《肆》(自称)霊感の強い先輩

『本当にあった怖い話』『実話ホラー』

 こういったうたい文句で語られる話は上手くできていればできているほど、どこか作り物めいていて、聞いているうちに冷めてしまう。というのはきっと私だけではないでしょう。


 心霊現象や恐怖体験は経験した本人にとっては本当に恐ろしいのですが、リアルな分、文章にすると呆気ないものです。


 例えば私の実家は、霊感が強い人に言わせると『何かいる』そうなのですが、その話が広まると『霊感のない人』もうちに来るたびに無意識に期待してしまい、その結果【あり得ない物】を見たりすることがあるのです。


《暗い階段や、誰もいない台所、少し空いた洗面所に誰かがいて、びっくりして二度見したら誰もいなかった》


 これが私の実家で霊がいるらしいと聞いた友人達が経験した主な現象です。

 見間違い、の一言で終わらせることのできる程度の心霊体験(もしくはただの勘違い)ですし、話が短すぎて盛り上がりにも欠けます。

 他所でそんな話しても「へー、そーなんだー」くらいの反応でしょう。


 しかし、友人はみんな『やっぱりおまえんち、いるんだな!』と、なぜか嬉しそうにしますので、私も(まーいいか)と思います。


 ちょっとした話のネタにはなるので、そう言った意味では心霊体験も悪いものではないのかもしれません。私自身も呑みの席などで、怖い話をする流れになった時に良く使っています。


 ただ、あまり怖がられません。


 やはり、リアル過ぎると逆に怖くないのかもしれませんね。




 さて、前置きが長くなりましたが、今回の不思議な話は上記の心霊(もしくは見間違い?)話を仕事の先輩(女性)にした時のことです。


 営業に向かう車の中でした。

 先輩は少し黙った後、ぎょろりとこちらを見て、声を潜めて言いました。


「やっぱり……。そうだと思った……。ビガンゴ君、あなた霊感強いでしょ。私にはわかるわ」


 彼女はそんなことを言い出しました。

 私は霊感は強くありません。霊とかいたら面白いなぁとは思いますが、本当に幽霊がいるのか、と聞かれたらなんとも言えません。


 そもそも、私の家に『何かがいるらしい』と言われるという話はしましたが、私自身が霊感がある、とは言ってないのです。

 ですが、先輩は「絶対そう。私、前から思ってたもん。あなた霊感が強いわ」と自信に満ちた顔で言ってきます。


「はぁ、そうですかねぇ……」


 そう言うのが精一杯でした。


「私も霊感強いからわかるの」


 思わせぶりな口調で言い始めました。

 私は(うっわー、また始まったよ)と辟易しました。


 実はこの先輩、少々話を盛る傾向があり、軽めの虚言癖があります。

 あまり真面目に取り合っても疲れるだけで、あまり良いことがないのを私は知っていました。

 なので、彼女の『霊感ある』発言も適当に聞き流そうとしました。

 ちょうどラジオから好きなアーティストの音楽が流れてきたので、耳をそちらに向けようとしたのですが、先輩はラジオのスイッチを切り、やたら声を潜めて「本当よ。小さい頃から霊感があるのよ」と言いました。


 先輩が切ったラジオなので、つけなおすことも出来ず彼女の真偽不明の心霊体験を聞く羽目になりました。


 彼女曰く、幼い頃から霊感があり、血だらけの老婆に追いかけられたり、夜中に小さいお爺さんに胸の上に乗られ首を絞められたり、よくしたのだそうです。


「中学の時は3年間365日、毎晩霊が現れたのよ」なんて、流石に盛りすぎだろ、と思う様なことも真剣な表情で言うのです。


「大人になってからだいぶ減ったけれど、道路なんかでも事故現場を通ると時々黒い影が見えたりするの。私、勘が鋭いから」


 ぶるるっと嘘くさい身震いをして先輩は言います。

 勘が鋭いと自称する先輩ですが、私が疑惑の目(どちらかと言うと苦笑い)を向けている事には全く気が付きません。


 さらには「さっき通った交差点に花束置いてあったでしょう。あれ、高校生くらいの子どもが事故で亡くなったのよ。角っこに暗い顔で立ってたもの……」などど、最新の心霊体験まで提供してくれる熱の入れよう。


 みなさん、どう思いますか?

