発動
巻物による発動なので、当然ながら魔法陣の展開はなかった。
「フェアリーサークル」
文献に記されていた魔法用語を僕なりに訳したものなので、本当の名称かどうかはわからないが、前に使った時と同様にそれを唱えた。どちらにしても、巻物に呪文は必要ないので本来は必要もないのだけど。
僕が、前方に両腕を差し出すと、その間から金色の光のリングが現れた。
野外競技場の上空に高く昇ると、ぐんっと全体を覆うほどの大きさに広がり、その下に光の粒のような雨が降り注いだ。それは、ほんの一分足らずの出来事で、やがてキラキラと落ちてくる光の雫がなくなり、上空のリングもそれとともに蜃気楼のように消えていった。
――しんと、辺りは静まり返った。
現象はとうに終わっていたが、それから数分もの間、恐ろしいほどの沈黙がその場を支配した。
「あの? カトリーヌ、これで大丈夫かな?」
「……………」
カトリーヌも上空を見上げたままで、大勢いるはずの観衆からも、いつまでたってもなんの反応も得られず、僕はだんだん不安になってきた。
「これって、ちゃんと効果あったかな、ここからじゃあまりわからないね」
魔法の特質上、怪我人などがいないこの状態では変化が劇的に変わるわけではなく、いまいち成功かどうかわからなかった。
もしかして失敗かと聞こうとした頃合いで、カトリーヌはゆっくりした仕草でこちらを向いた。開けたままの口を何度かパクパクさせて、やがて、それは弾けるような笑みに変わった。
「リュ、リュシアン! こ………っ!?」
それと同時に、会場がワッと歓声に沸いた。
まるで上から押さえつけられるほどの声の圧力に、咄嗟にカトリーヌが首を竦めたほどだ。それが称賛にしろ驚きにしろ、その場にいたほぼ全員が、先ほどの魔法によって何らかの変化を感じたのだとわかった。
「……成功したのかな? この様子だと」
さっき一瞬だけ垣間見えたカトリーヌの無邪気な笑顔は、取り繕うような咳払いとともに幾分抑え気味の照れ笑いに変わっていた。また、何のためか勢いよく大きく広げられた両腕が、どこかぎこちない動きでそそくさと胸の上で組まれてしまったのである。
「そ、そうね。これで、私の巻物が本物だと証明されたのよ」
「うん! 本当にすごいよカトリーヌ」
高度な写生の大変さはよく聞くから、あれだけの五連魔法陣を完成させるのはそれこそ大変だっただろう。
そう思って、僕はカトリーヌに惜しみない賛辞を送った。
「そ、そんなこともあるけど……でも、半分はリュシアンのおかげじゃない」
「そんな、僕なんか魔力貸しただけのようなものだし」
得意げに胸を反らしていたカトリーヌは、そこへきてちょっとだけ肩を落として溜息をついた。
「……それが、一番の問題なのよね」
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