不思議な違和感

 その後も見知らぬ白装束といくつかの質問のやり取りをして、ようやく解放されたのはたっぷり一時間ほど経ってからだった。

 俺としても、ほとんど何も聞けず、なんの解決も導き出せなかったが、相手もたっぷりと混乱していたので、双方ともに納得のいく会談とは言えなかっただろう。


「本当に、なにがどうなっているのやら」


 これは俺自身に投げかけた愚痴だった。

 聞き覚えが全くないはずの言語を理解し、あまつさえ自分も多少なりとも話せるのだ。まだ油断すると日本語になってしまうし、頭の中では日本語で会話が展開してしまうので、どうしてもやり取りがギクシャクしてしまうが、それでも会話はできるし、不便には感じることはなかった。

 それよりも困ったのは、むしろ自分で名乗ったはずのイツキという名が、なぜか余所余所しく感じてならないことだ。間違いなく自分の名だと断言できるのに、即座に本当にそうか? と疑問も浮かぶ。

 記憶が断片的であることに、原因があるのかもしれない。

 日本という国のことも、そこでの生活、一般常識も、普通に知識として覚えている。ただ、宮田斎としてのリアリティというか、自分だったはずのその名がしっくりこないのだ。成人しており、そこそこ一流企業に就職し、結婚もせず、ただ毎日毎日、休みもせず仕事に明け暮れていたという、わりと詳細な情報はそこにある。

 なのに、それが本当に自分のことだったかといえば、途端に曖昧になるのだ。


『小さい手……』


 ここにある現実――。

 記憶よりも白く、小さな子供の手のひら。

 肩よりも長く伸びたサラサラの手触りの髪は、見える限り間違いなく金髪である。当然ながら、日本人のほとんどは黒髪なので違和感があって当然なのに、何もかもがしっくりと馴染む。

 


『……はあああ』


 驚くほど、大きなため息が出た。

 そうこうしている間に、着替えに連れ出されていた少女が部屋に戻ってきた。

 地味なグレーのメイド服風の格好の女性二人に連れられた少女は、俺の顔を見ると、それまでの不満そうな顔を一変、満面の笑顔で駆け寄ってきた。


「これっ……! 待ちなさいっ」


 当然ながらメイド服の女性は慌てたが、俺は「構わない」と手のひらで制した。

 彼女たちは、この部屋付きの世話係だと言っていた。彼女たちのほかにも、気配で数人の人間が、この部屋の周りを囲んでいるのは知っている。紹介されたのは彼女たちだけだったけれど。

 ちなみに、年かさのほうがメリッサで、若い……というかまだ少女のほうはエレ。

 彼女たちには、真っ裸で現れた謎の少女の着る衣装を頼んでいた。といっても、支度はこの寝室の扉の向こう、続き部屋でしてもらった。少女が俺から離れるのを拒んだこともあるし、俺自身もなんとなく心配だったからだ。

 どうやらこの少女は、契約従魔で本当の姿はコウモリなのだという。

 ……まあ、考えても仕方がないので、もう「そうなんだ」と納得するしかなかった。

 駆け寄った少女は、何のためらいもなく俺のベッドに上がり込んで、ひざ元にちょこんと正座した。その恰好は、メリッサたちとそんなに変わらないメイド風の衣装だ。違うのは、服の色が濃い紺色ということと、可愛らしい白いヘッドドレスをしていることか。

 少女の不躾な行動に、メリッサたちは慌てふためいたが、俺は先ほどと同じように構わないとジェスチャーして、そのまま彼女たちを寝室から退出させた。

 少し躊躇したメリッサだったが、神妙な顔で一つだけ、ベッドから足を下ろさぬようにとだけ言い置いて、二人ともに立ち去った。もっとも、こちらが完全に人払いをしないと、誰かしらその辺りには控えていて、声がかかればすぐにでも応えるだろうことは、これまた気配で察していた。

 そして、このプライベートがない感覚にも、なぜかそれほど窮屈に思わない自分に驚いた。常に、誰かに見守られているというか、悪く言えば監視されている状況に妙に慣れているようだった。


『……記憶とちぐはぐで、なんか落ち着かないな』


 俺が呟いた言葉がわからなかったのか、こちらを見ていた少女は不思議そうに首を傾げた。


「ごめん、まだこの言葉に慣れてなくて……えと、君のことを聞いていい?」


 少女はもう一度、小さく首を傾げる。


「あれ? 通じない? あ、もしかして言葉が話せないのかな」

「……キミ? キミちが、う。ペシュ……ペシュだよ」

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