カトリーヌの巻物

 結果は、まあなんというか……ラムネットさんたちを、たっぷり数十秒の間も凍らせるほどの代物だった。

 ともかく、転移魔法陣を転写できる秘密を握るであろう鉱石の正体は一応わかった。そして数年前、この場所、このダンジョンで、僕とチョビが大暴れの挙句、いろいろ手に入れたのは必然だったのではないか、とさえ思った。

 そう、必要な物はすでに手に入れていたのだ。

 あとは鑑定に記された他の素材と共に、それを現物に近い代物に仕上げていく必要がある。これらは、錬金、加工を含め、遺跡、魔導道具、諸々を調査、精査する部門にしばらくは丸投げするそうだ。前に一度だけ会ったことがある、古ぼけた本がうず高く積まれていた部屋にいたモサッとしたおじさん、ラムネットさんによると名をリドーといい、変人だけど、やるときはやるお人とのことだ。

 こちらはその時が来たらということで、それはさておき、今回のカトリーヌによる巻物の作成。仮にこれが成功したところで、転移魔法陣を彼女が写生出来ない時点で、そっち方面にはなんら寄与しないわけだけど、もちろん僕にとっては普通に嬉しい。

 

「この魔法のオリジナルなら、私は使えるからきっと大丈夫よ」

「そうなの? あ、そっか。いろんな写生ができるってことは、もともと魔法を使うセンスは、飛びぬけて高いってことだもんね」


 これまで自分にしか念写、という描き写しが出来ないせいで、本当に魔法陣として機能しているかどうかさえ不明だった。やっぱり、ちゃんと証明できたら嬉しいからね。

 ずっとチャレンジし続けてくれていたエイミには、少し申し訳ない気もするけれど、失敗しても成功してもきちんと報告するつもりである。


「そうそう巻物は、僕が出すよ」

「あら、そう? って、なによこの高級品! こんなのに生活魔法、しかもお湯を出す魔法に使うつもり?」

「え、うん。普段使ってるのはさすがにアレだから、それはずっと以前に買ったものだよ。どうせ使わないし、もし本当に描けたら、それって記念だし」

「まったく、どんな金銭感覚してるのよ」


 そうは言っても、僕はたぶん一生使わないので、せっかくなのでこういう時に使わないと。成功したら、保存用と、エイミさんへのお土産も描いて貰えるように頼んでみよう。

 そんな打算もあって、僕は幾つかの巻物をゴロゴロと取り出した。

 気のせいでなければ、同じようにいくつか巻物を取り出して、ヒソヒソやっているニーナとアリスは、僕にいつもねだっているあの巻物を描いてもらうつもりに違いない。

 カトリーヌはインクを用意して、僕が渡した巻物を広げた。手本となる僕の描いた魔法陣を見ながら、手元はいっさい見ることなく、ペンを滑らせていく。みるみる魔法陣が描き写され、ほとんど十秒もかからずに描き終えた。これもレベルが高いせいなのか、描くのもかなりの速さである。


「描けたわよ。誰か、使ってみて」


 カトリーヌは、巻物に触れないようにキチンと巻き取って、こちらに向かって手渡してきた。意外にも受け取ったのは、ベアトリーチェだった。


「いいじゃろ? リュシアン」

「僕はもちろん構わないけど、カトリーヌ、いい?」


 カトリーヌはどうぞ、と言わんばかりに肩を竦めた。

 長机に設置されている水場に移動して、ベアトリーチェが巻物を広げた。僕達のメンバーにエドガー、カトリーヌの面々も加わってスゴイ観客を背負った形で、ベアトリーチェはちょっとだけ緊張したように顔を上げた。

 僕が合図するように頷くと、彼女は巻物の魔法陣に触れて魔力を込めた。

 魔法陣のインクを光が辿るように輝くと、そこから水球が現れベアトリーチェがさし示す方へと渦巻きながら流れていく。もうもうと立ち上る湯気が、それがお湯であることを示している。


「わっ、リュシアン! やった、やったわよ。発動してる」


 真っ先にニーナが僕の手を握ってブンブン振ってきた。僕はちょっとだけ固まっていたので、そこではじめて現実に戻って何度も頷いた。


「これで証明されたな。お前のオリジナル魔法陣」

「あ、うん。なんか、まだ実感ないや」


 エドガーにも肩を叩かれたが、どうにもまだ現実感が伴わない。どちらにしろ、描ける人物が限定されてしまっている現状では、汎用性は乏しいけれど、それでも研究成果としては大躍進である。

 今でも滔々と溢れるお湯に、いつのまにか教室中の生徒が集まってきて、教室の後方がとんでもない人口密度になってしまっていた。


「と、言うことでリュシアン。次はこっちの番、約束だからね。こちらのお願い、きっちり果たしてもらうわよ」


 ざわつく教室のことなどお構いなしで、カトリーヌはさっさと次なる検証の話を切り出した。

 もともとクラブで使うはずだった屋外競技場で、検証するということだ。せっかくクラブ活動のために借りたのに、僕が使っていいのかと聞くと、意外にも全員一致でこちらを優先させて構わないとのことだった。

 先ほどの実験もさることながら、どうやらみんな興味深々のようである。

 地下実習室から準備を終えて移動すると、競技場にはすでにたくさんの見学の生徒が集まっていた。どうみても、さっき教室にいた生徒より増えている。


「あれ? 先生たちもいるんだね。こういう時は、監督の教師もつけないといけないんだね」

「そうね、ドームや競技場を借りるときは、申請書を出さないとならないのよ。今回は、私たちの対戦試合のために借りたから、結界を維持できる教師が付くはずだったんだけど」


 屋外競技場というだけあって天井は抜けているのだが、周囲は観客が入れるようにぐるりと囲われていて、ドームの作りとそう変わらない。大きさは、こちらの方がかなり広いけれど。

 今回の使用目的の変更は、僕に頼んだ時点ですでに伝令を走らせていたらしい。

 カトリーヌのこれまで発動不能だった巻物を、僕が代わりに検証実験をするという申請を。


「それで……この人だかり?」

「みたいね。実はね、私もさっき急遽呼び出されて。条件を付けられたわ」


 どうやら僕達がここに来る前に、カトリーヌは教師に呼び出しを食らったらしい。周りを見渡すと、見覚えのある塔の研究員たちもかなりの数が来ているし、ちらほら教師たちも集まっているようだ。


「攻撃魔法の類は、禁止されちゃったのよ」


 カトリーヌは残念そうに舌打ちした。そのあと、小声で「派手にやるつもりだったのに」と聞こえてきたので、教師たちの危惧は的を得ていたのだろう。当然と言えば当然だ、なにしろ彼女の描いた巻物は、超級とか伝説級という、それこそ昔話に出てきたような、広範囲を焼き払うようなものまで存在するのだ。

 たとえそれが誇張して伝わっているにしろ、誰も本物を見たことがないのだから用心してしすぎるということはない。とはいえ、これまで何度か行われたカトリーヌの検証実験は、ここまでの騒ぎになったことはないという。

 僕が参加すると連絡を受けた学校側が、すぐに塔へ連絡したことが発端だったようだ。

 誰がどういう判断をしたか知らないが、あれよあれよという間に話が大袈裟になっていき、知識の塔を始め学校の教師たちまでが集合するという、このような騒ぎになってしまったのだという。

 ――まるで人を怪獣みたいに……失礼な。

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