22.そして狂戦士たちの宴がはじまった

 2021年10月12日月曜日。神奈川県川崎市、私立新川学園、高等部1年1組教室。

 

 季節は秋だ。しかし秋の学校は、楽しい行事が少ないというイメージがある。

 しかし、ここ新川学園では10月22日と23日の二日間、中高一貫の学園祭が催される。川崎市内で最も大きな学園祭のため、連日多くの人間が学園を訪れるビッグイベントだ。


 ――とはいえ、それは外部の人間に限られる。内部はというと、


「はーい。これからみんなでー、出し物を決めたいと思いまーす!」


 時は朝のホームルーム。教壇に立ち会議の司会進行役を務めるのは、髪をライトグリーンに染めたます星蘭せいらんという女子生徒。先日の体育祭で代表役員を務めた、阿室氏のいとこらしい。


 彼女が満面の笑みと緩い声で意見を求めても、総員が唸り声をあげるばかりで会議は一向に進まない。生きのいい学級なら「お化け屋敷」や「演劇」や「クレープ屋」など、ありきたりだろうと構わずに意見を述べるのだが、何分担任の影響でこのクラスは生きが悪い。


「――あっ、じゃあ萩谷くん!」


「え、いやっ。お、俺かよ……?」


 挙手した訳でもないのに、バジルの後ろに座る暁月が唐突に指名される。司会進行の少女に何か打算があるようにも思えないが、とにかく気だるげに暁月は起立した。


「じゃーあ、はい! お願いしまーすっ!」


「うぅー……ま、まあ無難に、喫茶店とか……?」


「はーい、じゃーあ喫茶店に一票でーすっ!」


 暁月がなんとか捻り出したテンプレ回答に、司会進行の少女は薄い笑みを浮かべる。そして黒板に「喫茶店」と記入すると、その少し下のほうに一文字を書き込んだ。


 無理やりにアイディアを引き出して、その当てられた者の投票が自動的に入るシステムは、暁月を始めとして次々に適用される。


 途中省略するが、麻衣は持ち前の人望を利用して暁月と同じ喫茶店に一票――日和は適当に映画鑑賞に一票――愛理はなぜかコスプレ大会に一票――歌咲はお化け屋敷に一票。

 そして、


「じゃーあ、次にー……楠森くん、お願いしまーす!」


「え、えっと……」


 バジルは小さなため息を何度も吐きながら、ひたすら思案する。あまりに突飛な発言をすれば、それはそれでウケるだろうが、眼前バジルの意見に目を輝かせて期待している少女を失望させてしまうだろう。


「そうだなぁ……な、な――」



『ガラッ』



 バジルが意見を口にしようとした直後、今まで教室にいなかった担任の女性が勢いよく戸を開けた。そのため、バジルが言おうとしていた意見は、途中から搔き消えてしまった。


 しかしクラスメートたちの視線は一気に女性へと向けられ、都合がいいと思ったのか、女性はその場で佇んだまま、連絡事項の書かれた用紙を読み始める。


「よく聞いとけよ……まず、つい先ほど川崎駅近くの交差点で『例の遺体』が発見された」


 女性が淡々と口にした『例の遺体』とは、新人類の中の某派閥が引き起こしている連続殺人事件、通称「赤い人」の仕業だと思われるバラバラ遺体のことを指している。


 バジルが恵光派とローレンス派の同志となってからも、いまだに事件は発生しており、遺体処理も相変わらず雑なままだ。

 最近では死骸の状態があまりにひどいことから野良犬が犯人とまで言われる始末で、それは同じ新人類であるヴォルカンたちでも辟易するレベルである。


 依然として犯人は捕まっておらず、恵光やローレンスの人間も犯人確保に奔走しているものの、ほとんど収穫がない。バジルとニーデル・カーンとの初めての邂逅から、晴れる気配のない問題は数多く残ったままだ。


