26.過激派に臆する本家

 2021年10月15日金曜日。神奈川県川崎市、『エコービル』B5F。

 

 放課後――習慣になりつつある戦闘訓練に励んでいたバジルは、剣を交えながら唐突に疑問を口にした。


「そういえば、昨日捕まえたローブの男って、あのあとどうしたんだ?」


「うーん……ボクも詳しくは知らないんだけどぉ、聞かなきゃいけないことがあるのは事実だしねぇ……普通に考えたら、例の剣の出どころとか、聞かれてんじゃないのぉ……?」


 バジルの斬撃を軽快な身のこなしでかわしながら、真っ白い機巧少女は淡々と答えた。彼女の声音と回答の内容からいって、具体的に話すと差し障りがある内容だったに違いない。

 本来なら、ここでさらに言及するべきだろう。仲間に隠し事なんておかしい、そう言われた場合に、恐らく機巧少女は回答を渋らない。


「――あれ、ジルくんは気になんないのかなぁ……?」


 しかしバジルは、いつまでたっても追窮してこなかった。機巧少女は、それこそがバジルの優しさなんだと納得して嬉しく思っていたが……残念ながら現実は違う。


 なぜかぼんやりとしていたバジルは急に攻撃をやめてしまい、彼の行動を読めなかった機巧少女はそのまま、サーベルを持った右手目がけてナイフによる斬撃を見舞った。その威力は凄まじく、相変わらず脆弱な白い表皮とさらに骨肉を軽々と両断してしまい、バジルの右手首に新たな関節が誕生した。


 ――それでもバジルは呆然と、地下4階のエレベーターを眺めている。


「じ、ジルくぅん……ご、ごめん。手加減できなくってぇ……」


「――気にしないで、もう治ったみたいだから。まだ少し痛いけど」


「ごめんなさい、なんだけど……ジルくんが途中で集中力を欠いたせいなんだよぉ?」


「そうだった……ごめん。次回は気を付ける」


 機巧少女の声でようやく我に返ったバジルは、激痛に薄っすら涙を浮かべながら謝罪の言葉を述べる。もはや、大怪我が単なるかぶれ程度の異常に成り下がってしまったバジルだが、神経系はまだ正常に機能しているらしい。


 それはともかく、なぜ急にバジルが攻撃を中止したのか、機巧少女にはわからなかった。


「ところでぇ……さっきジルくんは、何を見てたのかなぁ……?」


 するとバジルは、意味不明且つ気色の悪い言葉を口にした、


「ああ、なんだか……上階に、妹がいる気がしてね……」


「い……妹、だとぉ…………ジルくんにいたっけ?」


「いや、いないけど。むしろ妹がいたら欲しがらないでしょ」


「そ、そうなんだぁ……ちょっとキモいけど」


 結局、理由を微塵も理解できなかったたいへん不毛な茶番に、機巧少女はバジルへの罵りと共に大きなため息をついた。ちなみにHarderは、何かにつけて姿形のない妹を推すバジルの闇を知らないため、まだこの程度の反応で済んでいるのだ。


 二人が徒に見つめ合っていると――その数分後、満を持して二人の前に現れたのは、最近になって態度が悪くなってきたヴォルカンだった。


「お二人とも、今すぐ会議室までご同行願います」


「出たな、ヴォルカン……今日は一体、俺をどんなふうにこき使う気だ……?」


「こき使うだなんて、とんでもないです。今日はただ、会議に出席していただくだけですよ。本当に何もしないで、ただ会議の内容に、黙って耳を傾けていただきたいだけですので」


