第一幕:冒険生活支援者《ライフヘルパー》(一)

「――というような、お話。信じます?」


 荷馬車の馭者ぎょしゃ席で馬を操る、フードを目深にかぶった青年は、そう問いながらも最後にかるい笑いを添えた。

 それは語りが作り話であると、暗に示している。横で聞いていた商人の男は、そうとらえた。

 上下に休みなく揺れる振動にお尻を叩かれていた商人は、その不快を紛らわしてくれた馭者の物語に、ふくよかな頬をゆるます。


「面白い神話だねぇ。それで、その救世主は闇の核を始末できたのかい?」


「たぶん……。しかし、彼はもう元の世界に戻れなかったそうですよ」


「そうか。……ところで、その神人しんじん様の世界の話、お兄さんはどこで聞いたんだい?」


「さあ、どこでしたっけ……。ここじゃない、どこかかもしれませんね」


 横に座る青年の表情は、柔らかな木漏れ日を遮るフードで口許しか見えない。

 それだけでも、微笑していると商人にはすぐわかった。

 ただ、その微笑はどことなく寂しい感じがする。語っていた物語のせいだろうか。

 しかし、その物語は、もう40を過ぎた読書好きな商人さえ聞いたことがなかった。


「こういう仕事をやっていると、いろいろな話を聞くこともあるんです」


「そうか。お兄さんたちは、冒険者だものな」


 商人は丸めの上半身を少しひねり、後ろをふり向いた。

 荷台には、人の背丈の半分以上はある大樽が2つ積んである。中には、仕入れた最高級の葡萄酒が入った。

 そして横には女性が2人、それを守るように腰かけていた。


 女性と言っても、今はクリーム色の外套についたフードを深くかぶっており、その容姿はほとんどうかがえない。

 だが、仕事を頼んだ時に2人の姿は見ている。それはもう、とんでもない美少女であった。

 たぶん、まだ17、8の少女だ。

 ようやく、大人の仲間入りをしたばかりというところだろう。


 しかし、それでも彼女たちは、レベル2の冒険者で【街路冒険者ストリート】というランクの者たちだ。

 しかも、この仕事が終われば、レベル2のノルマを達成してレベル3となり、ランクも【野外冒険者フィールド】というのになれるという。


「でも、すまなかったね。つきあってもらって。隣町までだからそうそう心配はないとは思うのだが、念のために人がいないと不安だし、荷物運びの人手も欲しかったからなぁ」


 間もなく森が深くなった街道を抜けるはずだ。ということは、道のりも半分を過ぎたあり。

 通り過ぎていく左右の木々を見まわしながら、ここまでくれば何もないだろうと、商人も少し早いが肩の力が抜けてくる。


「【街路冒険者ストリート】ランクの君たちに、街の外の警護を頼んでしまって悪かったよ。しかもちゃんとレベル2の相場で受けてもらえるなんて……」


「いいえ。こちらもちょうど稼ぎたかったので助かりました。それに後ろの2人はまだしも、私は冒険者と言ってもレベルもランクも関係ありませんから」


 馬車の小石を拾った振動と共に、揺れるその青年の声。

 そこに商人は、少し自虐を感じる。


「……そういえば、お兄さんは非戦闘職の冒険生活支援者ライフヘルパーだったね」


「ええ」


 冒険者の日常的な生活を助ける【冒険生活支援者ライフヘルパー】は、食事、洗濯、装備の手配や、今のように馭者や、場合によっては資産管理までやる者もいるという。

 つまり、冒険者が冒険業に没頭できるよう、探索や戦闘以外のサポートをする雑用係だ。

 たいていは拠点で冒険者の留守宅を管理したりする者が多いが、たまに現地まででてきて冒険者の食事の世話をしたり、迷宮の地図を記録したり、冒険中の荷物持ちを務めたりする者もいる。


