アルティメイタム~冒険生活支援者《ライフヘルパー》はレベルが上がらない!?( #アラレない )

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

第一部:救世主は、異世界で英雄の娘と魔王の娘に出会う

序章:救世主は、冒険生活支援者《ライフヘルパー》?

序幕:アルティメイタム

 東京の天空に広がるのは、半径25キロにおよぶ「闇」。

 その上空に開けられた黒々とした大穴は太陽の光を遮り、周囲に暗雲を渦巻き、世の終わりを告げている。

 たとえるなら、地球上に現れたブラックホール。

 吸いこむのは、「せい」と「希望」。


 そして今。

 闇の下には、どこからともなく集まった魔物が100体ほど飛んでいた。


 頭部は、猿や蛙、獅子などのさまざまな動物を模している。

 背中にコウモリのような羽を生やし、グレーの痩せこけた四肢をもつ、見る者に神話伝承のガーゴイルを思わす存在。

 それが天板のように空を埋め、東京都庁舎ビル屋上ヘリポートにいる数十人の人間たちを一様に狙っている。


 ――否。


 真に狙われているのは、吹きつける強風をものともせず、ヘリポートの中央で矢面に立つ、よわい17の少年だった。

 しかし、ただの少年ではない。

 黒地に金ラインの入ったジャケットスーツをまとう彼の全身から、尋常ならぬ雰囲気が醸しだされている。

 笑顔を見せれば幼さを感じさせる顔つきも、今は黒髪の下で凜と輝く眼光を光らせ、大人の男らしい表情になっていた。

 とびぬけて美形というわけではないが、その姿には誰もが目を離せなくなるほどの強い存在感が宿っていた。


 彼は、「闇」の天敵。

 救世主として創られた・・・・、世界最強の異能力者。

 その名を【守和斗すわと】。


 ガーゴイルたちのすべての殺気は、その天敵に向けられている。

 そして戦力がそろった今こそ契機と、天罰を気どって降りそそごうとしていた。


 しかし守和斗は、その迫力に怯むことなく不敵に笑って先手をとる。


「――来い、緋鷹あけたか!」


 暗雲を切り裂き、そしてガーゴイルの天板を上から打ち破って、炎の鷹が急降下してくる。

 その身で消し炭とした魔物の体を散らしながら、炎の軌跡を残して彼の頭上で旋回する。

 そして、また急上昇。


「“鷹の爪は剣に変わらんClaws of hawk turn into swords”――ナウマクサマンダ、バザラダンカン! 火界破魔六刃爪かかいはまろくじんそう!」


 彼だけが使える、魔法と密教の複合術。

 呪を受けた炎の鷹は、天を目指して翼と体を丸めるように打刀に変化する。

 さらに6本に分裂し、2組の3本爪となり炎を灯す。

 炎の爪は円を描き、天板となっていたガーゴイルを斬り裂きつつ燃やしつくす。


 数十体のガーゴイルが慌ててそこから逃れ、そして守和斗に仕掛ける。

 しかし、悪鬼たちに勝機はなかった。

 彼は、眼前で交差した腕を左右に開く動作をする。

 直後、数十体のガーゴイルたちは、見えない強い衝撃に身体をひしげさせ、四方に弾きとばされていった。

 それは念じるだけで奇跡をおこす、念動力サイコキネシス

 一歩も動かず、十数秒で100体の魔物を退治できる圧倒的な力は、生まれる前から調整され、生まれてから鍛えられ続けてきた証だった。


「結局、止められなかった……」


 しかし、その最強の力をもってしても、神託たる予言を事前に止めることはできなかった。

 守和斗は、落胆しながら天を仰ぐ。



 ――協定世界時【2038年1月19日3時14分7秒】



 神が啓示した【黒の黙示録】にある【闇の極相クライマックス】の発動日時。

 周囲にいる異能力者の仲間と共に、守和斗すわとは生きてきた想いを天空にある大きな穴にぶつけた。

 世界の修復力の臨界を超えた闇は、どんどん拡がっていく。

 そしてこの星のすべてを呑みこみ、生命はすべて黄泉よみの存在となる。


 いや。すでに今、東京という生き物は死にかけていた。


 へし折られたビルは、いわば街の骨折。

 すべてを焦がす延焼は、いわば街の炎症。

 体内を覆いつくす黒煙は、レントゲンで映しだされる影よりも質が悪い。

 ウィルスのように感染して増えていく、蠢きまわる死者の群れ。

 病原体たる、この世のものとは思えない魑魅魍魎ちみもうりょう

 そしてこの街だけではなく、この世界全体が死に向かって命を急激に削り取られている。


 だから彼は、周りの者たちに別れを告げる。


「じゃあ、行ってくるよ」


 これから彼が行うのは、最終手段。

 仲間に反対はされたが、自分が犠牲になるという想いはなかった。

 ただただ、大切な仲間を、大事な家族を、少しでも多くの人たちを救える、その希望が嬉しかった。


 それでも……。

 それでも、どうしても気になるのは、「ずっと一緒にいる」と約束した2人の妹のことだった。


「兄様……」


 黒髪短髪の妹が、漆黒の太刀を握りしめて一歩前にでる。

 守和斗と同じ、黒いタイトな戦闘スーツ姿は、耐え忍ぶように震えていた。


「兄さん……」


 栗色長髪の妹も、透きとおる声を少し震わせて一歩前にでる。

 おそろいのスーツの体は、胸を張ったいつもの姿と違い縮こまっていた。


「…………」


 自分と同じように異能力者として戦ってきた、愛しい2人の妹。

 彼女たちの頭へ手をポンとのせ、守和斗は一言「行って来ます」と笑って告げる。


「2人とも……父さんは無敵だからいいけど、母さんたち、そして仲間たちのことは頼んだよ」


「ほむ。任せてなの、兄様」


「わかってるわ、兄さん……」


「……ありがとう」


 2人は心残りたる約束に、もう触れないでいてくれた。

 その優しさに満足すると、守和斗は今までの柔らかい顔を豹変させ、天の闇の奥を睨みつけた。


 そして迷いを断ち切るように、上空まで一気に空間転移テレポーテーションする。


 到着した場所は、雲より上空。

 そこに生身のまま浮遊する。

 防御膜シールドを張っているから感じないが、周りは冷たく刺さる気流が渦巻いている。

 それと一緒に、心を蝕む陰の気が満ちているはずだ。


 守和斗は、また闇を睨む。

 頭上に広がる黒い天井は、あまりに広く、あまりに深い。

 それでも、しっかりとこの闇の発生源である核のある場所は感じている。


 やることは簡単だ。

 その核を連れて、この空間とは離れた亜空間に転移するだけである。


 しかし、その後に帰れる可能性は低いだろう。


(――ったく。神様も予言を与えるぐらいならば、ついでに止めてくれれば良いものを……)


 このままなら、こいつのせいですべてがダメになる。

 しかし。

 こいつのせいで、俺は生まれたとも言える。

 なら、こいつがいなかったら、俺は生まれなかったのか?


 ……いや。


 きっと生まれていたと思う。

 なぜなら俺は、創られたとしても両親の愛情を感じられているから。

 そしてこいつを消せば、その愛情をくれた両親も、大切な妹たちも、幸せをくれた仲間も守ることができるのだ。


 守和斗は自分の決意を改めて言い聞かせるため、言霊にして発する。


「世界を滅ぼす、そんな黙示録は実行させない! これが……俺が最後通告アルティメイタムだ!」


 彼は闇を滅するため、その核に向かって飛びこんでいった――。

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