「そ、それはそれで不服なんだけど……」


 こちらもまた不毛なやり取りを繰り広げ、傍から聞いていただけの機巧少女は、再び大きなため息をついた。


「それで、蓮美さんですけど……そのままで構いません。会議への出席をお願いします」


「はぁい。了解ですぅ」


「あれ……ヴォルカン今、Harderをなんて呼――」


「それでは、参りましょうか」


          ×  ×  ×  ×


 午後16時20分。


 バジルがまだ訓練をしていた頃――エコービル5階にて。


「本日は、わざわざ足を運んでいただき、恐縮です」


 ヴォルカンが折り目正しく一礼すると、客人の男性と付き添いだと思われる二人の少女は、彼の倍以上の角度まで頭を下げる。


「お初にお目にかかります、私はロゲスト・カーンと申します」


 小太りの男性は額に汗しながら、淡々と自己紹介を述べた。さらに彼は、右側に立つ金髪の少女を娘、左側に立つ紺と白の給仕服を着込んだ女性を秘書だと、それぞれ紹介した。


「まーま、取りあえず掛けてくださいな」


「では……失礼します」


 社交辞令的に、窓際の大きなデスクに座る男性と礼を交わしたロゲストは、シンプルで小奇麗なソファーに腰をおろす。

 男性と二人の女性の顔色をうかがいながら、ヴォルカンは本題についてゆっくりと言及した。


「まず初めに――いつ頃から、派閥が二つの勢力に別れたのでしょうか?」


 ヴォルカンの質問に答えるよう言われている給仕服の少女は、手前のテーブルに原稿のような用紙を置いて、それをひととおり眺めたのち、


「時期としては、第3期24年頃……西暦2001年辺りからです」


「わかりました……。次に――両勢力はどういった経緯で、現状の交戦状態に至ったのでしょうか?」


「はい。わたしたちは、日本の現代社会のシステムに則ったライフスタイルを望んでいます。対して、アズガルズ率いる過激派は、日本国を覇権国家へとつくり変え、今やニコラエル派が支配するアメリカ合衆国を征服することを目論んでいる……と、わたしたちは考えているのですが、事実確認ができないため断言はできません」


 途中まで力強い口調だった女性だが、後半に行くにつれて徐々に発言の信憑性と説得力が失われていった。


 しかし眼前の少女たちと敵対する勢力が、目下魔剣の量産をしようと企んでいることをすでに知っていたヴォルカンは、室内の同志たちに目配せしたのち、自信喪失している少女に対して追窮することをやめた。


 それはさておき、ヴォルカンはある問題箇所を発見してしまったために、訝しげに首をかしげながら唸り声を上げる。

 それは先ほどの少女が回答の中で口にした「わたしたちは、日本の現代社会のシステムに則ったライフスタイルを望んでいる」という部分についてだ。


「ロゲスト様のご要望にお応えするには、少々問題がありまして。我々『関東派閥連合』は、終極的に日本国内の無所属を殲滅しようと考えております。目的や手段に関しては伏せさせていただきますが、その際にロゲスト様の望んでおられる『日本の現代社会における社会生活』を実現することができなくなってしまう可能性が十二分に考えられますので……」


 ヴォルカンの発言に対するロゲストたちの反応は、絶句だった。

 確かに、まだ10代の少年が、真顔で人類滅亡を語っている状況は、明らかに異常だ。現実的に社会生活がしたいとのたまうロゲストたちのほうが、妄言を語っているように思えてくる程に、遠慮も弁えもない宣言だった。


 そのまましばらく沈黙していたロゲストは、小さく咳払いをしたのち、


「誠に勝手ながら、私たちは新人類による開拓の補助をすることはできません。ですが、開拓後は『関東派閥連合』に加盟させていただきたいと思います」


「それは……我々の要望を了承していただける、ということでしょうか?」


「勿論です。ですが、私たちの同志を解放していただく件については、何とぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそ。必ず全員を解放すると約束いたします」


 契約内容が凝り固まったところでロゲストは立ち上がり、ヴォルカンとローレンス派の当主の男性と柔らかい握手を交わした。


 エコービルの社長室から退出する直前、ヴォルカンはロゲストらに「明日、全体に向けて説明をしたいと思っています」と声をかけたため、本日の邂逅もとい混沌空間が実現したのだ。


          ×  ×  ×  ×


 午後17時30分。



「――と、説明は以上です。質問のある方は挙手をお願いします」


 ヴォルカンはモニターの電源を落とし、概要説明を終了する。

 彼が同志たちに話したのは、以下の内容だ。



 ・一時的に、ロゲスト率いるカーン派と同盟を締結する。

 ・カーン派過激派の代表アズガルズ・カーン以外のカーン派同志の保護。

 ・模造自在剣のサンプルとデータの入手。



 基本的に、今回の「赤い人」による事件の処理と条件に関する内容だったが、白髪の少年は躊躇なく右手を挙げ、怪訝な表情でヴォルカンに訊ねる。


「えっと……これを訊くのもどうかと思うけど、カーン派と同盟を組むのは、いつまでだ?」


「はい、一応は川崎市で頻発している事件の収拾がつくまでの間です」


「その期間、同盟を組むことで何がどうなるんだ……?」


「特に目立ったことはありませんが、ひとつ例を挙げるなら――カーン派の方々が、同盟締結中はエコービル内で共同生活をなさる、といった程度の変化ですかね」


「そ、そうか……わかったよ」


 バジルがはにかみながら着席すると、会議室の中は静寂に包まれた。

 誰も彼も、二人のやりとりだけでまだ納得できない部分が多々あるのだが、これ以上の質問は野暮だと思って沈黙を選択したのだ。



「あと、最後に……学園祭の期間中、作戦部の方々はカーン派の方々への注意喚起と校内の警備、開発部は兵器のメンテナンス、諜報部は過激派の斥候を、各自役割分担とともに実行してください。勿論、無所属の方々に怪しまれないよう、カムフラージュも徹底してお願いいたしますね」


「……ヴォルカン、無茶ぶり言いすぎでしょ」


 ヴォルカンの指示は具体的すぎて、その分本番では至らないところが多く露呈するだろう。

 バジルの評価は的を射ていたが、全員が気まずそうに口を噤んでいたため、結局はそのまま虚空へと消えていった。

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