そして……

 僕とカトリーヌは、騒ぎも冷めやらないうちにさっさと会場を後にした。本当はみんなと合流してからと思ったのだけど、カトリーヌに腕を引かれて無理矢理連れ出された。


「グズグズしてたら捕まっちゃうわよ」

「捕まる?」

「そうよ、囲まれたら最後、抜け出せなくなっちゃうから」

「そ、そうかな? でも、みんなには何も言ってないし」

「いいのよ、今日はもう教室の方は片付けてきたから、みんなもすぐに寮の談話室に集合するわよ」


 カトリーヌの意見も一理ある。

 背後に見える野外競技場は、いまだに大勢のざわめきに満ちている。まだ出入り口の辺りにはそれほど人だかりがなかったのですんなり出て来れたが、もう少しすれば脱出さえも容易ではなかっただろう。


「それにしても余裕ね、魔力大丈夫なの?」

「今回は二回目だったしね。全力の魔力を込めなかったから、大丈夫」

「……全力じゃないってのが、すでにスゴイんだけど」


 確かに魔法陣魔法ではない分、自前の魔力のみの発動となり魔力をごっそり持っていかれた感はある。でも、今思えば、マッピングの最上位魔法の方が凶悪だった。あれをもし、自分の魔力だけでやれと言われたらぶっ倒れるかもしれない。

 カトリーヌがため息交じりに続ける。


「それにしても、さっきは単純に喜んだけど、考えてみれば使えるのってリュシアンだけなのよね。しかも、そのリュシアンってば、呪文はおろか、属性さえも全部おかまいなしで、そもそも巻物なんか必要ないと来てる……」

「そ、そんなこともないけど」


 魔法陣魔法として使える魔法は、まだまだ限定的だ。

 確かに、転移魔法陣が発動出来たことは大きいが、その魔法陣が手の届くところに展開されない時点で、研究としては完全に行き止まりのどん詰まり状態なのだ。

 そんな風に完全無敵みたいに言われると、かえって情けない現実に苛まれてしまう。


「でも、リュシアンのオリジナル魔法陣は少なくとも私が描けば、誰でも使えるんだから、こっちの方が成果としては大きいじゃないの」


 カトリーヌは、なんだか納得いかない様子である。

 それでも、これまで誰も描くことができなかった魔法陣を描けるという事実は、十分に物凄いことだと思う。何しろ、足りないのは魔力だけなのだ。

 会場を熱気の渦に巻き込むほどの大成功を収めた割には、僕達はそれほど快活とは言い難い足取りで歩いていた。

 ちなみに帰路は、みんなに見つからないように、人通りがある歩道ではなく外周側の馬車道の方を選んだ。多少、足元は悪いが滅多に人は歩いてないので静かでいい。


「あ、そうだ。こんな時こそ、蓄魔電池なんじゃないの?」

「え? ちくま……って、あのバカでかい、魔力を溜める魔道具のこと? いえ、まあ……確かに、私もプロジェクトには参加したいっていったけど、それは道具としてで」

「あれは飽くまで実験用だからね。これから小型化と内部蓄魔量の増強や、蓄魔技術の向上を含め、効率的な自家発電化を目指すって言ってたよ。今は、その前提として、いろいろな実験をしてる段階なんだ」

「確かに、魔力の補助が出来れば可能かもしれないけど……」


 もっとも今の技術では、相当数の魔力を溜めるためにも、その容量の魔力を収集する能力を付加させるのも、かなりの質量の装置が必要となってしまう。

 けれど、塔でのラムネットさんの研究では、魔石に頼ってはいるものの、魔力の吸収という一点において蓄魔技術はかなり進んでいるようだ。要は、今まで魔石自体の魔力を使っていたものを、魔石を利用して魔力を吸収したり、溜めたりするという考え方にシフトしているのだ。

 この研究は、ダンジョン外に持ち出したり、もともと外に設置されている転移魔法陣を維持するためにも研究が急がれている。ダンジョン内のも含め、永続化の呪式を支える魔石がいつ力を失うとも限らないからだ。


「ビーチェの研究は、思ったより重要な案件なのね」


 研究内容は伏せてだが、塔での研究が、ベアトリーチェの蓄魔電池の技術、発想に影響されていることに触れると、カトリーヌは少し悔しそうな顔を見せた。


「カトリーヌって、ベアトリーチェとは……」

「ビーチェ? ああ、幼馴染よ。ウチの父とビーチェの父……魔王様ね、が親友同士だから、魔王城にもよく行ったわよ。でも、あの子ったら……」


 その時、急にペシュが僕の首元から飛び出した。


「っ! えっ、今どこから、コ、コウモリ?」

「ペシュ?」


 カトリーヌが驚いて上空を見る。

 ペシュが鋭く「チチッ」と鳴いて、クルクル回っている。頭上のチョビも、ぺったりと寝そべった格好からシュタッ! と立ち上がったのを振動で感じる。

 間髪入れず、僕の斜め前にゾラが蜃気楼のように音もなく現れ、ほぼゼロ距離で控えた。


「……リュシアン様、おそらく八人、前方です」

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