庭園にて

 大神殿の背後には、ソナ大瀑布と呼ばれるものすごい滝がある。

 背後と言ってもかなり離れてはいるが、それでも外へ出るとごうごうという物凄い音と、湿り気を帯びた気持ちのいい空気が頬を撫でた。


「うはぁ、遠いけどすごい迫力。それにしても、ここってこんなにでかい建物だったんだな」


 白い水煙のような遠くの滝を見上げて、改めてぐるりと周りを見回した。

 大神殿というだけあって、この施設はめちゃくちゃでかい。

 中央には、一般にも開放されたいわゆる神殿然とした立派な建物があり、その大広間には白い女神像が静かに佇んでいる。ここには住居施設はなく、ほとんどが祭事や、巡礼に来た人たちが参拝する場所、そんな彼らの休憩所などがある。また、ここで食事をする人のための大きな広間があり、厨房で働く者や、下働き、見習い神官などの住まいは、神殿の裏手に併設されていた。

 そんな神殿の斜め後ろの両側には、翼を広げるように背の高い建物が建っている。左側には上級神官たちの住居や会議などに使われる広間などがあり、右側に位置する建物こそが神子専用の建物だ。

 最近までは使われていなかったと聞いたけれど、きちんと手入れがされており立派な建物だった。神子付きの側使い神官や護衛も、終日ここに詰めるのだという。

 ちなみに、左側の上級神官用の建物の中には、教皇の居室もある。


「ありがとう、メリッサ。あとはペシュがいるから大丈夫だよ」

「……はい、では後ほどお迎えに参ります」


 メリッサは少し気がかりそうではあったけれど、軽食の準備をすませたエレとともに立ち去った。

 ここは、中庭の一角だ。もちろん、ここまではメリッサに運んでもらった。不本意ではあるけれど、外へ出られるなら文句は言うまい。

 俺が住居にしている右の建物から、前方の大神殿の間にあるかなり大きな庭園の一部に設置された東屋。庭園にはあらゆるハーブや花が植えられた花壇もあるが、背の高い木々もたくさんあり、大神殿の裏手の建物から、そのまま見えないような仕組みになっている。

 ここはもともと歴代の神子たちが、ごくごく稀に庭に出してもらえた時に使っていたもので、今回はそれを改良してより開放的な建物にしてもらった。

 なにしろもともとあったものは、ぐるっと目隠しで囲ってあり、とても東屋と呼べるような代物ではなかったのだ。もちろん、俺はそれら目隠しも全部とっぱらってもらった。

 基本的に神殿の裏には一般人は入ってこれないし、庭園の四方、各所に護衛が立っているので安心だ。きっと以前は、そういう人たちにも神子が普通にくつろいているとこを見られてはいけなかったのだろう。

 とはいえ、それでも外は外、いろいろ面倒な決まり事はある。


「……多少のことは、仕方がないけど」


 俺は、高めに作られた椅子に座って、素足をぶらぶらさせていた。

 人目に付くところでは地面に足をつけてはいけないのはもちろんのこと、なんと靴を履くこともいけないのだという。自室ではスリッパのような軽い履物を貰ったけど、やはり誰に目撃されるかわからないところでは基本は素足でいなければならないというのだ。


「これさ、普通に冷え性には辛いんじゃないかなぁ……歴代の神子って、女性が多かったっていうし」


 ……ま、余計なお世話かも知らんけど。

 つい、そんなどうでもいいことを考えてしまう。というか、実際に体験してみると、細かなところで結構大変なことが多いのだ。


「それと、この格好がな……」


 そして同じ理由で、外出時には決められた衣装がある。

 衣装というか恰好……いや、これはもはや詐欺、かな? 

 俺が思わず自嘲した時、ペシュが急に身を屈めて辺りを窺った。音を立てないように俺の前に立ち、警戒心を全開にしている。

 そんなペシュの様子に、咄嗟に俺も身構えて辺りを見回したが、そんな警戒心はすぐに意表を突かれたものに変わった。


「……お兄ちゃんって、姫神子様だったの?」


 草むらと木の陰からひょっこり現れたのは、小さくて可愛いらしい女の子だったのだ。

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