第二幕:冒険生活支援者《ライフヘルパー》(二)

 フードからこぼれた長い三つ編みが、ふわっと踊るように流れる。

 それは、木漏れ日を鮮やかに照り返させる金髪。

 そしてしなやかな身にまとう、腕、肩、胸、腰、脛につけられた軽量そうな白銀の鎧姿。とても、レベル2の冒険者とは思えない立派な装備だ。

 さらに右手には、見なれない弓なりになった細身の片刃剣を持っていた。

 切れ長の光を返す水面のような碧眼を爛々とさせ、彼女は身軽にひょいと荷台から飛び降りるとおもむろに前の方へ歩きだす。


「ちょっと待ちなさいよ! あたしが前をやるわ!」


 そう言って荷台で立ったのは、もう1人の美少女だった。

 同じように外套を脱ぎ捨てると、そこから現れたのは艶々とした黒髪。

 金髪の少女よりも細い体は、黒いヒラヒラとした装束に覆われている。

 股下まで隠す長さの服は、その下に覗く太股の肌色と相まって奇妙に色気を纏っていた。

 彼女は黒曜石のようなまん丸な瞳で、金髪の仲間をめつける。


「あんたは、馬車の守りと後ろの2人を担当しなさいよ!」


「なにを言っている! 貴様こそ、馬車を守っていろ。敵は私が全部――」


 金髪の少女が言い終わる前に、盗賊たちは動いた。

 当たり前だろう。こんな隙だらけな状態ならば、狙わぬはずもない。


「――β ν υベーニューウプロ!」


 だが、それは黒髪の少女の呪文ひとつで防がれた。

 彼女は短く最小限の呪文しか唱えていないというのに、馬車の周囲に突風をおこし、近寄ろうとしていた戦士バールたちをいともたやすく弾きとばしてしまったのだ。

 周囲の落ち葉と土が舞いあがるのと同時に、ある者は呻き声と共に大木に背中をしたたか打ちつけ、ある者は地面を舐めるように転がされていた。

 その威力は、とてもνニューレ(小規模)レベルの呪文とは思えない。


「うっ……うわぁ!」


 唯一、距離をとっていた魔術士マジルもそう感じたのだろう。

 慌てふためき、杖を前に構える。


「アルフ――っ!?」


 そして呪文を唱えようとする……が叶わなかった。

 魔術士マジルの胴には、いつの間にか細身の刃が走っていたのだ。

 吹き抜ける風のように、横をすれ違った金髪の少女。

 直後、刃のあとを追うように血しぶきが噴きだす。

 魔術士マジルは、その場で崩れるように倒れていった。


「よっ……よくも貴様! 【街路冒険者ストリート】の分際で!」


 そこから乱戦だった。

 金髪の少女が刃を走らせ、黒髪の少女が魔術を放つ。

 相手も抗うが、あきらかに少女たちの強さの方が上だった。

 それは戦いをよく知らない商人が見てもわかるほどの差だ。

 盗賊が1人、また1人と地に伏せる。


 これは助かると、商人も安堵する。

 たぶん、2人の強さをよく知っているのだろう。仲間の冒険生活支援者ライフヘルパーも、馭者役を続けるつもりかその場でおとなしくしていた。


 だが、唐突に空気が変わる。


「――しまった!」

「――まずい!」


 少女の2つの声が重なり、こちらに向けられる。

 その瞬間、側方の木々の上に、商人はたまたま人影を見つけた。

 そして緑葉の陰を突き破り、そこから放たれたなにかが迫る。

 だが、ただの商人である彼は、反応することはできない。

 できたことは、ただ目を瞑ることだけ。



――バキッ!



 なにかが弾かれる音が、瞼の裏で響いた。


「……?」


 そっと、目を開ける商人。

 飛来してきていたはずのなにかは、どこにも姿が見えなかった。

 その代わり馭者席から手を伸ばし、なにかを弾くような仕草をした青年の指が顔の真横にうかがえた。


「はい、2人とも失格。あのままなら、依頼者に矢が当たっていたよ」


 青年の言葉にぞっとした。つまり、飛来してきていたのは弓矢。

 まさに自分は今、殺されかけていたのだと。

 しかし続く言葉で、商人はさらに顔を青ざめさせる。


「というわけで、約束通り2人とも戦いはお終いね」


「――なっ!?」


 驚いている商人をよそに、不平不満をもらしながらも2人は、肩を落として戦う意志をしまいこんでしまう。


 冗談ではない。

 なぜ有利なのに戦わないのか。

 商人は慌てて、隣の青年に詰めよろうとする。

 が、またそれよりも早く、青年が口を開く。


「2人ともどうしてそう目的を忘れるかなぁ。敵を倒すのではなく依頼者を守るのが優先。それにちゃんと気配を感じて索敵もすること。そもそも見るからに冒険者崩れ。それなら1小隊パーティが7人が基本なんだから、6人しかいない時点で伏兵を考えないとダメだよ。……ほら」


 そう言いながら青年が指をひょいと、なにかを引っかけて曲げる動きを見せる。

 すると見えない力で引っぱられるように、あろうことか緑葉をまき散らしながら木々の上から人影が飛びだしてきたのだ。


 商人は低く「ひっ」と息を呑むように悲鳴をあげながらも、その人影を見る。


 地面に叩きつけられ、呻いているその人影は、革の胸当てをつけ、長弓を持った弓術士キュールという能力職ジョブの男だった。

 先ほどの弓矢は、この者が放ったのだろう。


(……あ、危なかった……じゃない!)