 さらに担任の女性は、気まずそうに頬をポリポリ掻きながら、


「今回の遺体は5体らしい。最近になってまた事件件数が増加傾向にあることから、生徒会と教育委員会が緊急で協議を行い、今ちょうど文化祭の開催を検討しているところだ」


「じゃーあ先生、今年の文化祭はやらないんですかぁー……?」


「舛、お前絶対に聞いてないだろ。今決めてる。と、こ、ろ、だ、よ!」


「ひいぃ……ご、ごめんなひゃーい……」


 司会進行役の少女の要領の悪さに女性が腹を立てると、着席している生徒たちに少し笑顔が戻った。二人の茶番はこれが狙いだったのか、とにかく上手くいったので女性は自慢げに鼻を鳴らした。


 それはさておき、川崎市内で一気に5人もの人間が命を落としたという事実が、文化祭の運営に多大なる悪影響を与えているのは事実だ。今はまだ数えられる人数だが、犯人に新川学園の文化祭を狙われたが最後、始まるのは狂戦士による死の宴である。


「まあなんだ、わたしも文化祭がなくなるのは惜しいからな。委員会に何度かかけ合ったが、公務員ごときの訴えじゃ、なんにもないだろう。だからせめて、アンタらは気を付けなよ?」


 担任の女性はトーンを落として、心からの注意喚起を口にする。

 初めて垣間見えた彼女の母性もとい教師らしさに、幾人かの女子生徒は涙して、男子生徒たちは歓喜の雄叫びを上げた。


「おいっ、コラ……お前たちは、そんなに単位落としてぇのか?」


 ――沈黙。


「とにかくだな……今から犯人像を言うぞ、ちゃんと聞いとけよ。犯人の特徴は、紺色のローブを着て、変な形をした刃渡り1メートル前後の刀剣類を所持した――細身の男、だそうだ。今のところ同時に3人が目撃されてるらしいんで、今日から二人以上で帰宅するように」


 女性の話が終わると、生徒たちの色々な感情がないまぜになった結果、大きすぎず小さすぎない程よい拍手が教室に響き渡った。


 女性の話は不審者についての注意喚起だったはずだが、その効果はあまりにも薄く見えてしまう。

 今日の出来事から、何事にも常日頃の態度や習慣が結びついていることを学んだ、1年1組の優秀な生徒たち。


 方向性など一切気にしない彼らの、朝のホームルームの時間はこれにて終了した。


          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 午後1時10分。



「なあジルくん、今日はここでお昼を食べないかい?」


 昼休み開始の鐘が鳴った直後、日和がそんなことを言い出した。


「え、は……? いや、別にいいけど……」


「急に誘ってすまないね」


 日和は申し訳なさそうにはにかんで、俺の前の席が空いているのを確認すると、それを俺の机にくっつけてきた。そしてさも当然のように着席する。


「……あれ。なんで日和は、俺と向かい合ってるの?」


「なぜかと聞かれてら、君が快諾してくれたからに決まってるじゃないか」


 俺を小馬鹿にしたように呟くと、日和は机に置いた自分の弁当箱を徐に開く。いかにも美味そうな匂いが漂ってきて、朝から何も入れていない俺の腹から苦痛の叫びを引きずり出した。


 そういえば、今日は何も持ってきてなかった。育ち盛りかつ常時鉄分を欲している俺には、日和の食事が拷問のようだった。


 くそ、一緒に食べるとか言って結局は一人だけかよ……。

 

「ご馳走さまでした」


 日和はたった5分で弁当を平らげてしまった。胸の前で手を合わせる彼女の顔は、少し物足りなそうにも見える。するとなぜか忙しそうに残骸を片付けて、こちらに向き直る。


「ジルくん。そろそろ来るだろうから、待ってなさい」


 真面目なトーンで言われたからなんとなく頷いたけど……いや、誰が来るの?  だが日和は核心の部分に全く触れないので、俺も言及するのをやめた。そろそろって言ってるし、訊くまでもなくわかることなんだろう。


「楠森くん、お久しぶりです。最近は訓練を頑張っていますよね。お疲れ様です」


 毎度のごとく突如として現れた、濃い赤い髪と女性のようにきめ細かい肌、端整な顔が特徴的な美少年。淡泊な声で話しかけてきたそいつを見た瞬間、俺の身体に電撃が走ったような感覚に陥った。


