイメージに近い呼び名なら、ゲームにでてくるエルフ族だろう。
ドワーフ的なずんぐりとした体型や、獣の耳や尻尾をもつ獣人のような者たちもいる。
彼らの発音に耳を傾けてみると、それぞれに多少の差異はあるものの、基本的に同じ用語を喋っているように聞こえる。
これなら、ひとつの言語に対応すればすみそうである。強硬手段をとらなくても、相手に敵意がなければなんとかなるかもしれない。
(しかし、本当にファンタジー異世界とは……楽しそう……)
観察と推測を冷静にしているつもりだったが、同時にどうしてもわきあがるワクワク感をとめらずにいた。
毎日、訓練と勉学、そして任務に忙しかった彼だったが、あくまでその一環として、ゲームやアニメ、漫画や小説も嗜んでいる。
特に世話係の女性の1人が、非常に異世界ファンタジーが大好きで、彼は彼女にいろいろと教え込まれていたのだ。
――俺ツエー、ハーレム、テンプレ最高!
それが彼女の教えだった。
それに同意するかどうかはともかく、影響はしっかり受けて、彼もファンタジー世界にかなり強い憧れがあった。
もちろん「冒険者」という言葉に、心躍る憧れも感じていた。
仲間からは「お前の人生の方がよっぽど冒険だ」と言われたが、それとはまた違うロマンがそこにはあるのだ。
そして今、目の前にロマンがあふれている。
(――ったく。自分でもこんなに浮かれるとは思わなかったよ)
普段の彼ならば、「言葉が通じない」などという当たり前のこと、事前に考慮してるはずだった。
それに気がつかず、なぜか日本語が通用するような気になってしまっていたのは、たくさん読まされた異世界ファンタジーライトノベルの悪影響もある。
が、なによりも本人が「ファンタジーな世界」というものに浮かれてしまっていたのが原因と言えるだろう。
(さて。油断は捨てないと!)
連れてこられた先に現れた人物を目にして、守和斗は自らを戒めた。
(彼がここのボス……かな)
晴天の下。
砦の塀に囲まれた、雑草が混ざった土の庭。
その一角には、真っ赤な敷物が敷かれ、上には
それに腰を下ろしているのは、まさに西洋甲冑といわんばかりの深緑に染まる
20代半ばだろうか。
鮮やかな金髪の白人で、がっしりとした首と腕が印象的である。
少し厚めの唇で、ジョッキに入っている酒を飲んでニヤニヤと笑っていた。
守和斗は、その男の前に跪かされる。
横を見れば、同じようにあの2人の少女が土まみれになりながら跪かされていた。
(鎧や装備をそのまま身につけている……行軍途中か直後、もしくはこの辺が安全じゃないか。……それより問題は、どうやって情報を得るか)
守和斗は、選択肢をいくつか考えた。
いざとなれば記憶を読んでも良い。
ただ、相手の心を探るのは、あまり進んでやりたいことではない。
「“
しかし、それは杞憂となる。
緑の騎士から聞こえてきたのは、普通の流暢な英語だったのだ。
一瞬呆気にとられるが、守和斗は慌てて反応する。
「“
そう答えると、騎士は脚の鎧をガシャンと叩いて愉快そうに笑った。
そして、英語で話しかけてくる。
「やはりそうか! ボロボロだったが貴様の服装を見た時、この世界のデザインではなかったからな。しかし、日本人とは珍しい!」
「珍しい? ここはどこなんですか?」
「あん? ああ、ここは第五聖典神国の東のハズレあたりだ。フォーラム大平原から一番近い砦だ」
「第五聖典……フォーラム?」
聞いたことのない地名に、守和斗は首を捻った。
すると緑の騎士は眉を寄せる。
「貴様は、戦場になったフォーラム大平原で倒れていたのを拾ってきてやったんだが……まさか本当に覚えてないのか?」
「……ええ」
素直に答えた守和斗に、騎士は妙に嬉しそうに口許を歪める。
「そうか……
「プア? プレイヤーって……どういうことです?」
「ここに来るまでの前後の記憶がないのだろう?」
「え、ええ……まあ……」
騎士は立ちあがるとふんぞり返り、嘲るように口角をつりあげて上から見下した。
自分の優位性に酔いしれた瞳を子供のように輝かしている。
たとえるなら、ガキ大将。
「そうか、そうか。初めて見たぜ! ……まあ、そんなクズキャラでも、この世界の先輩として、そして
緑の騎士は唐突に立ちあがると、腕を真横へ向ける。
そして、その厚い唇を震わすように動かす。
「――
腕の周りに魔力の奔流。
それが手先へ伸びて、掌で形を作る。
出来上がったのは、言うなれば疾風の弾丸。
それは弾けて掌から飛びたち、1本の細い木を吹き飛ばすようにへし折った。
(――魔法!?)
驚いている守和斗に、騎士はさも得意げに胸を張る。
そして大仰に両手を広げて声をあげる。
「ウェルカム! 極限のリアルさを持つバーチャルゲーム、誰もが夢見た剣と魔法の【
「……はい?」
騎士から贈られた歓迎の言葉に、守和斗はまぬけな返事を返してしまうのだった。
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