 よく助かったものだと思い、その直後にすぐ否定する。

 助かったわけではない。冒険者崩れの盗賊たちは、まだ残っている。

 商人は混乱しながらも周囲を見まわした。


 だが、さらに混乱してしまう。

 生き残っている盗賊たちは、その場からまったく動いていなかったのだ。

 それどころか、四肢が動作途中の不自然な体勢のままで止まっている。なにか言いたそうな口さえも動かせず、人形のようにたたずんでいるだけだった。


「さて。……夢ついえて、盗賊と成りはてし者たちよ」


 馭者席で青年は立ちあがりながら、フードをはずす。

 そこに現れたのは、黒髪に黄色人種の少し幼さが残る微笑。

 しかし、得体の知れない迫力を醸しだしている。


最後通告アルティメイタムだ。行いを悔いて自ら国立探索管理庁クリクエアドラトに出頭しろ」


 そう言いながら彼が前へ指をさすと、盗賊たちの固まっていた表情が急に動きだす。


「ふざけるな! 誰が捕まるものか!」

「なにをした! 体を自由にしろ! 」

冒険生活支援者ライフヘルパー風情が! 貴様も必ず殺す!」


 一斉に吹きでる罵詈雑言。

 殺気だった雰囲気に商人は身を震わすが、やはり横に立った青年は超然としていた。

 そして、やれやれとばかりに首をふる。


「――ったく。仕方ない……」


 青年が指を弾いて、小気味よい音を鳴らした。

 それだけだった。

 それだけで、怒り狂っていた盗賊たちはその場に崩れるように倒れていく。


「……し、死んだのか?」


 状況についていけないながらも商人が尋ねると、青年はまさかと笑って答えてくれる。


「無駄な殺生はしませんよ。それに殺してしまうと運ぶのが大変ですからね。彼らには仲間の死体を運んでもらい、そのまま私たちの賞金となっていただきます」


 さらっと簡単そうに難しいことを言う青年。

 そこに、虚栄もなければ気負いもない。まるで「さあご飯でも食べよう」と言うのと同じぐらい、日常感にあふれた口ぶりだった。

 商人は、思わず尋ねる。


「君たちは……いや、君はただの冒険生活支援者ライフヘルパーじゃなかったのか?」


「ただの冒険生活支援者ライフヘルパーですよ」


「し、しかし……」


「そうそう。ただの冒険生活支援者ライフヘルパーよ」


 黒髪の少女が、横から揶揄する声で割ってはいる。


「つ・ま・りぃ、レベルが上がらない冒険者よね」


「うぐっ……ま、またそれを言う。俺だって、レベル上げを経験したかったのに……」


 青年の顔が、苦渋に満ちる。つい先ほど、あれだけの盗賊に囲まれながらも悠然と構えていたのが嘘のように歯を食いしばっている。

 対して、黒髪の少女はニヤニヤと笑っている。

 その表情は、戦いに関する注意を先ほど受けた仕返しと言わんばかりだ。


「そういえば、我々は戻ればレベル3になれるのだったな」


 剣を鞘にしまった金髪の少女にダメ押しをかけられ、青年はさらにへこむ。


「そうね。あたしたち、これでランクも【野外冒険者フィールド】よ」


「うむ。楽しみなことだ。さあ、さっさと帰ろう。パイも宿でレベル&ランクアップ祝いを準備して、帰りを待ちわびているはずだ」


 黒髪と金髪の美少女たちの会話の横で、青年は馭者席に腰を下ろして肩を震わせる。


 いったい、この少女2人と青年はどういう関係なのだろうか。

 青年は非戦闘職のはずだが、なにやら不思議な術を使っていたし、2人に対して戦いの指導していたようにも見えた。

 それなのに、とても2人から敬われているようには見えない。

 だいたい指導するほど強いのならば、なぜ冒険生活支援者ライフヘルパーをやっているというのだろうか。


「…………」


 好奇心がそそられる。ぜひ尋ねたい。

 しかし、青年にはとても声をかけられる雰囲気ではない。

 仕方なく、商人は2人の少女に問いかける。


「ねえ。お嬢さんたちは、このお兄さんと……どういう関係なんだい?」


 その質問に、2人は一瞬だけ目をパチクリとさせる。

 そしてまるで無言で意思疎通したように、碧眼と黒眼が向きあったかと思うと、そろって悪戯っぽく微笑した。

 2人の声が重なる。


「「2人とも、彼のペットで~す」」


「――誤解を招く言い方をするな!」


 青年のツッコミは、森中に木霊した。





 日本を、世界を、そして地球を救った青年は、すべての異能を持つとまで言われた万能の異能力者。

 しかし彼は、この冒険者が普通に存在する異世界で、戦士にも魔術師にもなれず、戦いには関係ない冒険生活支援者ライフヘルパーになるしかなかった。

 そして今は、いわば「英雄の娘」と「魔王の娘」に当たる2人と旅をしている始末。


 その原因は、この世界にたどりついた1ヶ月前に遡る――。

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