「……なあ日和、まさか違うよな?」


「……残念だけど、この人」


「お二人とも、茶番はよしてください。さすがの僕でも、嫌悪感を明らかにされると傷つきますからね。特にお二人の表情、苦虫を噛み潰したような顔はひどいですよ」


 薄い笑顔の萩谷はぎや赤和せきかず(ヴォルカン・ローレンス)が、どうやら日和に俺を引き留めておくよう言っていたらしい。理由に関しては結局触れてくれなかったけど。


「実はですね、今朝の件で同志たちに連絡事項があるんですよ。それであと、黒崎さんと江洲さんと暁月くんと――とにかく、少しだけお時間いただきます」


「ああ、それはいいんだ。けどねぇ……」


 日和が呆れたように目線を送った先には――10人近く団塊して、こちらを見ながら嬉しそうに会話に耽る女生徒たち。

 すごいな……その塊を初めて見た人間でもわかるくらい、赤和の追っかけの女の子だった。


「君ぃ、あの子たちをなんとかしてくれ。傍目でも鬱陶しいよ」


「……そうですね、では場所を移しましょう。3階西棟の隅なら人気はありません」


「よし、迅速に移動しよう。今、すぐにだ」


 日和が赤和を急かす形で、俺たちはすぐに1年1組教室をあとにする。

 しかしまさか、日和が追っかけみたいな人種に、苦手意識を抱いているのは驚きだった。


          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ……なんだ、これは。


 胴体と四肢、必要最低限の音声を拾うことは可能だけど、それ以外が困難になってしまった自分の身体。拘束されているとは考えにくいけど、教室を出てからすぐに何か手を加えられていることだけはわかる。


 すると突然、どこかで案内役の誰かの足が止まる。漠然とした情報しかないのが怖い……。


 ちなみにここからは会話を、多分その人だろう人物に当てて、説明していこうと思う。



 ヴォルカン:みなさん、お待たせいたしました。無所属の方々に怪しまれる前に、話し合いを終わらせたいので、早速始めさせていただきます。


 ラボン:いやいや、このメンツが集まってる時点でもう噂になるだろ……。


 ヴォルカン:今朝の事件の話ですが、諜報部からの連絡がありまして、すでにカーン派の工作員による犯行だと判明しています。人数は3人から5人程度で、過激派だけが着用する紺色のローブを着た男だそうですが……みなさんも聞いておられると存じますが、刃渡り1メートル前後の歪な刀剣を所持していると目撃情報にもありました。今回、僕が危惧しているのはその刀剣なんですよ。


 ????:――――。


 ヴォルカン:ええ。仰るとおりその刀剣が、僕たち新人類でさえ把握できていない代物であることが、最大の脅威なんです。今はローレンス派の『ガンズ』『ヘヴィーズ』の方々が、新川学園周辺をパトロールしているんですけど、犯人の発見も歪な刀剣の特定も叶っていません。


 日和:先ほどから何度も言い淀んでるけど、つまり何が言いたいんだい?


 ????:――――。



 俺は全然話に入ることができない。さらに視覚と左耳の聴覚と口元をなぜ封じられているのか、そのこともわからないままだ。


 しかし片耳で、会話の全容を聞き取ったうえに理解するのはなかなか難しい。

 そのため俺は右耳に直接、マイの吹き替え音声を送ってもらっているんだけど……俺のことを悶え苦しませたいのかと思う程、こそばゆい。

 さらに、マイの艶やかな声と生暖かい吐息の混ざったものが耳に触れただけで、たいへんよろしくない気分になってしまう。視界を塞がれている分だけ耳の感覚も研ぎ澄まされており、前述の諸々がその倍の威力で、俺の理性を蹂躙するのだ。


 日和がヴォルカンに対して、結論を急かすような発言をしたところから聞いてなかった。


 このあとすぐに解散となり、全身が解放されてからマイに聞いたところ――どうやら俺は、カーン派工作員を倒すという役職を委託されたようだ。

 さらに不名誉なことに『ヘヴィーズ』という作戦部のエース集団に、いつの間にか配属されてしまっていた。

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