神子指南

「お元気になられたようで何よりでございます」


 医師による診察を終え、すっかり回復したとのお墨付きを貰ったその日、さっそくベルモントとサハがやってきた。俺としては、元気になったので外でも散策したい気分なのだが、なにやら講義が始まってしまいそうな雰囲気だった。

 いい加減、薄暗いあなぐらにうんざりしていた俺は、彼らが話し出す前に一つ提案した。


「待ってくれ、せめて隣の部屋に移動してもいいか」


 床上げのお許しが出たのだからと、軽い気持ちで頼んだのだが、サハとベルモントはお互いの顔を見合わせた。それを見たメリッサが、何やら許可を取るように彼らの方を振り返った。


「……ああ、その件もあったな、だが話すまでは……そうだな、そうしてくれ」

「はい、わかりました。では、そのように」


 な、なんだ……俺って、そんな大仰なこと言った?

 小声で何やら協議し始めた彼らに、ちょっとばかり戸惑った。だが、すぐに話はついたようで、メリッサが「失礼します」と一言かけて、かけ布団をめくった。

 

「こちらに腕を」

「え? 腕……っわ!?」


 メリッサが身を乗り出すように手を伸ばしてきたので、言われた通り手を伸ばすと、そのままわきの下をくぐらせるように背中を支えられ、彼女の肩に腕を回すような恰好になった。そこからは一瞬で、それこそヒョイッとばかりに身体を持ち上げられたのである。


「え、ええ……ちょっ?」

「動かないでくださいまし。すぐそこまででございます」


 今の俺は確かに軽いとは思うけど、女の人にこうも簡単に抱えられると、なにやら意味不明のショックを受けてしまう。

 いや、それよりも俺、歩けるんですけど!

 思わず抗議しようかと思ったが、もうすでに扉をくぐった後だったので、諦めて大人しく用意された椅子まで運ばれることにした。ジタバタするのもかえって大人気ないし、間違って女性に怪我でもさせたら大変だ。

 まだ体調が完全ではないと思われているのかと思ったが、どうやらそういうことではなかった。


「は? 歩いちゃいけない!? なにそれ……」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 丸いテーブルを囲むように、座っているベルモントの後ろにサハ、俺の後ろにメリッサとエレ、ペシュが控えている。ベルモントは、古ぼけた羊皮紙のようなものを広げた。

 そこには細かい字で、いくつもの決め事が書かれていた。

 もちろん俺には見たこともない文字だが、不思議と意味は分かった。そして、それらに目を通して別の意味で意味が分からなかった。

 ここに羅列された規則が本当なら、窮屈だと思った校則や社則など屁の河童だ。いやまあ、比べるのもレベルが違いすぎて笑えるほどだが。

 先ほどの、歩いてはいけないというのは、正確には地面に足をつけてはいけない、というものだった。他にも礼拝の時と教会への巡回の時以外の外出は禁止。人前では、喋ってもいけない、食事をしてもいけない。また、食事の内容にもいろいろ制限がある。

 それこそ細々した日常にまでいちいち制約があり、それに何の意味があるんだ? というようなことまで指示されているのだ。


「話すときは、基本的に側使いを担う神官が代わりに話します。移動は、輿です。外出先では絶食が基本です。それから……」

「ちょ、ちょっ……ちょっと待った! 待ってくれ、一体何の話をしているんだ。俺になにをしろと……」

「……おや、こちらにいらした当初、お話ししたはずですよ。あなた様は、神が遣わした神子なのです」


 みこ!? ってなんだ。 巫女? あれか、神事を行う系の? いや、ちょい待て。俺が!? 神が遣わしたって? マジで言ってるのか、このヒゲ……じゃなくて枢機卿とやらは。


「今は記憶が混乱しておいでなので、戸惑っておられると存じます。その辺のことは、おいおい詳しく説明いたします。それに、今話したことは、数百年前まで守られてきたしきたりです」


 ベルモントはそう言って、後ろに控えるサハから受け取った別の紙を広げた。今度のは比較的新しい和紙のような厚手の紙だった。


「今回、この制度を復活させる条件として、神子様への負担軽減などの変更等もかなりございます」


 神子制度は、しきたりや決まり事が過酷すぎるとの意見があり、人道的理由から廃止されたという側面があったが、各種神事、礼拝や各地への巡回など、信者たちへの露出度が高い象徴的存在であったのも確かだ。強力な求心力を失って、それまで盤石だった信仰に陰りが出たのも否めない。

 そういう経緯もあり大半の意見として、神子制度復活に賛成という流れになっていたようなのだ。


「……外出時においては、古いしきたりを守っていただくことにはなりますが、それ以外の場所ではそれほどの制約はありません。それから、雑事を行う彼女たちのほかに、行事などを手助けをしてくれる側使いを置くことになります」


 話がどんどん進んでいくが、きっと俺の頭の上にはピヨピヨが飛んでいることだろう。

 これは、断っていもいい案件なのか? だいたいなんで俺がその神子とやらをやらなければならないのか? 記憶を失う前に、なにか抽選や選抜でもあって決まったことなのだろうか。


「それから側使いですが……ありがたいことに、教皇様から優秀な人材を送ってくれるとの連絡があった」


 気のせいでなければ、どこか忌々しいそうな響きが混じっていて、ちっともありがたがってるようには思えないニュアンスだった。

 こういうのは、会社でもよくあったな。いわゆる手柄を独り占めにさせないぞ、的な横やりが入るのだ。それを受け入れた事情はよくわからないけれど、地位的に無視できない派閥に遠慮したとか、何か無理を通すために条件をのんだとか、そんな感じなのだろう。

 

「これから徐々に神殿内での顔合わせなど、挨拶が続くと思います。それと並行しながら、行事や決まり事など順にお話していきたいと存じます」

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