母子

「少し前からここに滞在している、としか私にはわかりかねます」


 と、メリッサは言葉を濁した。

 この様子からも、彼女は本当に何も聞かされてないのだろう。ただ、この場所がどういう場所かということは知っているので、いろいろと推測はしているのかもしれない。


「……神事が行われると噂されてすぐの頃、こちらにいらした方なので、何らかの強いお力を持った方なのかもしれません」


 俺が黙っていると、メリッサは少し考えた後にそう付け加えた。

 ここには神子の護衛に世話係、そして神事に関係している者が、その準備の為に詰めることもあるのだという。


「なるほどな。それなら、あの後ろに居たのは、俺のコイツらみたいな従魔の一種なのかもな」

「……従魔? いえ、あの方たちの従魔はお見かけしたことはございませんが」

「あれ、そうなのか? てっきり、ペシュのような人型に変化できる系の従魔だと……」


 あの女の子を、守っているようにみえたんだけど。


「従魔、ちがう……」


 その時、後ろに控えていたペシュが呟いた。


「魔獣とか、魔族じゃない。あれ、は……精霊だ、から」


 俺が振り向くと、ペシュはフルフルと首を振って、なぜかちょっとむくれた顔で唇を尖らせてた。

 その精霊とやらに、なにか嫌な目にでもあったのだろうか。


「へぇ、精霊? 精霊なんかもいるんだな。……ああ、言われてみればそんな感じだったな。新緑とか、大樹の精霊とか言われたら、ちょっと納得するかも。なんといっても最初は、透けてたし」


 大抵のことには、俺はもう驚かない。なにしろ、このペシュだって魔族だし、チョビは幻獣だし、俺に至っては神の子だってんだからな。ここまできたら精霊の一人や二人、どんと来いだ。

 半ばやけくそで強引に納得しようとしていると、食べ終えた皿をカートに戻しながら、メリッサが少し驚いた顔をしていた。


「……精霊、ですか? それが本当なら、あの方は精霊使いということになりますね。この神殿においても、精霊様が顕現したのは数百年来ないと言われておりましたのに」


 なんでも過去、神子が存在した頃には、この神殿内の神官や巫女にも、精霊の声を聞いたり、姿を見るものが稀にいたのだという。


「……それ、ちがう。見えてない、だけ。今だって滝のとこ、に気配、ある」

「滝って、あの裏の大瀑布のことか? ここから結構な距離あるけど、わかるのか?」


 ペシュは、コクンと頷く。


「気配、隠してない、から」


 つまり、あの人型の精霊は気配を隠せるってことなのだろう。

 精霊が見えるってこと自体珍しいようだが、仮にあの親子のどちらかが、従魔のように精霊を使役しているのだとしたら、それはかなりレアな素質ではないだろうか。

 神子の勉強の際に「見えぬものを見て、聞けぬものを聞く」みたいな禅問答のような条件があったけど、あれってこれのことなのでは?

 それに、神子は女である方が好ましいとか言ってた気がする。


「……俺なんかより、よっぽど神子に相応しいんじゃないか?」

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