あなたに花の言葉を

@syoutuki

不器用で口下手な少女の話

 小さな部屋に静かに響くレコードの音楽

 微かに香る花の匂い

 ここは商店街の隅にある小さな小さな花屋

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 私の家の近所には小さな商店街がある。あまり人気は無かったのだが、最近女性客がよく来るようになった。その商店街には八百屋から魚屋、飲み屋まであるので、一人暮らしをしている女学生などに人気があるようだ。

 私の両親は商店街で御茶屋を経営しているからか、女性客からの評判がよく、今では毎日たくさんのお客さんが来ている。少し前まで廃業寸前の店が並び、1日に人が10人前後しか来なかった商店街が、突然の女性客の波によりちょっとしたニュースになるほどに人気が出たのだ。

「薫、ちょっと届け物お願いしてもいい?」

 橘 薫(たちばな かおる)、私の名前だ。明るいハキハキとした声で話しかけてきたのは私の母。ソファで寝転んでいた私を見て暇だと思ったらしい。

「えー暑いからやだー」

 あからさまに嫌そうな返事をする。

「えー、じゃないの!どうせ出かける気もないんでしょ?人見知りお嬢様」

「何その呼び方」

「その通りでしょー?アンタ、家ではうるさいくらいに喋るくせに、他所では一言も喋らないんだから。母親はこんなに明るくてよく話すのに」

「あーもうはいはい行けばいいんでしょ行けば」

 これ以上話すと母のお説教が始まりそうなのでしょうがなく行くことにした。花屋のお姉さんに茶葉を届けてほしいとのことだ。家から出て左に5分歩くとその店はある。

 花屋『Like』、経営者はなんとお姉さん一人。お花と音楽が好きな普通のお姉さんなのだが、高校3年生になって親に頼んで自分で開いたらしい。恐るべき実行力である。

「お姉さんいるー?」

「はいー、あら、橘さんのところの娘さんね、どうぞー」

 店の奥から出てきたどこかフワフワした雰囲気を持つ女性がこの店の経営者、花井 千咲(はない ちさき)。明るい性格で、歩くだけで周りの人を魅了するほどの美貌をもつ。女性としては羨ましい限りである。私はあまりあったことはなく、話したことも指で数えるほどでしかない。

「これ、茶葉です。お母さんから」

「そういえば橘さんの家は御茶屋さんだったわね、ありがとうねー」

 花井さんは待ってましたと言わんばかりに台所に走る。貰った茶葉で早速紅茶を作るようだ。

 私の家は御茶屋と言っても色々な種類の茶を扱っている。紅茶に緑茶、抹茶、フルーツティーなんかも扱っている。ゴチャゴチャして酷いことになりそう、と周りの人は思っていたのだが、「ここまで来たら落ちる所まで落ちるわよ!」と母が軽く暴走気味に行った試みなのだが、ここまでくると御茶屋どころかもはや茶葉屋である。しかしこれが意外にもいい評判になったのだ。特に女性に。

「薫ちゃん暑かったでしょ?よかったらゆっくりしていって?貰い物のお菓子があるの」

「え...っと」

「どうせ暇でしょ?それに飲んでほしいものもあるの!」

「?」

 飲んでほしいもの?今から紅茶を作って飲むのではないのだろうか。頭に疑問符を浮かべているとポットと二人分のコップをお盆に乗せて花井さんがこちらにチョイチョイっと手を縦に振ってきた。花井さんのいるところに向かって歩くと、何かに誘惑されるような匂いがした。

「じゃじゃーんブレンドハーブティー!」

 ポッドの中には茶葉のような葉や固形のものが入っていた。嗅いだことのない不思議な香りに思わず生唾を飲み込む。

「お姉さんがブレンドを?」

「うーん正確には私とマスターかな」

「マスター?」

「うん。あれ言ってなかったっけ。

 私、夜はこの店の裏にあるバーで働いてるんだ」

 私はハーブティーを飲みながら顔を横に振った。口の中でジンジャーに似た香りが広がる。

 ちなみに、初耳である。そもそも話したことがあまりないのに知ってるわけが無いのである。それにしても朝昼は花屋ここで働き、夜はまた違うところで働くとは大変だろうと思いシフトどうなってるのか聞いてみると、そんなに大変では無いらしい。なんでも好きなときに行って好きなときに働くとのこと。しかもそれで花屋の援助もしてもらってるとか。なんかもう、メチャクチャである。

「あ!よかったら今日来なよー。薫ちゃん夏休みでしょ?

