子犬②
「何だ貴様らは、腕立ての500も出来ないのか! そのクソみたいな誇りも所詮その程度か、腹括ってれば生きられると思うな! 自分を甘やかすなクソ共、そこの1番端の前から4番目、やる気が無いなら田舎帰って肥料にでもなってろ!」
「うっ……まだ出来ます!」
始まってからずっと叱責を飛ばすカミラの隣に立たされ、訓練を始めた龍人たちが汗を流す姿を見ながら、カミラの機嫌を時々伺う。
ぴょんぴょんと跳ねる髪を揺らしながらナーガの胸倉を掴み上げ、私の方を振り向いて何かを訴える。
それだけで分かってしまう程刷り込まれたその目は、覚悟の無いものを徹底的に許さない。
帰ってくる途中でメルトの襟首を掴み上げ、私の前で2人を掴んでいた手を離す。
「メルト様に何を……」
「黙れ見切り発車! 貴様も何だ! 腰の大層な剣はただの飾りか、私の訓練は戦場に出る時の格好でやる、扱えない剣をぶら下げたいならそれに見合う実力になれ! お前がやれアイネ!」
メルトを慕って付いて来ていた龍人が立ち上がるが、一言で黙らされてしまい、それ以降罵声すら浴びせられなかった。
「私がか……私がか、ならば城の周りを5周じゃ。その後お茶にでも……」
「貴様も一緒に城の周りを走って来い! この龍人が全員腕立て終わるまで休むなよ、早く行け蛆虫共!」
「うむ」
「ヘナチョコクソ甘ドラゴン、何だその気の無い返事は! お前だけ訓練が終わったら来い!」
「ダー!」
「お前たちも何を突っ立っている! 私は走れと言ったのだ、ここから走っていけ!」
「はい!」
「はぃ!」
元気良く返事を返したメルトに続いて、精一杯の返事をしてみせたナーガが睨まれるも、流石にそれ以上出ないと分かったのか、何も叱咤せずに睨むだけに留める。
2人を連れて逃げる様に中庭から出て、城の外には出ず、公国の王であるシークの部屋に逃げ込む。
「おやぁ、どうしたのかな螺旋の
ドアを開けて戸惑う2人の手を引いて部屋に入れると、ロッキングチェアに腰掛けて揺れるシークが、狐のような目で、からかう様な笑みを浮かべる。
「その呼び方はやめてくれぬか、100年戦争はもう忘れよ」
「ごめんねぇ、君が来るのが分かったからつい。僕が言ってるのは百龍戦争だけどね〜」
「同じ戦争じゃそれは、我ら100のはぐれた龍が戦ったと言うだけのもの。それなのに前例が無いからと騒がれただけのもの、世間には100年戦争と広く広まっておる筈じゃろ」
「君はつまらない事を言うな〜、もっと面白く行こうよ〜」
「世間が見ておるのは真実だけじゃ、我々が見ておるのは現実じゃ。お主ら
「まぁまぁそう熱くならないでよ螺旋の霹靂、君のお母さんが死んだのは君のせいじゃないか。世界に八つ当たりしてても格好悪いよ〜、うわぁーださ〜」
口に手を添えてくすくすと嘲笑するシークに呆れて、最早怒る気も失せた私は、高価で手が出せない本を棚から取り出し、ぱらぱらとめくる。
本の内容は、1人の少女とドラゴンが互いに惹かれ合い、いつも一緒に過ごしていたが、16の誕生日の日に、少女が突然勇者に祀り上げられ、それを追うドラゴンの青年が取り戻そうとする話だった。
少女は人間の代表として人類の先頭で戦場を駆け、ドラゴンの少年が龍人たちの先頭に立ち、かつての親友が剣を交えている挿絵まで描かれていた。
その本を閉じて小さな丸い机に置き、次の本を本棚から取り出す。
「んでどうよ、確かに安置されていた死体が消えたんだろう? ねぇねぇ、安寧を崩壊させる少女をもう持ってるんだよね〜、今度僕に見せてよ〜」
「そろそろ行こう、世話になったなシーク。昔を語る気は無いからな、そろそろ終わっている頃であろう」
「んじゃねー、連れてきてよね次は」
「気が向いたらな、最もお前の手に渡す気は無い。夢幻の創造主は怪しいからな。同じ四聖帝に渡すなら、トゥレオに預けるさ」
「連れないなー」
その言葉を背中で聞きながら2人を先に部屋から出し、その後に続いてシークの部屋を出るが、明らかに雰囲気がガラッと変わっていた。
流石の変わりように気付いた2人も身構えていたが、害が及ばない様にパラシュに守らせる。
「七曜帝の力を試させてもらうよトール、僕の創り出した幻影に殺されないでよ〜」
シークの声が城内に響いた後、大量の足音が階段を駆け上る音が聞こえ、武装した公国の騎士が姿を現し、目の前で隊列を組んで武器を構える。
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