自分が生き甲斐なやつは⑦

「本当によろしいのですかトール」


「うむ、私が飛んだ方が速かろう。私たちはこのままメリュー公国に入る。次に会う時が、おぬしと相対する時でなければ良いが」


「以前の様に、共に戦線を駆け抜けられる事を祈りましょう。この世界がどう傾くかは私にも分からないですから、これが最後になるかもしれません。なので言っておきます。ありがとうございますトール、そしてまた会えるおまじないとして、行ってらっしゃい。ミズガルズの尊い守護者、そして人間たちの友」


「ふん、先読みのし過ぎなど無駄であろう。が、確かにこれが最後になるやもしれぬ。そしておぬしには特に世話になった、オシナに取り合ってくれて感謝する。私からも呪いを返そう。行ってきます、牛頭天王」


互いに最後になるかもしれない笑顔で挨拶を交わし、トコハナ以外は見送りの無い鳥井を振り返り、飛ぶ前に手を振る。

笑顔で手を振り返して、見えなくなるまで見送ってくれた人影から視線を外し、まだ眠っている全員の寝顔を眺め、薄い雲から顔を出した月を見上げる。


「月を見上げるより、寝顔を見ていた方が余程気が休まるな。少々痛みはあるが、この体もまだまだ行けるようじゃ」


「ほうか、無理はせんようにな。にしても、あんたさんもようやりはるわ。そない私らを起こしたなかったんか」


寝入っていると思い込んで独り言を呟いていたが、いつの間にか目を覚ましていた鈴鹿に聞かれていたらしく、同じく頭上の月を見上げる鈴鹿に視線を向ける。

目が合って微笑んだ鈴鹿は、風を切る音に合わせて、聞いた事の無い歌を口ずさむ。


人間じんかん五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻ゆめまぼろしの如くなり。一度ひとたび生をけ、滅せぬもののあるべきか」


「何じゃそれは」


「人の世の中の五十年間は、下天のそれとくらべればあっという間の時間や。その下天の住人にもやがて寿命が来るのに、人として生まれた者は皆、どうせ死ぬことと決まっておる。それくらいと思ってもろたらえいわ」


どこか物足りないと言う切ない笑顔を作った鈴鹿に、私がよく聞かせてもらっていた歌を返す。


「Well, I will pray to God on high

that thou my constancy mayst see

And that yet once before I die

Thou wilt vouchsafe to love me.」


「ほぅ……なんやよう分からん発音ばっかやなぁ、ほんで意味は何やろか?」


「私は天高い神に祈ろう、彼女が私の忠誠に気付き、死ぬ前に一度でいいから彼女が私を愛してくれることを」


「その歌に出てくる彼女に近しい者が居るんか? ほやったらあんたさんはもう愛されとる思うで、アリスちゃんから色々聞かせてもろたし、クライネちゃん言うんやろ。可愛らし子や聞いたけど、王様なってもうたんやろ。身分の差なんて大して問題やない、その辺は私が保証したるで」


「何じゃ、そこまで知られておったのか。

見た目に反して、おぬしには何故か敵わんな」


「当然や、それなりに当主して来たんやし。もっと言うたらいろんな恋もして来た、辛い事も一杯あった……にしても、えい風に綺麗な月、ここで一杯やりたいくらいやけど、この子らの寝顔で我慢しといたる」


静かに寝息を立てるアリスの頬を小さな指で突っついた鈴鹿は、今度は優しい笑顔を浮かべて、全員に掛けられている布を掛け直して回る。

布が飛ばない様に手のひらを龍力で覆ってはいるが、寝返りなどで、どうしても直す役が必要になっているようだ。


顔を出した眠気をからかってやると、すぐに顔を引っ込めて顔を引っ込めてしまう。

それを見て笑っていると、いつの間にか鈴鹿が眠っていた。

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