 彼女は本当に霊感があるのでしょうか。


 疑問に思った私はちょっと彼女にカマをかけてやろうと思ったのです。


 その日は奇しくも斎場への営業でした。お葬式を控えた新鮮なご遺体が安置されていたりするので、数ある営業先でもちょっと嫌な現場なのです。


 とはいえ、仕事は仕事です。


 現場に着けば先輩の虚言癖も若干抑えめになり(無くなりはしない。できないこともできるって言っちゃう。後始末は私。)私も霊の話は忘れていました。


 しかし、営業を終え、斎場を後にし営業車で走り始めた途端、彼女は水を得た魚になりました。


「……さっき私たちがいた所の隣の部屋にご遺体あったの気づいた?」


 気づくわけないです。その部屋には入ってませんから。

 気づかなかった旨を伝えると先輩はトーンを落とした声で言いました。


「内臓系をやられて病気になられた方よ、多分。そんな気配がしたの」


 ……はじまりました彼女のオンステージが。


 しかし、私もここで思いたったのです。


 彼女の化けの皮を剥いでやる、と。


 私はカマをかけました。幸いにも、勝手に彼女は私にも霊感があると思い込んでくれています。そこにつけ込んで私はこんなことを言ってみたのです。


「確かにさっき、その部屋を通り過ぎた時、チラッと人がいる気がして二度見したんですけど誰もいなくて。てっきり思い過ごしだと思ったんですけど……」


 真っ赤な嘘です。何も見てません。

 しかし、釣り針にかぶりつく魚のように、彼女はパッと顔を明るくしました。


「そうよね!ビガンゴ君も気づいた!? 凄く未練のある霊みたいで、着いて来ようとしてたから、ちょっと怖かったのよ!」


 私は内心ほくそ笑みながら、話を合わせます。


「やっぱり、見間違いじゃなかったんですね……」


 できるだけ怖がっている様な、不安そうな顔をしてみせます。


「そうよ、やっぱりビガンゴ君霊感あるんじゃない。知ってる?霊感ある人同士が近くにいると、それが磁場になって余計霊が集まってくるのよ」と先輩はなぜか嬉しそうに言います。


「ああ。なんか私さっきから肩が重いのよ。またかなぁ、またなのかなぁ」


 それまでそんな素振りは見せなかったのに、突然先輩は肩の痛みを訴え、ポンポンポンポンと肩を叩き始めました。


 チラチラとこちらを見て(またってなんのことですか?)と聞かれるのを待っています。


 仕方なく私はご要望に答える形で訪ねました。


「またってなんですか?」


 ビビるふりをしますが私の芝居など大根もいい所です。しかし、先輩は勘が鋭いというわりには、やはり全然私の演技力のなさには気づかず、待ってましたとばかりに口を開きました。


「あの斎場にいた霊を連れてきちゃったかもってこと。昔からよく連れてきちゃうのよねぇ。困っちゃうわ」

 と全然困ってない、むしろ嬉しそうな顔で先輩が言ったその時です。


『バンバンバン!!』


 車のトランクを激しく叩く音が車内に響きました。

 驚き振り返ります。しかし、私達の車はもちろん走行中なのです。


 40キロの速度で走っている車のトランクを叩く人などいるはずがありません。


「今の音、なんですかね?」私が聞くと、先輩はやはり嬉しそうな顔で「あ〜やっぱり連れてきちゃったのねぇ」などと言います。

 ちょっと待て、さっきは肩に乗ってるとか肩が重いとか言ってたじゃないか。

 車のトランク叩かれるって事はあんたの肩にはおらぬじゃないか!と思いつつ、しかしながら『バンバンバン!!』とトランク付近が不自然に叩かれた感覚はあるので、なんとも言えません。


 さらには、モクモクと発生源のわからない霧の様な排気ガスの様な煙が私たちの車の周囲に立ち込めたのです。

 晴れた真昼間の大通りの真ん中車線なのですが視界が急に悪くなります。

 私は車の速度を落としたのですが、周りの車はまるで霧など無いかのように、平然と私達の車を追い抜いていくのです。


 なんじゃこりゃ!と驚いた私に、先輩はどこか勝ち誇ったような顔をして言いました。


「ああやっぱり霊感が強い人が集まると、ろくな事ないわぁー」


 その顔はパンチしたくなるほど無性に腹立たしいものでした。


 ……結局、5分ほど走ると霧は何事もなかったかのように晴れました。

 本当にただ霧が出ただけなのかもしれませんが、結局、彼女は霊感があるのか、あの時の「バンバンバン!!」はなんだったのか、何もわからぬまま、その日は会社に戻りました。


そして、その後その先輩と一緒に営業に行く事はないまま、私はその職場を退職してしまいました。



彼女は本当に霊感があったのでしょうか。

今となっては何もわかりません。





 〜完〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る