白い影

 エドガーとダリルがはしゃいだせいで、他の試験を見ていた教師たちも駆けつけて、吹き飛んだ結界装置を設置しなおしたり、騒然とした生徒たちに注意を飛ばしたりと、結構な騒ぎになってしまった。

 当然ながら、当事者の二人は小言を受けたが、まったく堪えてなさそうで僕と目が合ったエドガーは、どうだ! と言わんばかりに親指を立てている。

 とはいえ、これから学校生活を送る彼らにとって、ある程度の実力を知らせておくことは必ずしも悪いことではない。やり過ぎるのは困るが、むやみに絡んでくる輩への牽制にもなるだろう。

 けれど僕の場合は、注目を浴びすぎるとちょっと不味い。

 ちょくちょく授業を抜けることが前提なのだから、存在を曖昧にしておくに限るのだ。下手に目立てば「いない」ことに気がつかれてしまう。


「まったくもう……こういう目立ち方をするのは、リュシアンだけだと思ったわ」

「でも、ダリルの場合は確信犯だと思うな。ほら、最初にガツンとやっとかねーと、とか言いそう」

「あはは、言いそう!」


 ニーナが頬に手を置いて溜息をつくと、アリスがダリルの物まねをしながら続き、それを見てカエデが能天気に笑っている。

 

「ほら次、リュシアン呼ばれてるわよ。わかってるとは思うけど、リュシアンは特に気を付けてよ」

「特にって……わかってるよ、大丈夫。さっきも言ったけど、まだ初級しか出来ないし、威力も大したことないファイアーポムだから」


 ニーナに釘を刺されつつ促された僕は、片付けが終わったばかりの魔法用の標的の前に立った。きちんと結界も設置しなおしたようである。


「こういう時のリュシアンの大丈夫って、ちょっと不安だけどね」

「アリスったら、不吉なこと言わないでよ」


 後ろでアリスとニーナが何やら言っているが、今度ばかりは心配ない。

 なにしろ、失敗することはあっても、元の魔法がファイアーポムなのだ。さっきのエドガー達の魔法を辛うじて押さえ込んだ結界が、これくらいの魔法でどうにかなるとは思えない。

 僕は杖は使わないので、腕を上げ、手のひらに意識を集中させて的へ向けた。

 大きめの赤く輝く円陣と、小さめの白い円陣が、両端から光の筆で描かれるように中央へと向かい、あっという間に瓢箪状の魔法陣が完成した。所要時間は、一秒ほどである。

 派手な演出もそうだが、そもそも魔法陣が展開すること自体が珍しいので、この時点で周りからはワッと歓声が上がった。


「……いける、かな」


 魔法陣の向こうで炎が渦巻き、僕は成功を確信した。けれど発動の直前、いきなり辺りの色が消し飛ぶほどの眩い閃光が放たれた。


「うわっ!?」


 僕も、当然ながら視界を奪われたが、ファイアーボムのコントロールを失うわけにはいかなかったので、なんとか足を踏ん張って発動までは耐えた。

 結界自体は解除されなかったが、あのフラッシュには辺り一帯が阿鼻叫喚になってしまった。目つぶし以外に被害があった訳ではないが、驚いて尻もちをついてしまった者が続出したのだ。

 僕はもう、平身低頭ひたすらに謝るしかなかった。


「す、すみませんっ、すみません……」


 この魔法は、特に目的があった訳ではなく、簡単な魔法に単に作りが複雑ではない目くらましの光魔法を加えたものだ。同じ目くらましでも、闇系にすればよかったと後々後悔したが、それこそ後の祭りであった。

 とりあえず一時的に目がチカチカした被害はあったが、それ以外に何事もなかったので、数分後にはテストは再開された。


「やっぱりお約束は発動されたわね。いつものことだけど」

「リュシアンが目立たずに何かをしたことがある? 安定……としか言いようがないわね」

「そうなの?」


 エドガー、ダリルに続いて、しっかりお小言を貰って僕が項垂れていると、ニーナとアリスが肩を竦め、まだ付き合いの浅いカエデに余計なことを吹き込んでいた。

 今回ばかりは、僕もちょっとムキになったことは否めないので、なにも反論できなかった。

 身体的特徴をやり玉に挙げてのネガティブな噂は、ちょっと頂けなかったのだ。

 誰も好きでそうなっているわけでもなく、そして本人のせいですらない。正直なところ、余計なお世話だし。

 彼女の羽が小さいのも……まあ、おまけで僕の身体が小さいのもね。

 なにげなく観客席の方を見上げると、例の彼女の姿がない。先ほどの騒動のせいか、観客席のほうもまだざわついてはいるが、あのサンゴのような赤い髪を見逃すはずはなかった。

 もう、帰ったのだろうか?

 出口の方を確認するように視線を上げると、ふと白い物が見えた気がしてそちらに注意を向けた。

 すると、扉の向こう側へ姿を消した人物の、白い衣の端が辛うじて見えた。

 

「白い衣……教会の?」


 自由に出入りできるようになっているのだから、もちろん誰が来ていても不思議はないのだが、学校の行事に無関係のはずの教会の人間がいたことに、少し違和感を感じずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る