リドル
@kurayukime
リドル
旅の途中で迷った挙句、嵐にあった。宿もない暗い道で往生していると老婆が私を家に招いてくれた。温かいお茶と暖炉で人心地がつくと私はうとうとしてしまった。目覚めると外はもう水底のように静まりかえり月が出ている。老婆は夕飯の支度をしていた。
すっかり食べ終わって時計を見るともう十二時。私はカタコトで老婆に礼を述べた。私は彼女の出してくれた辛い酒を飲みながら、しばらく雑談をしていたが、ふと
「いやあ、本当に命を救われました」
と言った。老婆は少し悲しいような顔をして黙ってしまった。
なにかまずいことを言ったろうか、と謝ると
「謝らなくてもいいさ。ただ思い出したんだ。私も命を救われたことがあるんだよ」
昔の内戦の話さ。もっとも、この国は絶えずやってるけどね。
ある女が……小さな女の子を連れて走っている。逃げているんだ。もうすぐそこまで兵士が来ている。捕まったら殺される。逃げている人間は誰だって殺すんだ。
子供は走っているうちにふっと気が遠くなった。
手から子供が離れる。女は担ごうとするがままならない。どこから見つけてきたのか、大きなリュックに子供を詰めて背に負った。
ところが重くってまともに走れない。逃げる人たちから置いてかれる。
「あんたそんなもの置いてきなよ! 自分の命より大事なものがあるかい!」
女は遅れに遅れ、振りかえると兵士の姿が見えた。振り返ったのが良くなかった。彼女はすっころんじまった。
膝をつくと女は思った。自分の命より大事なものがあるか?
女はリュックをおろすと走り出した。けれどすぐに捕らえられてしまった。
女は隊長の前に引き出された。隊長の足元には我が子がいた。
「ああ、どうかその子を殺さないで」
子供は母親をにらんだ。リュックの中で目が覚めて、自分の身になにが起きたのかわかっていたんだ。
「お前はもはや母親じゃない」
「ああ、神様、改心しました! その子だけはどうか……」
隊長は女に向かって銃を向けた。
「それならこうしよう。お前がここで死ねば、この子供は助けてやる。絶対に。だが、逃げ出すのなら俺達は絶対にお前を殺さないだろう。約束する。ただしこの子供は殺す。絶対にだ」
老婆はそこで口を閉じてしまった。
私たちは嵐のほうがマシだというほど冷たい沈黙の中にいた。
私は聞かずにはいられなかった。
「それで、それはいつの内戦のことなんですか。あなたは……どちらなんですか?」
老婆は答えず、じっと両手を見つめていた。
リドル @kurayukime
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