子犬①

一夜丸々飛び続け、漸くメリュー公国の領空に入ることが出来たが、大きくも小さくもない国土のド真ん中にある首都に着くには、まだもう少しだけ時間が掛かりそうだった。

日が昇ってきて暫くすると、鈴鹿が1番に目を覚まして、「おはよさん」と挨拶をする。


「よく眠れたみたいじゃな、もう首都を囲む壁が……」


「まずは挨拶や、1番大事なもんや。慣れてもしてかなあかんもんや」


「おはよう。はははっ、悠久の時を生ける私が、おぬしのような若いのに説教を受けるとはな、私もまだまだ未熟なようじゃな」


「生けるものは死ぬまで学ぶものや、聖家を名家にしてみせた私だってまだまだ学ぶ事がある。剣聖と呼ばれても尚な」


以前持っていた刀とは違う刀を抜いて目の前に突き出し、まるで過去の因縁を断ち切るように振り抜き、肩に峰を置いて右手を逆手持ちに変え、くるんと刀を回してから納刀する。


「これはな、伊勢・桑名の刀鍛冶が作った村正や呼ばれとる。もう1つは正宗と言うんやけんど、どっちも真田信繁殿が持っとったんよ。最後に家康を討てなんだ未練が残っとる、日本一の兵の刀や。私はその人に憧れて越えようとここまで来た、徳川と戦い続けた末、幸村はんが敗れて咄嗟に拾ったらこの世界や」


「大変なのであったな、おぬしらが戦をする時、理由はなんであった。またそこに大義はあったか?」


「そんな眠たなる事考えた事も無い、ただ太閤殿下に受けた御恩を返す。義理は押し通すってやつや、恩は返されへんからこそ真価を発揮する。やけんど、返さずには居られへんのや」


「この世界とは随分と違う文化であるな、ヤーパンと似ているとは思うが。そうか、受けた恩を命に変えても返すか」


「なんや、そんな相手が居るんか」


「居たと言うだけだ、そしてまた現れようともしておる。巻き込んですまぬな」


「いや、こっちこそ余計な事聴いたな。死んでると思わんだで、申し訳ない」


しんみりとした空気に支配された空間から抜けようと速度を上げ、街に入る為の門を無視して王城に降り立つ。

まだ皆は目を覚まさずに寝ている為、暫く中庭で待機する事にした。


子犬パピー! 何をしている、お前はもっと早くこの国に到着していなければならないだろ、それなのに大遅刻だ、期限も守れんようなクソに育てた覚えは無いぞ。そのクソ甘ったれた根性を叩き直してやろうか」


突然中庭に響いた、全身を痺れさせる大声が背中にぶつけられると、そこにはこの国で見るとは思いもしなかった、かつてのトラウマの姿があった。

その昔、ドラゴンと人間が共存していた国の軍人だったその人物は、いくら思い返してもと叱責された記憶しか無い。


そのあまりの大声に飛び起きた3人は、寝起きにも関わらず背筋を伸ばして、よく分からないまま座っている。

そっと4人を手の上から下ろして、人の形に戻ってから飛び立とうとしたが、笑顔の鈴鹿に尻尾を掴まれ、地面に叩き付けられる。


「貴様は自らが大将という役職を忘れ、他国で一体何の目的があってクソみたいにほっつき歩いていた! そんなクソみたいなお前の所為で、どれだけの期待が裏切られた! 答えてみろ子犬パピー!」


「分からぬ……じゃが目的の物は鈴鹿が密か……」


「質問の答えになってないなクソが! こんなに簡単な話も分からないクソ未満のクソが、一丁前に大将を名乗るな! 自覚が足りないクソにはクソしかくれてやれん、それとその情けないクソみたいな喋り方をやめろクソ野郎!」


「クソクソクソクソそれしか言えねえのかクソ売れ残り野郎! さっさと結婚して田舎暮らしでもしておれクソ教官!」


「ほぅ、私がいつ発言を許したクソ甘ヘボドラゴン! そしてそのクソみたいな神力と龍力は何だ! クソ情けないにも程がある! 私は結婚に憧れていた時もあったが、私はお前たちクソ共の相手でクソ精一杯だ、どこを見てもクソクソクソ! クソ溜りのクソ甘共の世話でな!」


「だがあの国は最早滅びた、さっさと結婚すれば良かったものの。その性格のせいで男に逃げられてばかりなのであろうな」


その言葉が出た瞬間に、頭の耳がピクっと揺れたのを見て、その発言をクソ後悔する。


「なら、そのクソみたいな共感の下で育ったお前なら問題無いな。シークに言っておけ、私の結婚相手が決まったとな」


「待たぬかそこの騎士、そんな事を言ってはならん。こんなのと結婚だなんて……」


「口を慎め子犬!」


「はっ! ……体に染み付いたものが、どうにかしてくれぬかアリス、鈴鹿、ナーガ、軍師殿」


だが、全員が気迫に押されて従順になっており、アリスは錆びた剣を磨き始め、鈴鹿は刀の手入れ、ナーガは翼の手入れ、軍師殿は苦笑しながら見ている。


「結婚式は教会だな、白を基調としたドレスに……」


「その辺にしておいて下さいカミラさん、お待ちしておりましたトール様。無事にドラゴンたちは全員連れ出せました」


腰に剣を携えたメルトがカミラの後ろから現れ、どこか垢抜けた顔で前に出て来て、私に敬礼をする。

その敬礼に敬礼で返して、踵を返したメルトの後に続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る