失踪

 ――リュシアンが失踪した、その日の夕刻。


「どっ……ど、どういうことよ! なにがあったの!?」

「落ち着いて、ニーナ。今は理事長が面会中なの、医務室には入れないわ」


 ニーナが知識の塔の医務室前の廊下に現れたのは、カトリーヌとゾラが医務室に入ってから一時間ほど経った後だった。彼らが運び込まれた塔は大騒ぎだったが、マンモス学校だからこそ情報をシャットアウトすることができた。

 実際、連絡を受けたニーナ達数名のほかには「馬車道で巨大な黒いモンスターを見た!」と、腰を抜かした生徒が数人いたくらいだった。もちろん彼らには厳しく口止めしたとのことだが。

 黒いモンスター……すなわち、巨大化したチョビが、彼らを咥えて塔付近まで運んできたのは、人目の多い教室棟や寮ではなく、知識の塔だった。

 偶然か意図的か、ともかくこのチョビの行動が功を成し、学校全体に騒ぎが広がらないように、すぐに箝口令を敷くことができた。しかも、時間も夕暮れに差し掛かった頃で、ほとんどの生徒が教室棟や寮へ移動した後だったのだ。

 そうしてカトリーヌたちは、密かに塔内にある医務室へと運び込まれた。


「俺もまだ詳しいことは聞いてないが、カトリーヌとゾラが負傷したそうだ」


 最初に到着したらしいエドガーが、扉の向こうを睨みつけながら腕組している。


「ゾラ? ゾラって……」


 アリスの手を掴んだまま、ニーナが血の気が引いた顔をする。なぜなら、ゾラが表に姿を現すとしたら、それはリュシアンに何かが起こった時だけだからだ。

 傍で聞いていたベアトリーチェが、ゾラという知らない名前に反応したが、それでも今聞くのは憚られたのか何も言わなかった。

 カエデが、ふと顔を上げた。

 口元で手を揉むようなしぐさをしつつ、ちょっとだけ自信なさげに口を開く。


「……私、あの時遠くに不思議な気配を感じたの。普通の気配じゃなくて……そう、リィブ様が現れたときのような」

「ああ、そういえばお前、まっさきに会場を飛び出して行ったな」


 それにダリルが反応して、カエデは頷いた。

 ニーナが思わず口を開きかけた時、医務室の扉が開いたために全員そちらに意識が移った。

 理事長のコーデリアが出てきたのだ。


「……皆さん、お集りね。どうぞ、中にお入りなさい」


 そうして彼らは、ようやくリュシアン失踪の顛末を聞くことになったのである。

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