 私からも頼んでおくからさ!」

「えぇ……」

 半ば強引にバーに連れて行かれることになった。まぁ私も夏休み中とはいえ学生なので母に良いか聞いておくが。この後花井さんの手作りだというお菓子をいくつかもらって家に帰った。太陽はもう水平線に埋まりかけている。

 家に帰った私は早速、お茶を飲みながら床に寝そべっている母に話をした。

「へーあのバーにねぇ」

「お母さん知ってるの?」

「まぁねー。にしてもついに薫があのバーに行くとはねぇ……」

 母はニヤニヤしながらこちらを見てくる。

「な、なによ」

「んー?いやね、薫もやっぱり健全な高校生女子なんだなぁと思って」

「なにそれ意味分かんないんだけど」

「まぁまぁ安心しなよ、あの人すごいから」

 すごいって何が?と聞こうとしたその瞬間、ピンポンっとベルがなった。誰か来たらしい。扉を開けるとレインボーブリッジのように繋がった眉毛が特徴的な男性が立っていた。

「おや、薫ちゃんじゃないか」

「こんばんは、八百屋のお兄さん」

 商店街に数ある八百屋の一つ、家族で営業している『田舎菜いなかさい』の息子、羅宇らうさんだ。夜に突然なにかと思い、用事は何かと聞くと、花井さんに私を呼ぶように言われたようだ。ということは羅宇さんもバーのお客さんなのだろうか。外に出る用意をしていると、後ろから母が「ちゃんと正直に話すのよ……」とニヤニヤしながら言ってきた。

 なんだかバーの事を話してから母の様子がおかしい気がする。私は首をかしげながらバーに行った。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 花屋の脇道を進んでいくと青紫に光る扉が壁に埋まるようにあった。羅宇さんは扉の前で一度立ち止まり、扉をノックした。その後扉に向かって何かを囁いた後、扉はゆっくりと開いた。扉を開いたのは花井さんだった。

「いらっしゃーい。あら、薫ちゃん来てくれたのね」

「いや花井さんが呼んだんでしょう」

「へへへー」

 ニカッと笑う花井さんはよくマンガなどで見るバーテンダーの格好をしていた。いつもふわふわとした感じなのでなんだか少し違和感がある。

「ゆっくりしていってねー。ジュースもあるし、お菓子もあるよ!」

 元気に話しかけてくる花井さんとは別に、静かにグラスを拭く老人がいた。彼がマスターだろうか。そんなことを考えながら頼んだオレンジジュースを飲んでいるとチャリンチャリンと音がなった。どうやら誰か来たらしい。

「いらっしゃーい。マスターに御用の方かな?」

「えっと、多分そうです」

 来たのは私とそんなに歳が離れてなさそうな少女だった。茶色い長い髪をなびかせて奥にいる老人___マスターのところにスタスタと歩いていった。

「薫ちゃんはここに来るの初めてだったよね」

「え?あ、はい」

 突然話しかけてきたのは羅宇さんだった。いつの間にか後ろにいたので少し驚いた。

「ここのマスターにはよく女性が会いに来るんだ。なんでだと思う?」

「えーっと……昔馴染みとか元カノとか?」

 予想外の回答だったのか、羅宇さんは少し間をおいて戸惑ったように不正解、と告げてきた。そんなに変なことを言っただろうか。

「まぁ話聞いてなよ、すぐにわかると思うから」

 そう言われたので聞き耳を立てて話を聞くことにした。


「本日はどんなお話で?」

「その、私の、幼馴染なんですけど。すごくかわいい人なんです。笑顔が眩しいし、小柄だし」

「そうですか」

「でも、すごく鈍感なんです」

「ふむ。だから、気づいてくれないと」

「そうなんです。昔、結婚しようって約束したのも、もう覚えてないんです」

「それは大変ですね」


 これは、恋愛相談?そう思って思わず羅宇さんの方に振り向くと、羅宇さんは口元に指を当ててきた。もう少し話を聞くことにした。


「お客様、クローバーをご存知でしょうか」

「クローバー?あれですよね四葉の」

「それです。あれにも花があるのもご存知ですか?」

「シロツメクサ……でしたっけそれがどうかしたんですか?」

「えぇ、少し思い出しまして。シロツメクサの花言葉は『私を思って』『約束』です。要はあなたは彼を大切にしたいと同時に大切に思われたい。ですよね?」

「そうなんでしょうか…」

「きっとそうだと思いますよ。それに私は彼もあなたを大切に思っていると思っていると思いますがね。男というのは鈍感と思われがちですが案外そんなことはないんです。バレないように隠してるだけですから」


 話が終わったのか、少女は顔をパッと明るくしてマスターに頭を下げ、走って店を出ていった。

「今のって」

「まぁ、うん。恋愛相談だよね」

「やっぱり」

「マスターってね、花言葉いっぱい知ってて、それ使って色々アドバイスとかしてあげてるんだよ!」

 自分のことのように喜んで大きな声で花井さんが教えてくれた。軽く流していると近くからマスターが話しかけてきた。

「お嬢さん、クローバーにはアカツメクサという花もあります」

「はぁ」

「花言葉は『勤勉』。宿題、終わりましたか?」

 ゔっと変な声が出る。マスターからの第一声が無言の圧力とともに予想外の言葉がきたので色々いっぱいだった。とりあえず時間もかなり遅かったので帰ることに。

「宿題が終わったらまた来てくださいね、お嬢さん」

「…はい」

 後日、母にマスターの話をすると大笑いされた。

 その日は宿題を速攻で終わらせた。

 マスターの話をもう一度聞きたかったからだ。

 また夜に、聞きに行こう。


 マスターと客の、愛の話を。

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