ある土地に纏わる話

へみ

第1話

ある土地に纏わる話


今は主婦をしている奈緒さんの子供のときの話である。


当時住んでいた家は、奈緒さんが産まれた頃に周辺一帯を整地して建てられたのだが、その土地の一角には整地する前に、大きな鳥居が倒れていたという。

その鳥居がいつ建てられたのか、神社もあったのか、なぜ倒れたのか、それらについて詳しく知る者は奈緒さんの周りにはいないようだった。

もしかしたら地元の年配者の中には知っている人もいるのかもしれない。

だが奈緒さんから進んでそれらのことについて訊くこともなく、親や近所の大人達からは、この辺りを整地する前に大きな鳥居が倒れていたということだけを聞かされていた。奈緒さんの家はその鳥居が倒れていた土地の真ん前にある。子供の頃の写真を見ると、家の前は空き地であった。

その地域に住んでいる者は皆、そこに鳥居が倒れていたことを知っている。さすがに鳥居が倒れていた真上の土地を買おうとする者はなかなか現れなかったらしい。


やがてある夫婦がその土地に家を建てた。

奥さんの名前は由美さんと言い、とても良い方で、奈緒さんのこともずいぶん可愛がってくれた。そこに鳥居が倒れていたのを知っていながら土地を購入するだけのことはあり、由美さんのほうは特に物怖じしない、気概のある人だった。

夫婦が住み始めて間もなく、怪異は起きた。

ふたりが家を留守にしているときに限って、防犯会社の設置しているセンサーが反応するのである。

それは一度や二度ではなく、何度も起きたという。特に夫婦で旅行に行っている時などには、夜になるとかなりの頻度で起きていた。そのたびに防犯会社の巡回車が立ち寄り点検をしていたが、侵入者のあった形跡が見つかることは一度もなかった。

奈緒さんは、あの土地はやはり良いものではないと思った。しかし由美さんはそういうのに強い何かを持っているような気がした。奈緒さんにはとても優しいのだが、凡人にはない強さを感じる。だから本人がいるときには怪異は起きなかったと、奈緒さんは思っていたのだが…。


数年後、由美さんは子供を身篭った。そしてその頃から由美さんも怪現象に見舞われるようになった。

夜、布団で寝ていると、足を引っ張られるのだという。

寝苦しさに目を覚ますと、金縛りになっている。男のものと思われるごつい手が両足首を掴んで、下に引っ張っていた。同時に何を言っているのかは分からない、呪文のような御経のようなものを早口で唱えている男の低い声も聞こえた。

由美さんが金縛りに遭い、動けぬその身体で必死に抵抗をしていると、手は引っ張るのをやめて足を弄るようにしながら、脛から太ももにかけてゆっくりと上がってきた。

由美さんは子供を身篭っている。

自分の足は触られても、女性器や子宮、おなかだけは絶対に触らせたくなかった。あらん限りの力を振り絞り、叫び声が出ると同時に金縛りは解けた。聞こえていた声もなくなり、手も消えていた。

その叫び声が夜中、奈緒さんの家まで聞こえた。驚いたが、その後特に変わった様子はなさそうだったので、翌日に会ったときに訊いたらこの話をしてくれたのだという。

由美さんは「悪い夢でも見たんだと思う。驚かせてごめんね」とそのときは笑っていたが、後日訊いた話によると、その後も同じような現象に何度か遭っていたらしい。


やがて由美さんは男の子を産み、『誠』と名付けた。

だが誠君は産まれたときから右目に異常があり、生後数ヶ月で目の手術をしたが結局よくならず、右目は幼くして義眼だった。

奈緒さんは誠君を自分の弟のように可愛がった。

誠君も奈緒さんのことを、自分の母親が奈緒さんに対してそう呼ぶように『なおちゃん』と呼び、とてもなついていた。

あるとき、誠君はおかしなことを言った。

「なおちゃん、うちには怒っている人がいるの。僕その人が怖い」

「パパかママに怒られちゃったの?」

訊き返すと、首を振りながら「ううん、違う。違う人」と言った。

奈緒さんは背筋に冷たいものを感じたが、誠君はまだ幼く、悪い夢でも見たのか、またそれと実際の両親に怒られたことが混乱し、おかしなことを言っているのだとその時は思った。

奈緒さんはそのときのことを、もっとちゃんと聞いてあげればよかったと後悔しているという。もしかしたら両親には言えずに、奈緒さんだけに相談していたのかもしれなかった。


誠君は四歳の時に、家の前で車に轢かれて亡くなってしまった。

片目が見えないわけであるから、普通の人以上に注意はしていたはずだった。しかもその道は見通しがよくて交通量も決して多いものではなかった。

奈緒さんは誠君の死をとても悲しんだが、同時に腑に落ちないものも感じていた。


誠君が亡くなった翌年、由美さんは再び妊娠した。

由美さんもご主人もすごく喜んでいて、奈緒さんも嬉しかった。

しかし奈緒さんは、なんとも言えない嫌な予感がしていたという。

そして臨月が近づいてくると由美さんが言った。

「誠を産む前に足を引っ張られたと言ったでしょう。それと同じことがまた起こるの」

しかも由美さんの足を掴む手は以前のとき以上の荒々しく、聞こえてくる声には禍々しさが感じられるという。

由美さん自身は精神的にも強く物怖じしないが、産まれてくる子供のことを考えるとその家にはいないほうがよいと思い、普通よりかなり早い時期から入院した。

だが、出産後に訊いた話によると、病院でも家にいるときと同じような現象が起きていたという。


入院しても夜な夜な魘される中、やがて由美さんは女の子を産んだ。

しかしその子は、肩から手が生えていた。

「肩から手って普通じゃない?」

私が聞き返すと、奈緒さんは悲しそうに俯きながら首を振った。

「…肩から手首が」


奈緒さんはその子を、赤ちゃんのときに何度か見たことがあると言った。

裸の姿を見たわけではないが、それでも見るからに痛々しかった。由美さんも口に出すことはなかったが、奈緒さんと同じことを感じていたのではないかと思う。その子を見るとどうしても頭に浮かぶのが…。


――鳥居だった。


そのように思いたくはなかったが、胴体から直接手首が生えている姿は、まるで因縁によって鳥居が再生されたかのように思えてしまった。


不幸は重なるもので、由美さんが娘を産んだすぐ後にご主人にガンが見つかり、あっという間に亡くなってしまった。

ほどなく由美さんは一歳にも満たない娘と共に、実家に帰っていった。

鳥居が倒れていた土地に建てられた家は、誰も住人がいないまま、今も残っている。

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