失踪2

「ゆ、誘拐って……」


 膝から力が抜けそうになったニーナを、慌ててアリスが抱える恰好で二人はお互いを支えあった。


「それを目撃したわけではないらしく断言はできないけれど、二人の話を総合するとそうなるわね」


 コーデリアは、そう言って首を振った。

 二人というのは、もちろんカトリーヌとゾラのことだ。カトリーヌは今だベッドの上に座っており、まだ眩暈で立ち上がれないらしいく、顔色も悪い。

 一方ゾラは、一瞬どこにいるかわからないくらいの薄い気配で、幽霊のようにコーデリアの後ろに佇んでいた。


「そうよ、ゾラがいてどうして……」


 思わず責めるような口調になり、ニーナはグッと口をつぐんだ。ゾラが防げなかったのだから、それだけの相手だったということだ。それでも口を開けば、つい責め立てそうになり唇を結ぶしかなかった。


「……申し訳ございません。この責は、すべて私の」

「責任どうこうは、今はいい。そんなのは、お前の主人であるリュシアンが決めることだ……それで、お前は大丈夫なんだな?」


 それこそ「この命で償って……」とか言いかねない隠密に、エドガーは被せるように問いかけた。


「……はい」

「そうか……ところで、チョビはどうしたんだ?」


 チョビによって運ばれたと聞いたのに、肝心のチョビの姿が見当たらない。ニーナやアリスも、今気が付いたとばかりに改めて辺りを見回している。

 見渡す限り、足元にも、誰の頭の上にも乗ってない。


「それが……気が付いた時には、もう姿がありませんでした」

「そうね、私がここへ来た時にはもう姿はなかったわ」


 首を振るゾラに、コーデリアが続く。


「契約従魔は基本的には主人と魔力を共有してるから、魔力不足に陥って、どこか人目のつかないところで休眠状態に入っているのかもしれないわね……」


 大気に魔力が十分に存在するこの世界では、幻獣であっても無造作に魔力を強奪するような恐慌状態には滅多にならないが、それでも長い時間、契約者と離れると魔力減少により行動不能になることがあるらしい。


「むやみに探す方が危険かもしれないわね。チョビは大人しいコだって聞いてるけど、それでも飢餓状態になればどうなるか……」


 普段のチョビを見ていると忘れそうになるけれど、ああ見えてチョビは大人になれば世界をも滅ぼしかねない凶暴な幻獣なのだ。コーデリアの言うように、おとなしく眠っていると信じて放置するしかない。

 

「……まだ、報告が来てないから何とも言えないけれど、今ここでわかることはこれくらいね」


 報告というのは、リュシアン誘拐の一報を聞いてコーデリアがすぐに放った追跡隊のことだ。とはいえ、すでに現場には何の痕跡もなく、調査が難航しているのは容易に想像できた。

 ――攫ったのが誰なのか、本当はわかっていた。

 だからこそ、誘拐を阻止できなかった時点で、ほとんどこちらに手の打ちようがなくなった。教会という大きな組織の権威の壁に、確たる証拠や、それこそ現場を押さえでもしなければ追及できない現実があるのだ。

 もちろんニーナ達が納得したわけはなかったが、それでも疲れ切った顔をしているゾラやカトリーヌの姿をみると、諦めるしかなかった。

 けれど最後に「気休めにしかならないけれど」と前置きして、コーデリアはなぜか自信ありげにこう断言したのだった。


「安心して、リュシアンは間違いなく無事よ」

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