 しかし、しょせんは非戦闘職。

 戦いになれば、いの一番に逃げることが許されているとはいえ、どうしても現地仕事はリスクが高く、望んでやりたがらない者が多いはずだ。

 それを知っていたためか、つい尋ねたくなってしまう。


「どうしてお兄さんは、冒険生活支援者ライフヘルパーになったんだい?」


「あはは……。なりたくてなったわけではないんです。簡単に言うと、他の戦闘系能力職ジョブの適性とか資格がなかったんですよ。でも、ずっとラノ……小説で読んだ冒険者ってのに憧れていて……」


「ああ。物語の冒険者は、かっこいいものなぁ。わかるよ、わかる! 特に最高ランクの【自由冒険者アンリミテッド】の冒険譚は読んでいて興奮するよなぁ」


 商人は自分が一番好きな物語を記憶の引き出しから引っぱりだす。

 そして、木々に挟まれた道の先の空を眺める。

 そこにそそり立つのは、周辺国のどこからでも威風を見ることができる、山よりも巨大な存在。

 天をも貫く鋭い先端から、いくつもの傘を象る巨大なクリスタル。


 【水晶の針葉樹クリスニファー】。


 それはあらゆる輝きを返し、吸収し、色を変え、されど透明感を失わない、世界の象徴たる存在。

 彼の好きな【自由冒険者アンリミテッド】の冒険譚は、その【水晶の針葉樹クリスニファー】を守る戦いの物語だった。


「私はね、【大樹の守り手】の話が大好きでね。あの中にでてくる聖典巫女と主人公の――うおっ!」


 機嫌良く話している最中、馬車が急に止められた。

 危うく前のめりに倒れそうになる。

 が、青年の片腕が意外なほど強い力で支えてくれる。


やはり・・・、狙われていたようですよ」


 そして商人が訊ねるより早く、青年の口が動いた。


「――えっ!?」


 驚きながらも前方を見ると、そこには軽装の鱗板鎧スケイルアーマーをまとい、片手剣と小型の丸盾を持った、3人の男が立っていた。

 たぶん、戦士バールと呼ばれる技能職ジョブの者たちだろう。

 さらに横には、真っ黒なフードに長い杖を持った魔術士マジルらしき者もいる。


 これはまずいと、商人は背後を確認する。

 しかし、そこにも2人ほどの戦士バールが立ちふさがって退路を断っていた。


「あなた、冒険業仲介所ハロークエストではなく、食事処で募集したでしょう。しかも、大声で」


 馭者の冒険生活支援者ライフヘルパーは、フードに隠れた顔を下に向けたまま落ちついた声で話しかけてくる。


「ダメですよ。仲介料をケチろうとしては。あの町は、あまり治安が良くないんです。あんな風に護衛が欲しいと声をあげれば、金目の物を運ぶとバレてしまう。さらにまだヒヨッコの【街路冒険者ストリート】しか護衛につかないと知ったら……」


 そこまで言われれば、商人にもわかる。

 金目の物を弱い護衛で運んでいれば、おいしい獲物として狙おうとする者もいるというわけだ。しかも、スケジュールまでしっかりとその場で言ってしまっている。

 父親について行くばかりで、1人で遠くまで買い出しなどしたことがなかった商人は、いい歳をして世間知らずだった自分を呪ってしまう。

 だが、手遅れだ。


(……まずい……)


 周りを囲む者たちは、金に困った冒険者というところか。

 全員が男で、年齢はみな20代後半に見える。

 ランクは少なくとも【野外冒険者フィールド】ぐらいだろう。

 対して、こちらは【街路冒険者ストリート】が2人に、戦えない冒険生活支援者ライフヘルパーと商人たる自分だけ。

 戦闘職だけ見ても、多勢に無勢の上、ランク下。

 敵もそれを承知の上だからか、ニヤニヤとしながら余裕を見せて間合いを狭めてくる。


 完全にピンチである。

 なにしろ相手は「金目の物をだせ」や「荷物を置いて消えろ」みたいなことは言ってこないのだ。

 顔を隠していないことからも、こちらを全員始末するつもりなのだろう。

 商人は、内心で死を覚悟する。


「――よし、斬ろう!」


 だが、その直後。

 荷台に乗っていた【街路冒険者ストリート】の美少女が1人、外套を脱ぎ捨て容姿を露わにしたのだった。

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