見知らぬ場所
※※※※※※※
ふと、人の気配を感じて意識が浮上した。
けれど、すぐに目を開けることができなかった。
瞼も、そして身体も、ひどく重く、どこか自分のものではないようだった。
幼いころ、プールから陸上に上がった時の倦怠感に少し似ている。普段は感じないはずの空気までが重い。
何かはわからないけれど、胸元に温かいビロードのようなすべすべとした肌触りのものがぺったりとくっついているような気がした。時折動いているような気もしたが、とにかく指一本動かせないので確認しようもなかった。
そんな風に、どこか呑気に状況を分析していると、すぐ近くで話し声がした。
二人? 気配からするともう何人かいるようだが、話す声は二つだった。
「……、……? ……」
「…………! ……」
割と近くで話しているが、何を話しているのかは聞き取れなかった。というか、すぐには理解できなかったのだ。
しばらくして、その理由がわかった。
それが聞きなれない言語だったからだ。
いや、それでも聞いているうちに、徐々に内容だけは理解できるようになった。違和感はあるが、言葉は知らないはずなのに、なぜか意味だけストンと頭に入ってきたのだ。
「……それにしても一か月だぞ、よもや目をさまさぬではないだろうな?」
先ほどよりくっきりと聞こえてきた声と、何かの布をまくるような音が重なった。
途端に、外気が頬をゆっくりと撫でた。
おそらく、何か仕切りのようなものを開けて、声の主が近づいてきたのだろう。すると、おもむろに瞼の向こうに影が落ちる。
誰かの手が、自分の顔に近づいてきたことを感じ取った。触るなと言いたかったけど、もちろん声は出ない。言い知れぬ不安感に、鼓動が倍に跳ね上がり全身に嫌な汗を感じた。
それが覚醒を促したのか、唐突に現実へと引き戻された。
身体は動かなかったが、先ほどの影の正体は見ることができた。
こちらが目を覚ましたことに驚いたのか、あわてて手をひっこめたような格好のまま、白装束の男が立っていたのだ。
白いひげのせいで少々年老いて見えるが、おそらく五十代後半か六十代前半くらいの年齢だろう。
裾の長い真っ白な装束に、金の刺繍が入った帯を肩から掛けて、これまた白い背の高い帽子をかぶっている。なんというか、芝居じみたおかしな格好である。
海外の舞台にでも紛れ込んでしまったような。
『う、ごほっ……こ、ここは、……どこ?』
話そうとして、途端にのどが痛んでせき込んだ。それでもなんとか、今の状況を探ろうとした。
何しろ自分が寝ているのは、すごく豪勢な天蓋付きのベッドなのだ。
正直、こんなすごいベッドは見たことがない。なにしろ普段は……というか、あれ? 天蓋付きベッドなんて、映像でしか見たことがないよな?
だって、普段は……。
「……何をいっているのだ?」
「一か月も眠っていたのです、声が掠れて聞きづらいだけでは……?」
思わず混乱する頭を抱え込んでいると、二人はそんなことを話した。
『……ここはどこですか? あなたたちは誰ですか?』
聞きづらかったようなので、今度は少し咳払いしてから、改めてゆっくりと問いかけた。とにかく今は、状況を知ることが第一段階だ。違和感は後でゆっくり考えようと思ったのだ。
すると、彼らはあからさまに驚いた顔をして、困惑したように言い争いを始めた。一体何をそんなに戸惑っているのか、やがて何を確認するためか、一人の男が威圧するような態勢で、今にも掴みかからんばかりに近づいてきた。
『う、うわっ、なにを!』
咄嗟に身を庇うように起き上がろうとした時、スルッと何かが襟元をかすめて飛び出した。
本当にそれは一瞬のことで。
どこから現れたのか、目の前に長い髪がふわりとなびいた。
けれど、状況を理解するよりも早く、すぐそばにある少女の背中が何も纏っていないことに仰天させられた。あまつさえ、その少女はこちらを庇うようなしぐさで大胆にも両手を広げていたのだ。
慌てふためいて寝台のシーツを引き寄せ、彼女の肩にかけようと四苦八苦した。実際には、ほとんど身体が動かなかったので、ただジタバタしただけだったが。
――あ、あれ? なんかデジャビュ……? なんだっけ、前にもこんなことあったような。
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