思い出の魔法陣

「先生たちじゃないけど、確かに攻撃魔法は止めた方がいいかもね」


 ぐるりと囲む観客席に、わんさと集まる学生たちを眺めて、僕は言った。


「大丈夫、言うことは聞くわよ。はいこれ、水系の範囲魔法よ」


 そう言って渡されたのは、五本の巻物。さすが超級だ、しっかり五連魔法陣だ。今回は戦闘中ではないので、僕も落ち着いて五本の巻物を順に広げていった。

 これが戦闘中だと、猫の手も借りたい勢いである。


「あれ、これって……?」


 使いやすいように並べた時、僕は軽い既視感に襲われた。

 この魔法陣、知ってる。

 確か、父の書斎で見つけて……でも、写生用のちゃんとしたじゃなくて、巻物にするのを諦めて、それで……。


「……ああ、そっか。思い出した」

「さっきから、なにをブツブツ言っているの?」

「あ、いや、なんか見覚えがあると思ったら、ちょっと懐かしい魔法陣だったんだよ」

「懐かしいって、この魔法陣って研究室レベルのものよ?」


 その通り、なにしろ魔法関係の歴史文献に、ちらっと参考までにという扱いで掲載されていたものだ。

 確かに、本来のキチンとした写生用のものは、研究室や、それこそ王立図書館レベルの物だろう。


「今にして思えば、ちゃんとしたを使ったのは、その時が初めてだったかな、と」


 回復魔法の巻物が無いという究極の事態で、ピエールを助けるために、咄嗟に頭に浮かんだ魔法陣を展開させて魔力を使った。ありったけの魔力を注いだおかげで、あの後すぐ、意識が飛んでひっくり返ってしまった。それからゴタゴタの連続で、魔法のことなどうやむやになってしまったが、確かにこの魔法陣だった気がする。


「……初めてって」

「あ、他にも魔法は使ったけど、無意識とはいえ完全な魔法陣魔法を使ったのは、あれが初めてだったって話。あれって、火事場のバカ力だったんだよね」


 こちらの世界で幾度か魔法陣魔法が使えたのは、周囲に魔力が充実しているせいで、知らず知らずに魔力を吸収して魔法陣を形成できていたのだろうけど、あちらの世界ではピンチの時に限定されてたから、そんな限界突破的な要素があったのだろうと思われる。


「って、そう言う事じゃなくて……まあ、いいわ。ともかくその魔法、知ってるのね」

「うん、範囲の回復魔法だよね?」

「ま、まあ、ザックリ言うとそうよ。毒をはじめ、ほとんどの状態異常を解除し、さらに怪我の治癒、体力、魔力までかなり大きく回復する魔法よ。練度を上げないと、敵、というか戦闘相手まで、一緒に回復しちゃうのが難儀なとこなんだけどね」

「ああ、そうそう。それ僕もやっちゃったから知ってる。蘇生効果はないから、その時点で生きている人限定だったけど」

「……そうそう、って」


 カトリーヌはこめかみを押えて「その辺に転がってる魔法みたいに言わないで」と、小さく呟いてため息を付いた。

 そんな風に思ってはいないけど、ちょっと懐かしくて、つい。

 さらに、それが五歳の時のことだったと知って、カトリーヌはしばらく沈黙して、またもやこめかみを揉んでいる。


「かなり上位の魔法で、さすがのリュシアンでもどうかなと思ったんだけど……まあ、余計な心配だったようでよかったわ」

「……うん? そう?」


 攻撃魔法を外すとなると、あとは生活魔法のような地味系か、回復魔法の類である。けれど、普通の治癒系の魔法は、対象が何らかの損害を受けてないとならない。たとえば、毒などの状態異常、または怪我などの損傷などだ。その点、この魔法はそれら以外の要素、魔力や体力といった、普通に生活していてもある程度の減少を伴う要素までカバーする魔法なので、発動条件的に縛りが少ないのだ。

 もっとも、べらぼうに魔力を食うのが難点なのだが。

 カトリーヌの言う、余計な心配というのはおそらくそんなところだろうけど、たぶんあの時よりは魔力が上がっているし、ちょっと前にお祖母様に忠告されて範囲魔法の練度も意識してあげていた。

 うん、この魔法なら大丈夫。


「その呑気な顔はやめて頂戴、いいからさっさと発動しなさいよ」

「呑気って……心配しなくて大丈夫って、顔だったんだけど」


 いいけどね、それじゃ行きます。

 僕はカトリーヌの言う、呑気な顔のままで、一の巻物から順に、手を翳して連続して五枚の魔法陣の上を滑らせていった。

 そして数年前にも見た、水面のように微かに揺れる鮮やかな青色が一帯を染め上げたのだった。

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