千変の百鬼将①
ぺたぺたとのろのろと地面を走るヨルムは、中央の塔からそう離れていない場所で既に息を切らして、倒れ込む様に私を地面に下ろす。
ぜぇぜぇと大きく肩で呼吸をして、地面か私か分からない境界線を一点に見つめている。
「もう駄目〜」
「その駄肉を落としたら少しは楽になるやもしれぬな」
「大きいのは成長したからです〜、これでもお腹はすごく細いんです〜」
「重いのには変わりなかろう」
ふうっ、と息を吐いて立ち上がったミドガルは、私を置いて先程よりも遥かに早いスピードで走り出す。
「待たぬかミドガル、私を置いて行くでない!」
「んも〜、乙女が傷付くことを言うからだよ〜。じゃあ〜頼んで? 母なる龍ヨルムちゃん、このままベッドに運んでいって一緒に一夜を明かして……」
「ジャンヌは来てくれぬのか」
「残念だけどここでお別れね〜、悲しいわ〜」
わざとらしく涙を拭う真似をして背を向けたミドガルは、抵抗出来ない私の頭を満足するまで撫でて歩いていく。
「お前たちそこで何をしている!」
こんなにもたもたしているせいで巡回していたらしい騎士に見つかって、血相を変えて槍を構えながらこちらに走って来る。
だぼだぼの布を着せられている私は明らかに脱獄犯だと判定されるが、鱗を綺麗な服にしているミドガルは、上手く言いくるめれば難なく逃れられる。
取り敢えず敵意が無い事を示す為に、仰向けになって騎士をじっと待つ。
こんな劣等種如きに好き放題やられるのも気に食わないが、クライネの為なら仕方が無い。と言うより動けない。
「その服は捕虜の着るもの。こんな子どもが捕虜とは、余程の事をやらかした危険なやつなんだろうな」
やっぱりミドガルよりこちらに来た兵士は殆どひとりごとのようなことを言って、死体のように反応しない私を槍の尻で突つく。
今すぐ燃やしてやりたいという衝動を抑えて、より高度な死体のフリを心掛ける。
「あの〜、その子捕虜じゃなくて〜。私の奴隷なんです〜」
戻って来たミドガルに服を掴まれて、まるでボールの様に小脇に抱えられる。
「これは失礼致しました、麗しき麗人」
たったその一言で敬礼して分かりやすく鼻の下を伸ばした騎士は、にやにやしながら巡回に戻っていく。
手をひらひらと振って何度も振り返りながら歩いて行く騎士を見送り、ミドガルは私を抱えたまま走り出す。
正直この抱え方は吐きそうになるので文句を言いたいが、先程とは明らかにスピードが違う真面目モードで、何度も催す吐き気を我慢する。
「待たぬか捕虜とその仲間よ、逃げ切れると思っておるのか」
「正直馬鹿ばっかりなので割と思ってました〜、戴冠式の途中なのに騎士長様がこんな所に居るんだもの〜」
「ああ言う場は儂には合わん、それ故警備に回らせてもらった」
「どうしよアイネちゃん、このおじいさんアイネちゃんと同じ様な喋り方だから殴りにくいよ〜」
「
「まぁ、ぶん殴るけど〜」
騎士長が腰から抜いた剣は、遥か昔にロキが鍛えたといきり立っていた時に持っていた剣と酷似していて、その剣は最悪の予想と共に目の前に現れる。
珍しく真面目に強化していた姿を思い出して、敵に回るとあまり良くないとロキも笑っていた。
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